第四十四日[服用は計画的に]
梨「んで今日はこんなに物騒なんだ?」
矢「考えたって仕方ないさ」
雷「…………」
ピ「はぁい!それでは始めましょう!」
「くたばりなさいこの不埒者!チェエエストォオオ!」
「うおわたぁ!」
メイドが上段構えから垂直に振り落とされた刃を眉間からほんの数㎝という寸での所で谷津冶は受け止める
「ちぃっ!ちょこざい!」
「あっぶね」
刀を引き戻そうにも腕に力を込めてギリギリ均衡状態を保ちかつ自身の動きを結果的にも拘束する事に成功している谷津冶を見下ろしながらメイドは舌打ちする
「ふん!私の一閃を受け止めるなんて、あなた、ただの人間じゃ」
「ただの人間やアホ!人をまるで人外みたいに言うなや!大体刀なんて振り回したらアカンに決まっとるやんけ!銃刀法違反ゆー法律も分からんのかお前は!つか俺のどこが不埒者やどこが!」
自身の言葉を遮る悪態にメイドは別の意味で顔を赤くする
「な!?何ですって!この!」
「ぬおりゃあた!?」
怒りに任せて力一杯刀を振りかぶるメイドによって吹き飛ばされかなり離れた建物の外壁で谷津冶は何とか受け身を取り身を隠す
「距離が空いた今の内に」
見つからないように慎重且つ迅速に建物の影を伝い移動を始めようとしたが
「なーしーだーくーん、くたばりゃ!」
「うおっあ!?」
いつの間にか背後に回り込んでいた柳垣からの正拳突きを前転でかわし間一髪を免れる
そんな谷津冶に追い討ちをかけるように柳垣は激しいスパーを放つ
「梨田君の馬鹿!裏切り者!甲斐性無し!」
のらりくらりとバックステップで避けながら谷津冶は必死に説得を試みる
「一体何の事だ!?まずは話し合いを」
「そんな言い訳聞く気はありません!!」
「ですよね〜」
そう言いながら真夕からの攻撃を受け流す谷津冶に少し離れた所から再びメイドが急接近する
「梨田谷津冶!お嬢様への様々な不埒な行為は万死に値します!覚悟!」
「またお前は意味の分からん事をほざくなやボケ!!」
「せいぜい楽しませてもらうぞ梨田!」
「何なんだよ一体…」
前からの袈裟斬り、後ろからの正拳突きの二つを辛うじて避け続ける谷津冶は今日はどんな厄日かと自分の置かれている状況にただ閉口する事しか出来ないのだった
この様子を別室で眺めていた名似何は自身のケータイと睨めっこしていた
「一体誰なんだ…!」
目を皿のようにして画面を見つめるが、全く変化を確認出来ずに名似何は苛立ちを覚えていた
コンコン!
ノック音を聞き名似何は慌てて携帯を隠して返事をする
「どうぞ」
「失礼します、我がギバーよ」
ドアと開くと共に部屋に入ってきたのは仮面の笑顔を浮かべながらピエールだった。主人が何かを言う前に近づいたピエールは隠してあるはずの携帯の画面を覗き込み感嘆の声を上げる 「はぁい!やはり何か起きてますねぇ〜これは楽しくなってきましたぁ」
愉快げに踊りだすピエールに名似何は怪訝な視線を送る
「何か起きているように見えるのか?」
踊りを一旦止めたピエールは時計の如く首を右回りに90°曲げながら一礼する
「はぁい、もちろんでございます。私めは道化、細かい点は見逃しません」
ピエールは名似何の携帯上のある画面を指差す
「まずこちらの方の目が先程より少々赤みを増しております。か・な・り!不自然かと思いますのでございますはぁい」
「なら他に何か違和感を感じる所があるかい?」
名似何からの質問に答えるかのようにピエールは別の画面に視線を移す
「次のこちらの方!激しく動き回っているせいか肌が焼けているせいかは分かりませんが、彼、今狙撃の標的にされているんですよはぁい」
「…よく分かるな」
「申し上げた通り私めは道化でございますので」
「君の素性も関係しているんじゃないか?」
「さぁ?どうでしょう?」
「……………」
「……………」
無言の威圧に耐えかねた名似何は深々と溜め息をつきながら話題を変える
「今まで放たれた弾丸は何発か分かるか?」
「お・そ・ら・く、三発かと思いますはぁい」
「狙撃位置は?」
「残念ながら場所の特定はできませんがまあ半径Ⅰkm圏内つまり街の中にはいますねぇはぁい」
「……どこかに"虫"がいるみたいだな」
「お掃除ですか?」
涼しげな顔で画面を見る名似何は首を横に振る
「構わないよ。弾丸自体、あまり危険な物ではなさそうだしな」
「はぁい、どうやら液体を込めたカプセル弾のようなので当たったとしても蠅が飛びついてきたとしか感じません」
「ならいいよ。君は引き続きモニタールームでゲストの相手をしててくれ。私もいずれ戻る」
「了解し・ま・し・た!はぁいそれでは失礼します、我がギバーよ」
パタン
「……はぁい」
主人の怪しむ視線に見送られながらも悠々と退室したピエールは一人廊下を歩き出す
「やはり、これはなかなか面白い"玩具"になりそうですねぇ。まあ後が面倒そうですが、誘導通り彼にはもう少しばかり働いてもらうとしましょうはぁい」
手元にある小瓶を蛍光灯に翳しながらピエールは再びモニタールームに足を運ぶ
再び場所は戦争状態に突入した市街地に戻る
運よく崩れずに綺麗に残っている三階立ての建物、そこの屋上で隆次はライフルを構えて臥せていた
パァン!
パァン!
「畜生!なんで当たんねえんだよ!」
ライフルのノズルを引き弾の入れ換えにもたつきながら舌打ちをする隆次
素人が銃をまともに扱える訳なくて普通なのだが、本人は気づいていない様子だ
そんな彼の後ろには魔女が控えていた
「どうしたの少年?早くしないと彼がまた女性とイチャイチャし始めるよ」
魔女のわざとらしい挑発にまんまと誘導されている事を気付けずに弾の装填を終えた隆次は再びスコープを覗き込む
「分かってますよ!大体こんな事で俺は本当に勝てるんですか!」
パァン!
ライフルから乾いた銃声が響き弾丸がターゲットに向かうのは確認出来るが、相変わらず結果は出ていないようだ
「そんなのは君次第だね。君が出来る子だったら上手くいくだろうけど、もしただの愚図だったら逆に痛い火傷をするだろうね」
人事のように重大な事をポツリと呟く魔女に内心悪態をつきながらも隆次はただスコープを覗き、引き金を引く
パァン!
パァン!
スコープ越しの谷津冶は自身が狙撃されかけている事など知る由もなくただ二人からの攻撃を避けながら逃げている
「畜生ぅ…何であいつばかりあんなにモテモテなんだよぅ!」
「別の意味でモテモテ状態なのは確かだけどね」
魔女の合いの手も頭に血が上った隆次の耳には届かない
「うおおぉぉ!ファイア、ファイア、ファイアァ!」
パァン!
パァン!
パァン!
パァン!
四連発の銃弾も掠る様子も見せずにピンピンしている谷津冶を見て魔女は眉をひそめる
「これではダメそうね。しょうがないわ、アプローチのやり方を変えるとしましょ」
そう言うと共にポケットから怪しげな注射を取り出した魔女はそのままそれを隆次の首元にさし入れ液体を注入する
「あぎゃ!?何すんだよ!」
針を刺された突然の痛みに怯みながらも首を手で抑える隆次に魔女は笑みを浮かべる
「おめでとう少年。君は素晴らしい力を手に入れた!」
「……は?」
何の事だかさっぱり分からない様子の隆次に魔女はゆったりと説明する
「今私が君に注射した薬には特殊な成分が入っていてね。それによってこれから君は10分程普段の10倍の力を手にする事が出来る、所謂ポ○イのようなものだ」
「マジかよ!んじゃ直接俺が行っても勝てる可能性大、勝ち確じゃん!」
興奮した声を張り上げながら自分の身体の変化を触って確認しようとする隆次を魔女は見つめる
「さあ、時間が切れてしまわぬ内に君の目的を果たしてくるといい」
「おう!任せてくれ俺の手でアイツをぎゃふんと言わせてやるぜ!」
タタタタタ!
その場にあったライフルから手を離して駆け出した邪魔者(隆次)を見送った魔女は備え付けのスコープだけ取り外し覗き込むことで目的の人物の姿を捉える
「フフフ。少年にはあの邪魔者を頑張って取り除いてもらわないとね」
魔女の表情はまるで幼い子供のように新しい玩具を見つけたかのように生き生きとしているのだった




