あなたに会いたい
マクノートンさんが花屋に顔を出さなくなり……。
騎士団の訓練所に差し入れをしてから約一週間が経った。お昼に花屋の掃除をしていた私は、床に置いてあった植木鉢に躓いて転んでしまう。
「あっ!!」
「リリアンちゃん、大丈夫かい!?」
ミラベルさんが慌ててこちらに駆け寄って来る。私は、立ち上がって膝を摩りながら答えた。
「はい、大丈夫です……」
ミラベルさんは、溜め息を吐くと呟く。
「ホントに、気を付けておくれよ……。マクノートンさんが来なくなって気になるのは分かるけれど」
そう。この一週間、マクノートンさんは花屋に姿を見せていない。たった一週間と言われるかもしれないけれど、以前は毎日のようにここに来ていたので、どうしても気になってしまう。
どこか体の具合でも悪いのだろうか。それとも、私が何か気に障る事をしてしまったのだろうか……。
そんな事を考えてしまって、私は仕事が手に付かなくなっていた。
「……リリアンちゃん。気になるなら、騎士団の訓練所に行ってみたらどうだい? あの人は副団長なんだから、訓練所に行けば会えるかもしれないだろう?」
ミラベルさんに言われて、私はハッとした。そうだ、気になるなら本人に聞けばいいんだ。私は、真っ直ぐとミラベルさんを見て言った。
「あの、ミラベルさん。今日の午後、お休みを頂いでもいいでしょうか?」
それから私は急いで馬車に乗り、訓練所に向かった。訓練所の中に足を踏み入れると、以前来た時と同じようにウィルフレッドさんが受付で応対してくれる。
「あれ、リリアンさん、もしかして副団長に会いに来たんですか?」
目を丸くして聞くウィルフレッドさんに、私は真剣な顔で答えた。
「はい。……マクノートンさんが今どうしているか、気になってしまって……」
すると、ウィルフレッドさんは困った顔で言う。
「うーん……副団長はこの側にある寮にいるんですけど……。実を言うと、副団長は今、寝込んでるんですよね」
「ええっ!……どこか体の具合でも悪いんですか?」
「そういうのとはちょっと違うんだけど……。副団長から、詳細の説明をするなと言われてるんですよね……」
「え……」
どういう事? マクノートンさん、私に隠したい事があるの? 何それ。散々私にアプローチしていた癖に。番だって言っていた癖に。プロポーズだってした癖に。
私は、恐らく東洋に伝わる般若のような表情で言った。
「ウィルフレッドさん、マクノートンさんの寮の部屋がどこか教えて下さい」
◆ ◆ ◆
しばらくして、私は騎士団の寮を訪れていた。大きな建物だけれど、白い石造りの壁には少し罅が入っている。
私は、階段を上がり最上階である五階へと向かった。階段を登り切ると、ずらりと並ぶドア。私は、奥から二番目にあるドアをノックする。
「……誰だ? ウィルフレッドか? 差し入れならドアの外に置いておいてくれ……」
中から聞こえて来たのは、弱弱しい声。マクノートンさんの声だ。
「あの、私です。リリアンです」
私が声を掛けると、マクノートンさんは慌てたような声で言う。
「リリアン!? どうしてここに……!!」
「マクノートンさんが最近店に顔を出さないので、心配になって来てみたんです。あの……お体の具合、大丈夫ですか? 良かったら、中に入れて下さい」
「ダメだ!!」
マクノートンさんの五基の強さに、私はビクリと身体を震わせる。
「……すまない。大きな声を出してしまって。とにかく、今日は帰ってくれ。いや、あと一週間はここに来ないでくれ」
私は、ギュッと拳を握って言う。
「……マクノートンさん、私の事を嫌いになったんですか?」
「そんな事無い! 君の事は大好きだ!」
「……だったら!」
今度は私が声を荒らげる番だった。
「だったら、中に入れて下さい。中に入れて頂けないのなら、せめて事情を話して下さい!……私は、私は、あなたの運命の番じゃ無かったんですか!!」
マクノートンさんの息を呑む気配がした。そしてしばらく沈黙が流れた後、ギイとドアの開く音がした。
「……済まなかった、リリアン。中に入ってくれ」
そう言うマクノートンさんは、以前会った時より少し痩せた気がした。
私は、リビング兼応接室にある木製の椅子に腰かける。マクノートンさんは、私が断ったにも関わらず、紅茶を淹れる為にキッチンに立っていた。
彼がお茶を淹れている間、私はキョロキョロと室内を見回す。リビング兼応接室と寝室しかない簡素な部屋だけれど、これでも他の騎士の自宅より広いらしい。
きっと、マクノートンさんは副団長だから広めの部屋を宛がわれたのだろう。私の目の前にあるテーブルには花が飾ってあり、それはうちの花屋で買ったものだった。
「私はお茶を淹れるのが得意ではないのだが、飲んでみてくれ」
そう言って、マクノートンさんが私の目の前に紅茶の入ったティーカップを置く。そして、私の向かいにある椅子に座ると、目を伏せがちにして言った。
「心配を掛けてすまない、リリアン。実は私は今……その……君のフェロモンに、当てられやすい状態なんだ」
「え、それって……」
遠回しな表現をしているけれど、要するに、私が発情期を迎えているという事だ。だから、フェロモンをまき散らす私に近付けなかったんだろう。オスは、発情したメスに興奮して何をするか分からないから。
狼獣人とウサギ獣人の違いはあれど、私に近付くと危険な事には変わりない。
ちなみに、獣人にも色々なタイプがいて、発情期に吐き気や眩暈を催す者もいれば、精神的に不安定になる者もいる。
そして私は、どうもホルモンの変化に鈍いタイプのようで、発情期を迎えていても体調不良を感じる事は無い。それに加えて、私は嗅覚も鋭くなく、自分が発情期を迎えている事に気付いていなかった。
「……隠していて悪かった。発情期の君に興奮しているなんて知られたら、君に嫌われると思ったんだ……。でも、君を不安にさせたのは間違いない。本当に、済まなかった」
「じゃあ、今具合が悪そうなのは……」
「……早く君に会いたかったから、君の前に出ても興奮しないように、ホルモン抑制剤を飲んだんだ」
「え!?」
この国では、獣人の為にホルモン抑制剤が売られている。望まない妊娠を避ける為にも必要な物なのだけれど……。
「ホルモン抑制剤って、効果が出るまで時間が掛かるじゃないですか! しかも、副作用が出る可能性が高いって聞きますよ!?」
そう。この国の製薬技術はまだまだ発展途上で、副作用が出る可能性が高い抑制剤しか販売されていない。
……そうか。マクノートンさんの具合が悪そうに見えたのは、抑制剤の副作用が出ているからなんだ。
私の目からは、涙が零れていた。
「……私のせいで、マクノートンさんの体調が悪くなっていたんですね……」
「それは違う!!」
マクノートンさんは、大きな声で言った。
「抑制剤を飲んだのは、私が自分で決めた事だ! 君に会いたいと私が願ったから! だから、君は何も悪くない!」
私は、マクノートンさんの黄色い瞳をジッと見つめる。……この人は、本当に私の事を大切に思ってくれてるんだなあ。
私は、指で涙を拭うと、微笑んで言った。
「ありがとうございます、マクノートンさん。……あの、よければ、体調が良くなるまでここに通ってお世話をしてもいいですか? 私とここで二人きりになっても大丈夫って事は、抑制剤が効いてきてはいるんですよね?」
マクノートンさんは、戸惑いながら答える。
「あ、ああ……しかい、君にも仕事があるだろう? 本当にここに通ってもらってもいいのか?」
「はい! 私、マクノートンさんの為に何かしたいんです!」
マクノートンさんは、少し考えた後、穏やかな顔で言う。
「……じゃあ、その言葉に甘えさせてもらおうかな」
◆ ◆ ◆
そして、翌日から私は毎日のようにマクノートンさんの元に通った。マクノートンさんの胃腸の調子が悪ければ消化の良いリゾットを作ったり、ミラベルさんに教えてもらった薬草を煎じて飲ませたり……。
とにかく、マクノートンさんの為に出来る事は何でもやった。私と結ばれたいはずなのに、私を襲わないよう抑制剤を飲んだ彼の気持ちに応えたかった。
私がマクノートンさんの世話をし始めてから約一週間後。マクノートンさんの顔色は随分と良くなった。私は今日も、彼の自宅リビングで薬草を煎じたジュースをテーブルに置く。
マクノートンさんは、ジュースを飲みながら穏やかな笑顔で告げた。
「……リリアン、ありがとう。もう体調は良くなったし、もうここに来てくれなくても大丈夫だ」
私は、ホッとして頷く。
「分かりました。明日からは、こちらに寄らずに普段通りの生活をさせて頂きます。……でも、何か困った事があったらすぐに相談して下さいね」
「ああ、そうする。……私の番が君で、本当に良かった」
その言葉に、私の心が軽くなる気がした。……ああ、やっぱり私、この人の事好きだなあ……。
結婚なんて重大な事はまだ決められないけれど、この人の奥さんになれたら幸せだろうなあ……。
そんな事を思いながら、私は自分用に入れた紅茶を口にした。
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