手作りクッキー
リリアンは、騎士団の訓練所を見学しに行きますが……。
人身売買の事件に巻き込まれてから約一週間後。私の勤める花屋に、今日も朝からマクノートンさんが顔を出していた。
「リリアン、今日も素敵な花を見繕ってくれてありがとう」
「いえいえ、いつもお買い上げありがとうございます。……あの、マクノートンさん。人身売買の事件の事なんですけど……被害に遭った子供達、元気そうですか? 心に傷を負ったりしていないでしょうか?」
事件の翌日話を聞いた所によると、被害に遭った子供達は全員孤児院にいる子供らしい。犯人は、子供達の親が騎士団に捜索願を出すのを避けたかったらしい。
同じ孤児院出身として、私は子供達に自分の姿を重ねずにはいられなかった。
「リリアンは優しいな。子供達なら、大丈夫だ。昨日孤児院に様子を見に行ってきたが、皆もう楽しく泥団子遊びをしていたよ」
「そうですか……」
私は、ホッとして息を吐いた。そして、はたと気付いてマクノートンさんに聞く。
「え、マクノートンさん、昨日孤児院に行ったんですか? あなた、昨日はお休みだって言ってませんでした?」
すると、マクノートンさんは微笑んで答えた。
「ああ、確かに休みだったが、リリアンが子供達の事を気にしていると思ってな。昨日、様子を見に行ったんだよ」
「……そんな、お疲れでしょうに……」
よく見れば、マクノートンさんの目の下にクマが出来ている。私も昨日は花の世話や接客に追われていたけれど、マクノートンさん程忙しいわけじゃない。私は、なんだか申し訳ない気持ちになった。
そして、少し考えた後、私はマクノートンさんに言った。
「あの……マクノートンさん。明日、騎士団の訓練所にお菓子の差し入れを持って行ってもいいですか? これでも私、クッキーを焼くのが得意なんですよ」
「何!? リリアンの手作りクッキー?」
マクノートンさんは、目を見開いた後、腕組みをして考え込んだ。
「うーん……リリアンのクッキーは食べたいが、騎士団の他の連中にクッキーを食べさせたくない……。それに、可愛いリリアンの姿を他の連中が見たら目を付けられるかも……。しかし、手作りクッキー……」
私は、苦笑して言う。
「マクノートンさん、そんなに悩まなくても大丈夫ですよ。その……私は今の所結婚する気は無いですけれど、結婚するとしたら、マクノートンさん以外に考えられませんから……」
すると、マクノートンさんは目を見開いた後、フワリと笑って言った。
「……ありがとう、リリアン」
◆ ◆ ◆
翌朝、私はマクノートンさんの勤める騎士団の訓練所を訪れていた。国が直接抱え込む騎士団の訓練所とあって、かなり敷地が広い。
私が門を潜って受付に行くと、騎士らしき人が聞いて来る。
「ウサギ獣人のお嬢さん、こんな所に何の用です?」
私が名前と用件を言うと、その騎士は目を見開いて言った。
「リ、リリアンさん……!? 副団長の運命の番の!?」
え、マクノートンさん、部下にも番の話をしてるの? 私がポカンと口を開けていると、部下らしきその騎士は慌てて自己紹介した。
「し、失礼致しました! 俺……私は、騎士として勤めておりますウィルフレッド・ロジャーズと申します! 見た通り犬の獣人! まだ二十歳の若輩者ですが、副団長のような騎士になるべく努力しております!」
え、一般人の私に敬語を使うの? 私まだ十八歳なんだけど。マクノートンさん、どれだけ部下に恐れられているの?
ウィルフレッドさんは、銀色の髪を掻くと、取り繕うように笑顔で言った。
「えっと、副団長だけでなく、俺らにもクッキーの差し入れを持って来て下さったんですよね? せっかくなんで、副団長の訓練を見学していきませんか?」
「え、一般人が見学して良いんですか?」
「ええ、副団長も喜ぶと思います。俺が案内しますよ」
こうして、私は訓練所の敷地内にある闘技場へと向かった。
屋外にある闘技場は、雑草一つ生えていない程綺麗に整備されていて、とても動きやすそうだった。
闘技場には何人もの騎士がいて、闘技場の中心では二人の人物が剣を交えていた。ライトブラウンの髪をした犬の獣人と、もう一人は――マクノートンさんだ。
ライトブラウンの騎士が両手で剣を構えてマクノートンさんに斬りかかるけれど、マクノートンさんはその剣を自身の剣で受け止める。キインという金属の音が闘技場に響いた。
二人はしばらく睨み合っていたけれど、ライトブラウンの騎士は痺れを切らしたのか、自身の剣を手前に引くようにしてマクノートンさんから離れた。そしてすぐに低い位置からマクノートンさんの胸を突こうとする。
でもマクノートンさんは素早く身体を翻すと、自身の剣でライトブラウンの騎士の左腕を叩きつけた。
剣は模擬刀のようで、ライトブラウンの彼から出血する様子は無い。それでもライトブラウンの彼は、苦痛に顔を歪めた。
そして、その隙を逃がさないようにマクノートンさんは、ライトブラウンの彼の喉元に自身の剣を突き付けた。
ライトブラウンの彼は、息を整えると、諦めたように言った。
「……参りました」
周りの騎士達から、大きな拍手が沸き起こる。ウィルフレッドさんが、笑顔で言う。
「いやー、やっぱり副団長は強いなー……って、リリアンさん、顔が赤くなってません?」
「そ、そんな事、無いですよ……!!」
否定しながらも、私は自分の顔に熱が集まるのを感じた。
剣を振るう時にキラキラと汗を飛び散らせるマクノートンさん。真剣に対戦相手を見つめる黄色い瞳のマクノートンさん。どのマクノートンさんも、とても魅力的に見えた。
模擬戦を終えてこちらに近付いて来るマクノートンさんに手を振りながら、ウィルフレッドさんが言う。
「副団長―! 副団長の女神様が、差し入れに来て下さいましたよー!!」
マクノートンさんは、私の顔を見るとパアっと目を輝かせた。そして、嬉しそうにこちらに駆け寄って来る。
「リリアン、来てくれたんだな!」
「はい、約束したので」
私が笑顔でクッキーの入ったバスケットを見せると、マクノートンさんはおずおずと聞いてきた。
「その……早速、クッキーを頂いても良いだろうか?」
「もちろんです、どうぞ!」
私が一枚クッキーを差し出すと、マクノートンさんは愛おしそうにクッキーを受け取った後、サクリと口に中に入れた。
「……ど、どうでしょうか、味の方は?」
私が緊張して聞くと、マクノートンさんはフワリと笑って答えた。
「とても美味しい! この世のどんな食べ物より美味しく感じる!!」
「そ、それはさすがに言い過ぎです……」
私は赤くなっているだろう顔を背けながらも、嬉しくなった。マクノートンさんに、褒めてもらえた。
私は、改めてマクノートンさんにいつもお世話になっているお礼を言おうとして顔を上げる。そして、彼の異変に気付いた。
マクノートンさんは、少し眉を顰めて、ギュッと胸の辺りを自身の手で掴んでいる。
「……あの、マクノートンさん。どこか体の具合でも悪いんですか?」
私が心配になって尋ねると、彼は弱弱しい笑顔で首を横に振った。
「いや、大丈夫だ。……少し、疲れてしまったのかな」
「副団長―。気を付けて下さいよ? あなた、ただでさえ働き過ぎなんですから」
ウィルフレッドさんに言われ、マクノートンさんは無言で頷いた。
それからしばらく雑談をした後、私は騎士団の訓練所を後にした。マクノートンさんの様子がいつもと違うのが気になったけど、私はこれ以上彼に踏み込む事は出来なかった。
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