人身売買 2
ピンチのリリアンですが……。
「ん……」
私が目を覚ますと、そこは知らない場所だった。どうやらどこかの倉庫みたいだけれど、真っ暗で何も見えない。
私、どうしたんだっけ……? そうだ、人身売買している男達の会話を聞いてしまって、薬で眠らされたんだった。
「グス……グスっ……!!」
近くで、子供のすすり泣く声が聞こえる。段々暗さに目が慣れてきた私は、目を凝らして辺りを見渡した。広い倉庫には、数人の子供達がいて、皆泣いている。ロープで身体を縛られていて、皆動けないみたいだ。
なんとかしてあげたいけれど、私も手首と足首をロープで縛られていて何もできない。
子供達を助ける手立ては何か無いだろうか。……マクノートンさんが助けに来てくれないかな。
狼獣人だけど、優しい人。私の事を尊重してくれる人。あの人なら、信頼できる気がする。
私がマクノートンさんの顔を思い浮かべた時、倉庫のドアがギイと音を立てて開かれた。中に入って来たのは、私を攫った人身売買の男達。
熊の獣人が、大きな声で言う。
「お前らー。今からお前らを港に連れて行くから、大人しくしてろよー。もし逃げようとしたら、死にたくなるくらい痛い目に遭わせるからなー!」
狐の獣人が、イヒヒと笑いながら口を挟む。
「まあ、売られた先で死にたくなるくらい痛い目に遭う可能性もあるけどな」
ああ、この人達、今から子供達を売るつもりなんだ。どうしよう、どうしよう。
私が焦っていると、狐獣人がこちらを向いてニンマリと笑った。
「なあ、兄貴。このウサギ獣人の女、売り飛ばす前に味見して良いか? 結構いい身体してるんだよな」
「ああ、好きにしろ。俺がガキ共を船に乗せる間、この倉庫で二人きりにしてやる」
私はサアーっと血の気が引くのを感じた。味見をするって、私の純潔を散らされるって事!?
嫌だ! 私は、好きな人と結婚して、初めてを捧げたいのに!!
私の目に涙が溢れる。脳裏に浮かんだのは、何故かマクノートンさんの顔だった。
「じゃあ、二人で楽しめよ」
そう言って、熊獣人がドアを開けた瞬間。
「うぐうっ……!!」
熊獣人が呻き声を上げてこちらの方に吹っ飛んで来る。地面に倒れて伸びてしまった熊獣人を見て、狐獣人が戸惑いの声を上げる。
「あ、兄貴い!?」
すると、カツンカツンと音を立てて、一人の男性が倉庫に足を踏み入れる。赤く短い髪。黄色い瞳。そこにいたのは――マクノートンさんだった。
「マクノートンさん!!」
叫ぶ私の方にマクノートンさんは目を向ける。そして、私が縛られているのを見ると、狐獣人の方をギロリと睨んだ。
「私の大切な人を攫ったのはお前達か」
「ひ、ひいっ!!」
狐獣人が怯えて後ずさりをする。そして、意を決したようにポケットからナイフを取り出すと、マクノートンさんに斬りかかった。
「こ、こうなったら、お前を殺して逃亡してやる!!」
「マクノートンさん!!」
私は思わず声を出したけれど、心配する必要は無かった。マクノートンさんはヒラリとナイフを躱すと、素早く狐獣人の服を掴む。
そして、東洋の国で「背負い投げ」と言われる武闘の技を決めると、狐獣人の身体はダアンと地面に叩きつけられた。
……もの凄く痛そう。
◆ ◆ ◆
それから倉庫には、マクノートンさんの部下と思われる騎士が数人雪崩れ込んできて、熊獣人と狐獣人は連行されていった。
子供達も保護され、倉庫には私とマクノートンさんの二人だけになる。
マクノートンさんは、私を縛っているロープを解くと、心配そうな顔で聞いて来る。
「リリアン、怪我は無いか?」
「はい、大丈夫です。……でも、よくここが分かりましたね?」
私が首を傾げると、マクノートンさんは穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「ああ、実は、君が時間になっても待ち合わせ場所に現れなかったからね。何かあったんじゃないかと思って、周囲に聞き込みをしたんだよ」
その結果、気絶したウサギ獣人の女の子を運ぶ男達を見たという証言を得て、諸々の調査の末ここに辿り着いたらしい。
「……私が寝坊したり、約束をすっぽかしたとは考えなかったんですか?」
私が聞くと、マクノートンさんは笑顔で答えた。
「君は真面目だし、すっぽかすなんて不誠実な事はしないよ」
それを聞いて、私の心臓がドキリと音を立てた。……私の事を信頼してくれてるんだ。なんていうか、すごく……嬉しい。
「立てるかい? リリアン」
「はい、ありがとうございます」
そう言って私は立ち上がろうとしたけれど、ずっとロープで縛られていたせいか、上手く歩けなくてよろめいてしまう。
「あっ……!」
「リリアン!!」
私の身体を抱きとめるようにマクノートンさんが支える。その瞬間、私の顔が熱くなるのを感じた。私を包むマクノートンさんの身体から、また甘い匂いが漂う。
「あっ、すまない。女性の身体を勝手に抱き締めるなど……!」
マクノートンさんが、慌てて私から離れる。
「い、いえ!! 私を支える為でしたし……その、ありがとうございます……」
私は、赤くなっているだろう顔を背けた。
さっきから、私の心臓の音が五月蠅い。……やっぱり、私はマクノートンさんの事……。
「もう夕方だ。帰ろうか、リリアン」
「はい、マクノートンさん」
私は、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
◆ ◆ ◆
そして、私達は薄暗い倉庫を後にした。マクノートンさんが、私を花屋まで送ってくれると言う。
ガタゴトと揺れる馬車の中で、マクノートンさんは俯いて言う。
「……今回は、残念だったな。折角リリアンがデートに誘ってくれたのに……」
「まあ、あんな事に巻き込まれてしまいましたからね。……でも、狐獣人を倒すマクノートンさん、カッコ良かったです!!」
「ホ、ホントか!?」
身を乗り出すマクノートンさんを見て、私は苦笑する。マクノートンさんは、顔を赤くしながらおずおずと聞いてきた。
「……リリアン。その……また、私とデートをしてもらえるだろうか?」
私は、満面の笑みで答えた。
「はい。次こそは、二人で植物園を見て回りましょう」
馬車の隙間から射す夕日が、私達を優しく照らしていた。
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