第9章 そこでは効かぬ自制心
少年院に両親が面会に来た夜
同部屋の少年たちが亮を襲って来た。
ズボンを脱がされ逃げ場のない状況に追い込まれた。
布団で上半身を覆われ
その上から何人もが押さえ付け動けない様にした。
だが亮は布団の隙間から見えた同部屋の人間の腕が見えた。
亮は反射的に、その腕を噛んだ。
噛んで離さなかった。
「い、痛っ!」
血が流れ
「ちょ、ちょっとタンマ!」
いざ楽しもうとした部屋のボスが
「なんだよっ怒」
「ちょっと待って!皆んな布団から離れろ!」
「早く離れろって!」
押さえつけていた者たちが手を離した。
「いったたたた!離せガキ」
騒ぎを聞きつけ刑務官が駆けつけた。
腕を噛まれた少年は医務室へ
亮は面談室へ連れて行かれた。
「何が有ったんだ?」
神妙に刑務官が亮に聞く。
「知ってるくせに。とぼけてんじゃねーよ!」
亮は興奮していた。
「新顔が来ると、こう言う事が毎度起きてんだろ?知ってて知らん振りしてんだろ」
「何を言ってるんだ。知る訳無いだろう」
「テメェ。いつか、ぶっ殺してやる!どうせ4ヶ月で出れんだしなっ」
「湯川少年、落ち着こう」
「ざけんじゃねー?!何が落ち着こうだ!」
その夜、亮は部屋へ戻らず面談室で寝ることになった。
「クソ刑務官野郎!しら切りやがって。何が更生施設だ!家裁の判事も調子いいこと言いやがって!こんなとこで更生出来るわけねーだろうがっ!クソ大人どもがっ!」
亮は怒りが収まらず寝れなかった。
翌朝、部屋へ戻されると
同室の者たちは何も無かったかの様に
歯磨きをしていた。
その姿に亮は更に苛立ち
部屋のボス目掛けて飛びかかった。
「ぐへっ...」
倒れ込んだボスの歯ブラシを抜き取り目を潰しに掛かった。
何人かに押さえられボスは助かった。
「こ、この野郎。朝から何なんだっ!」
「俺は許さない。お前も刑務官も殺す。絶対殺してやる」
怒りの感情しか無い亮になってしまった。
父親の優しい言葉で涙した亮は
もう、いなかった。
亮は機会を見計らってはボスに襲いかかったが、その都度、周りに妨害された。
「あの変態野郎、絶対許さない...覚えておけっ!」
数日後、静かな夜に部屋のボスは死んだ。
窒息死だった。
誰かが止めに入るものなら
次にターゲットにされるのは明らかだ。
止めることも亮に逆らうことも
刑務官へチクることも出来なかった。
「朝になっても起きなくて、声かけたら...」
全員が同じ事を言った。
刑務官が警察へ亮と諍いが有ったこと
仲裁に入った刑務官へも敵意剥き出しだったこと
歯磨き中に襲い歯ブラシで目を潰そうとしたことを伝えた。
「確証は無いのですが湯川少年が関わっている様に思えてならないのです」
「少年院は更生を目的とした施設ですよね?刑務官へ敵意剥き出しとは何故でしょうねぇ。教え諭し信頼を得る立場の人間に敵意剥き出しですか。どうしてなんでしょうかね?」
ジロリと刑務官を睨んだ。
「い、いや、そう言われましても...我々は精一杯向き合っておりますが...」
「ほう、そうですか。まっ、湯川少年を呼んでください。事情聴取します」
「彼だけですか?」
言われては困ることだらけの刑務官は焦った。
「全員に聞き取りしますが、まずは湯川少年から」
「君が湯川少年だね?」
「はい」
「これは同室の少年全員に聞くことなんだけど、今朝の様子を教えてくれないかな」
「はい。隣の奴が起きたので、その音で僕も起きました」
「それから?」
「はい。布団を畳みました。」
「畳んだ後は?」
「顔を洗って歯磨きしていると誰かが
もう起きないと刑務官に怒られるよって」
「君はその時、何してた?」
「眠くてボーっと。何となく歯磨きしてました」
「他の少年たちは?」
「周りを見ていなかったので...」
「朝は眠いしな」
「すみません」
「いつ気付いたの?」
「誰かが、うわーって声あげて、びっくりして。その時です」
「その時に目が覚めたか?」
「はい」
「何か私に伝える事などは?」
「初めて死人を見たのでショック...で。あのう部屋に幽霊とか出ないかなって。ちょっと怖いです」
「そっか、ありがとう。もういいよ部屋へ戻ってくれて」
「あ、あのう」
「なんだい?」
「部屋って、あのままなんですか?みんなで違う部屋とかに変わったりしないんですか?」
「どうだろうな。そう言うのは我々警察では分からないんだよ」
「そうですか。わかりました。失礼します」
湯川亮か...。
あんな事が有ったのに動揺ひとつなく
スラスラと話すもんだ。
しかし決定打がない。
これは急死、病死で片付けるしかないか。
事情聴取?
大人なんかに言っても
どうせ都合よく
知らん振りするくせにさ。
亮は、どの大人にも心を開かなかった。




