第2章 預かり知らぬところで
母親が妹を連れて帰って来た。
「ママァーーー、お帰りなさいっ!赤ちゃんはぁ?」
「ただいま亮。寂しかったよね、ごめんね。お利口にしてくれてありがとう」
「ママァーーー」
母親の足に絡み付き
しばらく離れなかった。
父親も亮に好きなだけ母親を独占させた。
「ママ、赤ちゃんの名前どうなったの?」
「えっとねぇ」
「うん」
「亮が提案してくれた“ゆめ“ちゃんと
ママが提案した“りな”ちゃんと
パパが提案した“あい“ちゃんと
3つを合わせた名前にしようかなって。
ママの“りな“ちゃんの“り“は亮の名前から取ったのよ」
「僕の“り“?」
「そうよ。りょうって名前を1つずつにすると
り、よ、う。なの。最初の“り“を赤ちゃんにも付けたくて。亮とお揃いにしたいなって」
「僕とお揃い?やったーー!」
女児の名前は「ゆりあ」となった。
亮は保育園の年中組。
「先生、僕の家にゆりあちゃんが来たんだよ」
「あらそーー、女の子が来たんだっ」
「うんっ、すっごく可愛いの。ゆりあちゃんの“り“は僕の亮と同じ“り”なんだよ!お揃いなんだっ!」
「うわぁー!亮くん素敵だねえー!お兄ちゃんになってどんな気持ち?」
「んー」
「どんな気持ち?」
「えっとねえ、嬉しいのと嫌なのが有るの」
「そうだよねえ」
「先生わかるの?」
「わかるよーー、亮くんだけのママとパパじゃなくなるのが少し寂しいんだよね」
「そう!でも嫌って言ったらママもパパも泣いちゃうかも知らないから我慢してる」
「亮くんは立派なお兄ちゃんだね。我慢が出来るなんて偉い!でもね、亮くんのお仕事はママとパパに甘える事だよ。たくさんギューってしてもらうのよ」
「はい先生」
その日の連絡帳に保育園から
「今日も保育園ではお友達と楽しく過ごしていました。
亮くんは、とても賢いお子さんで周りをよく見ています。自分が何を発言したら周りが悲しむかも理解しています。第二子ご誕生で大変かと思いますが1日に数分でも亮くんとの時間を設けてください。亮くんを抱きしめてください。愛していると言葉にしてくださると亮くんの優しい心が大きく育つと思います」と記載されて来た。
夫婦で連絡帳を見て
まだ乳幼児のゆりあはベビーベッドで寝てるしかないのだから極力、亮ファーストで生活しようと話し合った。
年長になり、あっという間に卒園式を迎えた。
園児たちが1人ずつ保護者に向かって挨拶をする。
保護者達はどの園児の挨拶でも涙していた。
「湯川亮です。僕の家には小さいゆりあちゃんが居ます。でもママもパパも僕に毎日ギューってしてくれます。今度小学校へ行ったら、ゆりあちゃんに僕がギューてしあげようと思います。カッコいいお兄ちゃんになります」
保育園の先生までもハンカチで目を押さえていた。
小学校へ入学し周りのクラスメイトは亮より少し背が高い子が多かった。
特に女の子は亮より背の高い子ばかりだった。
細く背の低い亮は体育の時間で駆けっこしても女の子より遅かった。
給食も最後まで残って食べてる方だった。
少しずつクラスのカースト的な序列が出来あがり亮は最下層だった。
男の子は勿論、女の子まで亮を軽く扱う様になって来ていた。
教室の掃除の時間に机をわざと強く亮に押し当てて倒れる亮を見てクラスメイトは笑っていた。
「先生に言ったら、お前なんかぶっ殺すかんな!」
「チビのおんな男!きもっ」
ある日、久々に定時で帰って来た父親が一緒に風呂に入ろうと誘うも亮は嫌がった。
「ひとりで入りたいよーー」
「そうか」
「うんっ、お風呂でテレビ見るのが楽しいんだ」
「亮、おっさんみたいだぞ笑」
「いいのーー」
そう言って一人でお風呂に入っていると
不意打ちに父親が入って来た。
単純に男同士の会話をしようとしてだ。
「パパーーーなんでくんのーーー」
「いいだろう、たまには男同士で入ろうぜ」
「出てってーーーー」
「なんでだよ、パパ風邪ひいちゃうじゃん」
湯船に浸かり、亮を抱き抱えようとした時
体の至る所にアザがあった」
「亮...」
「なんでもない」
「パパが学校に言ってあげるから」
「言わないで!」
「なんで?」
「言ったらもっとイジメられる」
「そうなのか?」
「言ったらぶっ殺すって」
亮は泣き出してしまった。
自分さえ我慢すれば済む
両親には知られたくない気持ちだった
本当は学校へは行きたく無いと。
「明日、休んで遊び行くか?」
「パパ...」
「1日休んだくらい、どうって事はない
明日は学校の事を忘れて思いっきり遊ぼうぜっ」
父親はイジメた事も、イジメられた事も経験が無く、どうすべきか分からなかった。
母親も同様に分からなかった。
亮が休んだ日、学校では問題として扱われ
担任、学年主任、そしていじめに関わった子どもとその保護者が呼び出された。
「亮がチクりやがって」
「あいつチビのくせにムカつかね?」
子ども同士の“見えない連帯”が始まった。
そして翌日以降、より静かに、より分かりにくく、けれど確実に教室の空気が変わった。
誰も話しかけない、視線を合わせない、存在を数に入れない。
亮がいない間に動いた“大人の介入”は、
子どもたちの世界では別の形で処理されていった。




