可愛いが足りない
「はぁぁ、まだ1時間目が終わっただけなのか。もう、帰りたい。俺、帰って良いかな。」
大きな溜め息を吐いて、机の上に顔を伏せる。
「ユーリアス様、お気持ちは分かりますが、しっかりなさって下さい。ユーリアス様は、まだ良いですわ。家に帰れば、リリアーベルに会えますわよね?私は、もう1週間もリリアーベルに会えてないのですよ。それでも我慢しているのです。」
ビアトリス嬢が、『だから、ちゃんとしろ』と目で訴える。
(分かっている。分かっているが…。)
1週間前、学園長に呼ばれたリリは、そのまま教室には戻って来なかった。
そして、担任からの説明でリリが魔法塔で授業を受けることを聞かされた。
納得がいかない俺は、勿論抗議した。しかし、その後理由を聞かされ、納得せざるを得なかった。
第一の理由とは、今のリリは溢れる魔力を制御できないこと。定期的に吸収しているが、一度魔力暴走を起こし掛けたので、他の生徒の安全のため、念の為に教室を分ける必要があること。
第二の理由が、アンジュ嬢のことだ。アンジュ嬢が、ルミナが怖いと学園に訴えたそうだ。Sクラスに戻りたいが、ルミナが怖くて授業を受けられないから、どうにかして欲しいと先生に話した。それに学園側が応えた結果、リリが教室から追い出された。
元々、学園には、生徒以外は入ることは許されていない。それを、セドリック殿下が学園長に話して、特例で認めて貰っていた。他の生徒から苦情があれば、学園の規則に則るしかなくなる。
今のリリにとって、ルミナは命綱。ルミナが傍にいて、リリの体調を見ながら、魔力を吸収しなければならない。
アンジュ嬢の事があり、ルミナは学園に連れて来られない。でも、それでは魔力の件で、リリの命や他の生徒の安全面が不安。ということで、ルミナを連れての魔法塔での授業が決まった。
魔法塔ならリック兄様もいるし、他の魔法師もいる。何かあっても、すぐに対応できる。
それに、テストも終わって一学期の授業も、殆どが終了している為、魔法塔で自習でも問題ないと判断された。
「ビアトリス嬢、すみません。でも、やっぱりリリが足りないんですよ。あの可愛い天使が傍に居ないと、あぁぁぁ、リリの声が聞きたい。可愛い笑顔に癒されたい。リリが居ないのに、何の為にこんな意味のない授業を受ける必要が?それに、他にも問題が有るんです。」
ビアトリス嬢は、俺のリリ不足を訴える悲痛な叫びを、冷めた目で見ていたが、最後の言葉が気になったようで、どういう事かと説明を求める。
「実は、リリが学園に通うよりも楽しそうなんです。魔法塔での毎日が楽しいみたいで、毎日、これでもかってくらい、瞳をキラキラ輝かせて、見たことない程の眩しい笑顔で魔法塔へ出向いているのです。」
俺は、こんなにリリ不足で毎日辛いのに、リリは、ずっと魔法研究に集中できると喜んで塔へ向かっている。
今のリリは、とても危険だ。
「リリアーベルが楽しそうなら、別に良いのではなくて?ただ、ユーリアス様が、寂しいだけですよね?」
ビアトリス嬢が、呆れた顔で恐ろしいことを言う。
「ビアトリス嬢、リリがこれ以上ないくらい楽しんでいるのですよ。学園に居るよりも、楽しいと喜んでいるのです。それが、どんなに恐ろしいことか分かりますか?」
「恐ろしい?良いことではなく?ユーリアス様、一体どういうことです?」
ビアトリス嬢が、本気で分からないと疑問を口にする。
リリの親友でもあるビアトリス嬢でも、リリの好奇心の恐ろしさを知らないなんて、まだまだリリに対する認識が甘いな。
「いいですか。リリは魔法が大好きなんです。そんなリリが、朝から晩まで好きなだけ魔法に関わることが出来るんです。しかも、今までは、学園に通わなければいけなかったので、我慢していましたが、我慢する必要が無くなりました。すでに、ここ数日は、声を掛けないと帰宅すら危うくなってきました。」
真剣な顔で、聞き入っていたビアトリス嬢が、「だから?」と続きを促す。
「今は、声を掛ければ何とか一緒に帰ってくれますが、そのうち絶対に帰りたくないと言い始めます。そうなれば、俺がどんなに説得しても、魔法塔に籠るようになるでしょう。」
恐ろしい未来を想像して、俺の心は辛くて辛くて悲鳴を上げる。
「あぁぁぁ、説得しても帰って来なくなったら、更にリリ不足になるでしょう。あの可愛い姿が見られなくなるのです。登校前の朝と、帰ってから眠るまでの間にリリと会っていても、可愛いが、癒しが、全然足りないんです。リリが魔法塔に泊まり込んだら、俺はリリが不足して生きていけません。」
リリの可愛いが見られなくなる恐怖を、必死で訴えているのに、ビアトリス嬢が眉間に皺を寄せ、若干、不機嫌な顔で俺を見る。
「……真剣に聞いて、損した気分です。結局は、ユーリアス様が寂しいってことじゃないですか。はぁ、少しは姉離れしたらどうですか。」
ビアトリス嬢には、この危機が伝わらなかったようだ。そんな、簡単な事じゃない。
魔法研究が、好きなだけ出来る今の環境は、リリにとっての天国だ。
学園では、他の授業を渋々受けていて、「この時間を魔法研究に充てたいわ。」なんて、言っていたくらいだ。
2学期になっても何も対策をしなければ、確実にリリは、自らの意思で学園に戻って来ないだろう。
「姉離れとかの問題じゃないんですよ。まず、姉離れは必要ないので、今は聞かなかったことにします。それより、いいんですか?魔力の件が解決しても、このままでは、2学期になってもリリはここには戻って来ませんよ。今のまま、魔法塔に残ると言い出します。そうなれば、ビアトリス嬢は、益々リリに会えなくなりますよ。いいんですか?」
俺の言葉に衝撃を受けたように、ビアトリス嬢がショックを受けた顔で固まった。
「そんな…。リリアーベルが戻らなければ、私こそ、リリアーベル不足で生きていけませんわ。何とかなりませんか?ユーリアス様!」
やっとビアトリス嬢も、この状況の深刻さが分かったようだ。
この教室の、リリの損失は大きい。癒しが、可愛いが足りなくなるのだ。
「任せてください。何とかリリが学園の方に戻って来るよう考えてみます。」
「ユーリアス様、どうかリリアーベルが早めに戻れるようにお願いしますね。」
ビアトリス嬢と視線を合わせて、お互い力強く頷く。
一先ずは、溢れる魔力をリリが以前のように制御出来ることが必要だ。
薬のせいで機能しなくなった魔力器官を早く治して、リリの体を健康に戻す。
アンジュ嬢のことは、セドリック殿下達に任せれば、リリとは関わらずに済むだろう。
チラッと横目で殿下の方へと視線を向ける。
楽しそうに笑うアンジュ嬢と、作り笑いを浮かべるセドリック殿下達が目に入る。
(随分と乙女ゲームらしくなってきたな。)
ヒロインは、攻略対象者と共に居るのがいいだろう。
俺の頭の中は、リリの事でいっぱいなので、あとはお願いしますね。攻略対象者さん。
ユーリアスとビアトリスの会話を、アンジュの側から何とか聞き取っていたオリヴァー達の内緒の会話です。
オリヴァー
「随分とふざけた内容の話だが、あの二人楽しそうでいいな。」
エリオット
「オリヴァー集中して下さい。セドリック殿下だけに、辛い思いをさせてはいけないと、側近の我々もここに居るのです。分かってますか。」
オリヴァー
「分かってる。はぁ、俺だってリリアーベル不足で死にそうだよ。」
エリオット
「オリヴァー?」
オリヴァー
「いや、何でもない。」
エリオット
「可愛い紫の花が恋しいのは、みんな同じです。」
オリヴァー
「何か言ったか?」
エリオット
「いいえ、何でもありません。」




