初めてのテスト ⑧
いよいよ、明日はテスト初日。
勉強会も今日で最後になる。本当なら、テストが終わるまでの予定だったが、必要ないと判断して、今日で最後になった。
初日の勉強会から人数が減っていき、昨日には、俺達幼馴染みの他は、アンジュ嬢だけになっていた。例のご令嬢達は、リリに謝って許して貰い、早々に勉強会からは居なくなっていた。
そして、今は――。
「ビアトリス、これ昨日までに仕上げた刺繍なんだけど、どうかな?どれなら提出しても良さそう?」
3枚の刺繍を、ビアトリス嬢の前に並べて、キラキラした目で彼女を見つめるリリ。
「そうね。どれも個性的で素晴らしいわ。どれにするか悩むわね。」
「そうかな。どれも初めて挑戦したのよ。難しかったけど、ビアトリスに教えて貰って、以前よりも上達したのを感じるわ。ねえ、どれがいいと思う?」
ビアトリス嬢が、真剣にリリの刺繍を見比べて選んでくれている。
「リリ、俺にも刺繍を見せてくれる?」
「いいわよ。本当は複雑な物にしたかったけど、ビアトリスの提案で、ハンカチに刺繍することにしたの。」
輝く綺麗な瞳は普段通りだが、ここ最近は、家でも刺繍を頑張っていた為に、目の下には薄く隈が出来ていた。
「これは……えっと……、足が4つだから、ね…猫かなぁ?うん、可愛いね。」
四足の動物らしい物が刺繍されている。この前、騎士団の家で猫が生まれ、その子猫を見たリリが、可愛いと子猫に夢中だった。
だから、きっとその時の子猫を思って刺繍したものに違いない。
「ユーリアス様、それは猫ではありません。どこをどう見ても、勇ましいフェンリル。ベル様を刺繍したものですわ。」
「……。」
言われてみれば、銀色の刺繍糸が使われて、目の部分には、金色の糸が使われているのか。色は、ベルと同じ色だ。
「そうなの?…リ、リリ…さん?」
リリを見ると、頬を膨らませて真っ赤な顔で、これは、怒っている。
可愛すぎて、頬に食べ物を詰め込んだハムスターにしか見えないが、リリが怒っている。
「いや、リリごめん。刺繍に詳しくないから、フェンリルなんて刺繍があると思わなかったんだよ。だから、猫と勘違いしたんだ。まさか、フェンリルも刺繍が有るなんて知らなかったな。フェンリルの刺繍なんて凄いな。」
よく分からない言い訳をしながら、リリの機嫌を宥める。
「そう…なの?それなら仕方がないわね。それで、ベルの刺繍はどう?本人にそっくりでしょ。」
俺の言葉を素直に受け取り信用してしまったリリに心が痛む。
「ベルもきっと喜んでくれると思うよ。それで、その隣のは、もしかして……ルミナ?」
真ん中のハンカチには、ずっと気になる刺繍が施されていた。
ベルを刺繍したと分かったから、きっとこれは、ルミナに違いない。ルミナじゃないといろんな意味で混乱する。
「そうなの。これはルミナよ。いつもトグロを巻いているから、それを表現してみたの。」
「良かった…。合ってた。違ったら淑女として、どうなのか心配になるところだった。」
再び、金色の○○○登場かと思った。
「それじゃあ、その端のは?」
ブルーの四角い何かと、交差する…これは、まさか…剣?
「これは、剣と盾を表していて、ユーリをイメージしてみたの。ユーリは、お父様と同じ騎士を目指しているでしょう。」
「俺の為の…刺繍のハンカチ…」
嗚呼、ヤバい。泣いてしまいそう。リリが、俺のためにハンカチに刺繍をしてくれるなんて、今なら嬉しすぎて何でも出来そうな気がする。
「リリアーベル、提出する刺繍は決まりましたね。こんなに喜んでくれるなんて、剣と盾の素晴らしい刺繍で決まりですわ。」
ビアトリス嬢の言葉に、リリが嬉しそうに頷いた。
「わかったわ。これにする。ユーリ、このハンカチは、淑女科の課題に提出するけど、評価の後は、作品は戻ってくるの。だから、後でハンカチを貰ってくれる?」
「勿論だよ!絶対に絶対に俺が貰う。誰にも渡さないよ。」
一度、刺繍を指でなぞる。世界でたった一つの俺だけのハンカチ。どんなものより価値がある。最高の逸品だ。
他の2枚は言わずもがな、ルミナの首とベルの前足に結びつけられ、リリからのプレゼントに大喜びの二人だった。
♢♢♢♢♢♢♢
「刺繍を選らんでいて遅くなってしまったわね。もうみんな集まっているかしら。」
勉強会に参加するため、大講義室へと急いで向かう。
ビアトリス嬢とリリと上機嫌のルミナと一緒に向かっていると、ルミナが何かに反応して声を出す。
「シャアー、嫌な気配が近くでするわ。」
俺とビアトリス嬢が、直ぐに警戒する中、廊下の先を曲がったところで、リリが遠くを見たまま立ち止まった。
「どうした?リリ、何を見て…。」
廊下を曲がった先には、二人の男女が抱き合ったまま立っている。
よく見ると、その二人は見知った二人。
「シャア!悪い気配!近くに居るわ。」
ルミナの声に、リリ以外が気づいて周囲を見渡す。
廊下の抱き合う二人もルミナの声に気づいて、直ぐに離れた。
「リリアーベル平気?」
胸を押さえて動かなくなったリリを、ビアトリス嬢が優しく声を掛ける。
ビアトリス嬢の声に、ゆっくりと彼女の方へ顔を向けて、にこりと小さく笑顔を見せる。
「ちょっとびっくりしただけ。リヒトとアンジュが、二人で居るの知らなくて、邪魔しちゃったかな。」
リリの言葉に、リヒトが何か言おうとするが、その前にビアトリス嬢が大きな声で言葉を遮った。
「こんな誰でも通るような廊下で、二人きりで抱き合っているなんて非常識ですわ。どうか、続きは人目につかない場所でどうぞ。リリアーベル、ユーリアス様、行きましょう。」
ビアトリス嬢の気迫に、誰も何も言えずに、俺とリリアーベルは彼女と共に大講義室に向かった。
「待ってくれ…これは…」
すれ違いざま、リヒトが何かを言おうとするが、ビアトリス嬢が睨んでそれを制止する。アンジュ嬢が、リヒトの腕を掴んだまま彼の後ろに隠れているのを見て、俺は二人を無視したまま、その場を離れた。
「リリアーベル、具合が悪そうよ。大丈夫?」
制服の胸元を握りしめ、顔色の悪いリリに、ビアトリス嬢が優しく話しかける。
「大丈夫よ。きっとお昼ご飯を食べ過ぎちゃったから、お腹が変なのかも。」
笑顔を見せるが続かず、すぐに笑顔が消えてしまう。
「リリ大丈夫なの?もしかして、さっきの悪い気配に影響されたんじゃないの。」
ルミナが、リリの首に巻き付いて、顔をスリスリと頬に擦り寄せる。
「リリ、具合が悪いなら今日は帰る?」
俺の提案に、リリが戸惑う様子を見せる。
「どうしたの?何かあった?」
俺達の様子を見て、セドリック殿下とエリオット達も心配して様子を見に来た。
「実はね…。」
先程の気配の事や、リヒトとアンジュ嬢の事が、ルミナの口から説明される。
「それなら、今日は帰った方がいいよ。悪い気配の事も気になるし、リリアーベルも本調子じゃないなら、明日の試験に影響しても困るからね。」
セドリック殿下の言葉に、リリが顔を上げる。殿下が、そっとリリの頭を撫でた。
「そうですよ。リリアーベルが、万全の態勢で試験を受けられないなら勉強会の意味が無くなってしまいます。今日は、ゆっくりと休んで下さい。」
エリオットの言葉に、リリに少し笑顔が戻る。
「あんなに魔法の基礎を教えてやったのに、赤点取るのは許さないからな。今日はちゃんと帰って復習しとけ。」
「リリアーベルは、体調が悪いんですから、復習よりも休むことが大事でしょう。全く、心配なら心配だと言えばいいのに素直じゃないですね。」
オリヴァーとエリオットのやり取りに、リリから、クスクスと笑い声が漏れた。
「みんな心配かけてごめんなさい。今日はゆっくりと休んで、明日のテストは頑張るわ。」
笑顔の戻ったリリを、みんなも優しい笑顔で見守り、ビアトリス嬢がリリを優しく抱きしめる。
「それじゃあ、俺もリリに付き添って帰るよ。みんな、また明日。」
優しい仲間達に見送られて、リリと二人で講義室を出ようと扉に向かう。
すると、走ってきたのかリヒトが息を切らして講義室に入ってきた。
「リリアーベル、遅れて…ごめん。あの、魔法の実技…一緒に…練習するって…。」
「リリは体調が悪いから、今日はもう帰るんだ。そこを退いてくれ。」
リリの前に出て、リリの代わりに返事をする。
「ユーリアス、一度…話をさせてくれ。さっきのは…」
「ごめんなさい、リヒト。私…実技の練習は大丈夫よ。元々、魔法は得意だから、練習は要らないわ。ユーリ、帰りましょう。」
リリが、俺の袖を震える手で引っ張った。
「そういうことだから、悪いけど先に帰るよ。後で迎えを寄越すから、悪いけど少し待っててくれるか?」
「もしよければ、今夜は私のところに泊まったらどうかな?部屋は余っているし、貴方ほどの身分の方を持て成すのにも、申し分ないと思うからね。」
俺の言葉に、すかさずセドリック殿下が、王宮へ泊まるよう提案する。
「そうですね。また迎えに来るのも大変ですし、殿下の所なら安心ですもの。しばらくの間は、彼女のためにも王宮で過ごされては、いかがでしょう。」
ビアトリス嬢が、名前を伏せて、暗にリリのためにそうしろと、リヒトに向かって強めに発言する。
「……わかった。セドリック殿下、世話になる。」
その言葉を聞いて、リリが安堵したのが伝わってくる。
「それでは、俺達は失礼します。」
そのまま、俺とリリは帰宅の途についた。
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次は、明日の夜に投稿予定です。




