初めてのテスト ③
「二人とも、ここに居たんだね。テスト勉強が嫌になって逃げたのかと思ったよ。こんなところで何をしているの?必要な教材は準備してある。心配しないで、みんな二人が来るのを待っているよ。」
目の前の令嬢達には目もくれず、優しい笑顔でリリと俺に笑顔で話しかける。
存在を無視された3人の令嬢達は、お互い顔を見合せ、殿下の様子に戸惑っていた。
「失礼しました。セドリック殿下。今からサロンに向かうところでした。探しに来て頂き、ありがとうございます。」
顔が引きつりそうなのを必死に我慢して、思い切り笑顔を作り、殿下に言葉を返す。
リヒトを呼んだつもりが、まさか殿下まで連れてくるなんて、お助け要員ならオリヴァーやエリオットで十分だったのに、大物過ぎだろう。
「用は済んだようだね。それじゃあ長居は無用だ。二人ともサロンへ行こう。」
セドリック殿下の呼び掛けに頷くと、俺はリリの手を取り、その場から離れようと一歩踏み出す。
「ちょっと、待ってください。」
空気の読めない、命知らずの甲高い声が、我々を呼び止める。
一瞬で、殿下の笑顔が冷たい笑顔へと変わる。リリに向けるような優しい笑顔から、作られた冷たい笑顔を張り付け、冷酷に言葉を返す。
「話す許可を与えてもいないのに、勝手に声をあげ、我々の行動を遮るというのは、本当に不快だな。でも、まあ、いいよ。言いたいことがあるなら、聞いてあげる。時間がないから、早くしてね。」
声をあげた令嬢は、殿下に対して震えていたが、許可を貰った事と、殿下が笑顔を向けたことで、安堵して話し始める。
セドリック殿下の、この笑顔を見ても怒りに気づかないなんて、知らないって恐ろしい。
「実は、ゴルドリッチ侯爵令嬢の態度と発言に、こちらの令嬢が心を痛めているのです。それで、態度を改めるようにと話しておりました。」
(リリの言葉に、アンジュ嬢が心を痛めた?)
そんな事があるわけない。リリが、人を傷つけるような発言や態度を取るなんて有り得ない。
こんなに優しくて可愛い天使が、人を傷つけるなんて、絶対に無いと言える。
リリは、常に自分の事より人の事を思って行動する。そんな優しいリリが、友人だと言っていた彼女を傷つけるなんて、絶対に有り得ない。
令嬢の言葉に怒りを覚え、反論しようと前へ出ると、突然、殿下が大きな声で笑いだした。
「アハハハ、リリアーベルが人を傷つけるような発言や態度を?本当に?参考までに、一体、何て言っていたのかな?」
話を聞いてくれると思ったのか、令嬢が気を良くして更に言葉を続ける。
「はい、アンジュさんが、今度の試験が不安なので、友人のゴルドリッチ侯爵令嬢に教えて欲しいと願い出ました。しかし、ゴルドリッチ侯爵令嬢は、そんなアンジュさんを見下し、教えることを拒否したのです。それに、傷ついたアンジュさんは、何も言えなくなっていたところ、私たちが間に入って態度を改めるよう話していたところです。」
つまり、アンジュ嬢が勉強を教えて欲しいと願い出たけど、リリが無理だと言ったから、寄って集って責めていたと言うことか。
「リリアーベル、今の話は事実かい?」
セドリック殿下が、リリに優しく話しかける。
「そう…ですね。アンジュから、勉強を教えて欲しいと言われましたが、同じクラスの人を頼るようにと断りました。」
「それは何故?」
更に、殿下はリリに優しく問いかける。
「私が、Aクラスの授業を受けていないからです。私のクラスと授業の内容が違うので、私が万が一、間違った知識を持っていたら、アンジュが困ります。それに、私は先約があったので、断りました。」
リリの言うことは何も間違っていない。リリ自身も、座学には不安があり、勉強会をすることになったんだ。そんな不安な知識を誰かに教えるなんて、真面目なリリが断るのは当然だ。
それにSクラスは、どのクラスとも教科書から違う。授業の内容も特別なんだ。
同じ学年でも全くの別物だから、リリが教えるのを躊躇するのも分かる。それだけ、アンジュ嬢の事を思っての発言だったのに、責められるとか理不尽だろう。
「それは、リリアーベルは何も間違ってないね。正しい判断だよ。それで責められる理由が分からないな。」
「そんな…」
予想外の反応だったのか、令嬢の顔がみるみると青ざめる。
「まず、Sクラスとそれ以外のクラスは、カリキュラムが全く違うんだよ。だから、リリアーベルは、同じクラスの生徒から教わるように伝えたんだよ。その方が授業で聞いた正確な知識を教わることが出来るだろう。リリアーベルだって間違えることはあるからね。友人がテストで失敗しないようにと気遣った発言なのに、何が酷いのかな。それに、リリアーベルは、私達との勉強会の約束もしてるんだ。王族の使用するサロンに知らない人を連れていくことも出来ないだろう。だから、断っただけ。それの何が酷いのか教えて欲しいな。」
責め立てた令嬢達が、青ざめ震えて下を向いたまま固まった。
自分達が良かれと思ってやったことが、間違っていて、殿下に逆に責められている。
普段なら同情するが、リリへの態度を考えると、そんなこと出来ない。
「待ってください。みなさんは、私の為に言ってくれたのです。どうか、許してください。リリアーベル様、本当に申し訳ありません。」
アンジュ嬢が、涙を溢しながら、3人の令嬢を庇うように、リリに許しを乞う。
この場から見た人にとっては、アンジュ嬢が責められ、仲間を庇った様な形に見える。
「アンジュ、そんな謝らないで。私も勘違いさせるような話し方だったのかも。だから、私もごめんなさい。」
リリは何一つ悪くないのに、アンジュ嬢に謝った。
「リリアーベルは、何も悪くない。君も、そんな風に謝ったら、リリアーベルが悪いように見えるだろう。君の方こそ態度を改めた方がいいんじゃないか。」
今まで黙っていたリヒトが、いつもよりも低い声で、アンジュ嬢に向けて遠慮なく言葉をぶつける。
「そうだね。悲劇のヒロインぶるのは、いいけど、このままリリアーベルが悪者になっても困るし、私からひとつ提案しよう。」
セドリック殿下が、アンジュ嬢含め、令嬢達に向けて、ある提案を申し出る。
「そんなに教えて欲しいなら、私達の勉強会に参加させてあげる。希望者は、誰でも参加を許可しよう。全校生徒が対象だ。ああ、君たち4人は絶対に参加ね。自分達が言ったんだから、拒否権は無いよ。その代わり、私たちはレベルは落とした指導はしない。そんなの私たちSクラスの人間にメリットは無いからね。期限は、明日からテスト終了までの約1週間ちょっとかな。さすがに王族専用のサロンに知らない人を招くのは嫌だからね。大講義室を開放して貰おう。それでは、明日の放課後に……絶対に、逃げないでね。」
怯えた3人の令嬢は今にも倒れそうで、お互い抱き合ったままだ。アンジュ嬢は俯いて顔は良く見えなかった。
リリは、セドリック殿下の発言に唖然と立ち尽くしていた。




