心揺さぶる花 《エリオット視点》
《エリオット視点》
「どういうことだ。何故リリを見失った!何があったか今すぐ説明しろ!」
普段は温厚なユーリアスが、珍しく声を荒げて護衛を問い詰める。
「向かいの洋服店にて着替えを済ませ、こちらに戻ってくるタイミングで、突然、大勢の人が通りに押し寄せ、その…リリアーベル様が、人混みに紛れて見えなくなり…、急いで後を追ったのですが、見つけることが出来ず、念のためカフェと洋服店の中も確認しましたが、何処にも見当たらず…。人混みに流されて離れてしまったかと…。」
カフェの窓から外を確認すると、相変わらず人は多いが、護衛が近くに居たなら見失う事はないだろう。
「今も人は多いけれど、護衛対象を見失う程の人混みには見えないな。離れて護衛していたの?何故近くに居なかった。」
セドリック殿下も、声は穏やかに聞こえるが、表情は険しく護衛を見る目は冷たく感じる。
「いえ、リリアーベル様のすぐ後ろに控えていました。しかし、本当に突然、目の前に人が雪崩のように流れてきて、一瞬で、リリアーベル様が人混みに飲まれてしまい…、本当に申し訳ありません。」
自分の至らなさに表情を歪め、頭を下げる護衛に、誰も何も言えなくなる。
普通に聞けば、偶々タイミング悪く、目の前に人が押し寄せ、背の小さなリリアーベル嬢だから、見失ったように思える。
チラッと、コルトブル男爵令嬢を横目で見る。心配そうに俯いて、両手を胸の前で合わせ、無事を祈ってるように見えた……が、ほんの一瞬、口角が少し上がった。
咄嗟に体が動いて、向かいに座るコルトブル男爵令嬢の元に移動し、彼女の左手首を強く掴み上げた。
「お前、何か知っているのか。リリアーベル嬢に何をした。」
「…っつ、いた…痛いです。離して…くだ…さい。エリオット様」
先程、不気味に笑った顔が、今は、か弱い声にブルブルと体を震わせ怯えている。
離してと名を呼ばれ、不快感が身体中を駆け巡る。
「お前に名を呼ぶ許可は与えてない。不快だ、今すぐ真実を話せ。リリアーベル嬢は何処だ。」
手首を掴む手に力が入る。コルトブル男爵令嬢の顔が痛みに歪む。
「おい、エリオット、いくらなんでも令嬢相手にやり過ぎだ。」
オリヴァーが止めに入り、掴んでいた手首を離す。
コルトブル男爵令嬢は、顔を覆い泣いているようだった。ビアトリス嬢が、彼女の背中を擦ってあげる。
「エリオット、リリアーベルの事が心配でも、少しやり過ぎだよ。取りあえず、君の話は後で聞かせてね。まずは、手分けしてリリアーベルを探そう。」
セドリック殿下も気づいたようだが、まずは、リリアーベル嬢を見つけることが先決だ。
「そうだ。リリを早く見つけないと。あんなに可愛いリリが一人で居たら誘拐されてしまう。」
ユーリアスが、一人で出口に向かおうとするのを止めて、まずは、手分けして探すことを提案する。
「リリには迷子になったら、時計台で待つように言ってるんだ。もしかしたら、既に時計台で待ってるかもしれない。ああ、探知機も壊れて反応しない。リリ無事でいて。」
どうやら、リリアーベル嬢が身に付けていた追跡機能付きの指輪が、濡れて壊れたようだ。ユーリアスの探知機が機能せず焦っている。
「殿下が動くと面倒なので、彼女たちと此方でお待ち下さい。もしかしたら、リリアーベル嬢が戻ってくる可能性もあるので、誰か居た方がいいでしょう。ユーリアスは、時計台の方向を探して、オリヴァーは、西側の通りを、私は時計台とは反対側を、君たちは、東側の通りを探してくれ。残りの者は、殿下の護衛を頼む。」
全員に指示を出し、不満そうな殿下を見ないようにして、リリアーベル嬢の捜索を開始する。
♢♢♢♢♢♢♢
リリアーベル嬢は、大勢の人の流れに押され、この場を離れた。そこから戻るとしても、極度の方向音痴で目的地とは違う場所に向かう可能性が高い。
時計台は、通りの何処からでも見ることが出来る。目に見えないカフェを目指すより、迷子の待ち合わせ場所で、視界に捉えながら行ける時計台を目指すだろう。
だが、方向音痴のリリアーベル嬢では、全く違う道を歩くと予想できる。そして、悪意がそこに関わっているのなら…。
(時計台から離れた裏通りを探してみるか。)
裏通りは、治安があまり良くない。予想が外れていることを願い、焦る気持ちを抑えつつ通りを一つ中に入る。
表通りは、祭りの雰囲気で明るく賑わっているが、此方は静かで薄暗い。
こんな所で、貴族の令嬢が一人で迷っていたら、良からぬ事を考える奴らにどんな目に合わされるか、考えるだけで恐ろしい。
ここまで心を乱される事は始めてだ。将来の殿下の側近として、何事も冷静沈着、公正に判断し行動出来るように教育を受けている。
しかし、リリアーベル嬢が居なくなったと聞き、冷静ではいられなかった。
オリヴァーが止めに入らなければ、コルトブル男爵令嬢に怒りをぶつけ、あれだけでは済まなかったかもしれない。
どうか、無事でいて欲しい。今は、それだけが心を占めて、早く早くと心が焦る。
(何処にいるんだ。リリアーベル…。)
見つからず、別の場所に移動しようと考え始めた時、奥の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あなた達、いい加減その子を離して!嫌がってるでしょう。」
声の聞こえた方向へ急ぎ向かう。そこには、小さな体で、自分よりも大きな男たちを相手に、怯まず立ち向かう彼女の姿があった。
「おい、こっちの方は上玉だぞ。こいつも連れていこうぜ。」
ニタリと男が笑い、彼女を頭の天辺から足の先までなめるように見ながら値踏みする。
「こいつは、良い金になりそうだな。金持ち連中に受けがよさそうだし、店の一番人気になりそうだ。さっさと、こいつも連れてくぞ。」
男がリリアーベル嬢に近づき、手を乱暴に掴んで引っ張る。
「今すぐその手を離して!そうじゃないと痛い目見るわよ。」
リリアーベル嬢が、威勢よく睨み付けるが効果はない。
「おお、怖い怖い。アハハハ。こんな小さな子供に何が出来る。諦めて一緒に来い。」
リリアーベル嬢は、抵抗しているが、小さな体では意味もなく、ズルズル引きずられていく。このままでは、彼女の勇敢さも虚しく連れていかれてしまう。
「お前達、彼女をどうするつもりだ。今すぐその汚い手を退けろ。」
「なんだお前は。お前には関係ないだろう。」
私はユーリアスの様に剣は得意でなく、オリヴァーの様に魔法を得意とするわけではない。でも、こんな私でも体術だけは、少し自信がある。
リリアーベル嬢を突き飛ばし、私に殴りかかってきた男を躱し、鳩尾に一発。男はそのまま倒れ動かなくなった。
もう一人の男も同じように殴りかかって来たので、避けて思い切り腹に蹴りを入れたら、同じく気絶して動かなくなった。
リリアーベル嬢は、そんな二人を魔法で拘束して捕縛する。
「リリアーベル嬢、怪我はないか。」
「エリオット様、すごいですね。パンチもキックも格好良かったです。助けてくれてありがとうございます。」
小さな手でパンチを繰り出し、いつもの笑顔で返事をする彼女の姿に安堵する。
「カフェに戻る途中、護衛とはぐれたと聞いて、みんな心配している。無事で本当によかった。それより、何故こんな所まで?」
「それは、時計台を目指して歩いていたら、女の子が、路地裏に連れ込まれるところを見つけて、急いで追いかけてきたの。」
思った通り、時計台を目指して真逆の道を彷徨っていたらしい。
「一人では危険だろう。こんな時は誰か身近な大人か、騎士を呼ぶべきだ。それより、リリアーベル嬢は、魔法が使えるのに、何故使わなかった。抵抗するより魔法を使えば簡単に撃退できるだろう。」
私の言葉に、彼女がぎこちなく笑う。
「人への攻撃はしたくないの。私の魔法は強すぎて簡単に人を傷つけてしまうから。」
「それでも、さっきは君が危なかった。あのまま私が来なければ、どうなっていたか。君は、自分を害する者が怖くないのか?」
私の言葉に、彼女が顎を上げ挑発するように不敵に笑う。
「そんなの怖くないわ。悪い人には負けないもの。私は、誰かが傷つく方が怖いわ。だから、自分に出来る限り、誰かを守れるなら、私はまた前に出るだけよ。それに、ちゃんと対策もしてるのよ。さっきは出番が無かったけど、身を守る術は私の魔法以外にもあるの。」
そういうと、リリアーベル嬢は、魔道具を見せてくれた。
ただ、濡れて壊れたのを、今知って、口をあんぐり開けて放心する。その姿が可笑しくて、つい笑ってしまう。
果敢に立ち向かう勇ましさの中に、少し抜けてるところが、また可愛らしい令嬢だと、自然と笑っている自分がいる。
そんな自分に気づき動揺して、心がざわつく。
「今日は、失敗だったけど、エリオット様が来てくれたから結果問題なしね。次は絶対に壊れない物を作るわ。魔法って楽しくて素敵なものでしょう。そして、魔道具は人に役立つ素晴らしい物。私の強すぎる魔法も、魔道具なら優しいものにしてくれる。だから、魔法研究は止められないのよね。」
人が傷つく方が怖いから、守るために前に出る…か。
普通、令嬢は守られて当然なんだが、リリアーベル嬢は、やっぱり変わっていて面白い。
他人は守るのに、自分が誰かに守られようとは思わないらしい。
「リリアーベル嬢は勇敢だな。誰かの為に動けるなんて、皆が出来ることじゃない。」
リリアーベル嬢が、首を傾げて私を見上げる。その綺麗な紫色の瞳に吸い込まれそうで、思わず視線を逸らす。
「何言ってるの。私よりエリオット様の方が、勇敢だし格好いいじゃない。私を助けるために動いてくれたんでしょう。ありがとう。」
彼女の真っ直ぐな笑顔に、心が揺れる。
「私が勇敢で格好いい…か。初めて言われたな。」
「そうなの?今日のエリオット様を見たら、みんな同じことを言うわよ。みんなが知らないエリオット様が見られて、私は幸運だったのね。」
少し恥ずかしくもあり、少し嬉しくもあり、リリアーベル嬢の言葉に、また心が揺れる。
「リリアーベル嬢、そろそろ戻ろうか。私の…も限界のようだ。」
「…?あっ、もしかして、どこか怪我をしたの?パンチの時?キックした時?どこ?」
怪我をしたのかと心配し、私の手足や体を確認する。
「いや、怪我はないよ。皆が心配してる。早く戻って安心させてあげよう。」
「怪我はない?はぁ、よかった。そういえば、みんなも私を探してるんでしたね。早く戻りましょうか。」
方向音痴の彼女が、正解の道と反対側に進もうとする。
「リリアーベル、こっちじゃない。私についてきて。」
咄嗟に手を取り、自分の元に引き寄せる。私に近づき、彼女の頬が少しだけ赤く染まる。
私でも彼女の心を揺さぶる事ができるのが嬉しくて、つい願ってしまった。
「リリアーベル…。これからは、私もみんなと同じ様に、リリアーベルと呼んでもいいだろうか。」
彼女の手を引き、歩きなから問いかける。
私の隣で此方を見上げる彼女は、既に平常に戻っており、満面の笑顔で答えてくれる。
「もちろん、友達ですもの。リリアーベル嬢って言いにくいし堅いでしょ。リリアーベルだけでいいですよ。」
「そうか。リリアーベル……」
「はい?」
「いや、何でもない。」
呼び方を少し変えただけで、こんなにも心が落ち着かない。
常に、冷静でなくてはならない私の心を簡単に揺らす、可愛らしい花。
普通の令嬢とは違う、優しくて勇敢な彼女の事に、前とは違う思いが芽生え始めている。まだ、気づきたくないと思う、その想いが、また私の心を乱してやまない。
「みんなに心配かけたお詫びとして、友情の花飾りプレゼントしようかしら。エリオット様一緒に選んでくれますか?」
「了解した。帰り道に花屋があったから、そこで見てみよう。リリアーベル。」
「張り切って、可愛い花飾り選びますね。期待してて下さい。」
花飾りのことで、頭がいっぱいの可愛い君が、繋いだ手に気づくまで、しばらくこのままで歩いて行こう。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
次からは、ユーリアス視点に戻ります。
次も読んで貰えると嬉しいです。またよろしくお願いします。




