可愛い天使 VS 宿敵 《2回戦》
「次は、クランネート伯爵令嬢の得意なもので勝負となるが、君は何が得意かな?」
セドリック殿下の問いかけに、アンナマリーは迷わず答える。
「はい、私は刺繍が得意ですので、2回戦は刺繍対決でお願い致します。セドリック殿下。」
刺繍と聞いて、俺に抱きついていたリリの体がピクッと反応し、服を掴んでいた手に力が入る。
それまで喜んで笑顔だった表情が、ぎゅっと眉間に皺が寄り、嫌そうな顔に変わる。
「刺繍対決ね。それでは、不正防止のため、今この場で刺してもらおう。ちょうどここは、淑女科の見学スペースだから、刺繍道具もあるだろう。」
「殿下、こちらに。」
ビアトリス嬢が、刺繍道具をセドリック殿下の前に持ってきた。言われて直ぐに持ってくるなんて、初めから刺繍対決になると知ってたみたいだな。
「ありがとう、ビアトリス嬢。それでは、余り時間も無いことだし、刺すものを先に決めようか。薔薇を一つ、1時間以内で、出来映えで勝敗を決めよう。」
セドリック殿下の課題に、アンナマリーは余裕だと思ったのか、先程までの怯えた態度から一転、自信に溢れた笑顔を見せる。
「ユーリアス、私の想いを込めて、貴方のために最高の薔薇を刺して見せるわ。待っていてね。」
「いや、絶対にいらないから。」
「フフ、照れ屋さんなんだから。」
アンナマリーの気持ち悪い言葉に、鳥肌が立つ。昔から嫌がってるのに、彼女は言葉が理解できないのか。何故か俺の言葉だけ、彼女の都合の言い様に変換されているようだ。今度、ちゃんとした通訳を同席させようか。
「ユーリ、私、精一杯頑張るから、ここで見ててね。ユーリを傷つけるアンナマリーなんて無視してなさい。」
リリが一生懸命背伸びして、俺の両頬に手を添える。ああ、なんて可愛い天使だろう。
アンナマリーの粘着質で気味の悪い視線や不快な言葉によって、深く沈んでいた俺の心も、リリの天使の様な輝く笑顔で浄化され、心が幸福で満たされたいく。
「ありがとうリリ。応援してるから頑張ってね。」
「信じて待ってて。」
笑顔で席に着いたリリと、隣にはアンナマリーが、余裕な表情で席に着く。
「では、準備が出来たようだから始めよう。」
セドリック殿下の掛け声で、二人とも一斉に刺繍を始めた。
「私達は、二人が刺繍してる間、ゆっくりお茶でも飲んで待っていようか。」
セドリック殿下が、いつの間にか用意されていたお茶やお菓子を指差して、テーブルに着く。
俺と、ベルやルミナ、ビアトリス嬢も一緒に席に着いた。
「ユーリアス、俺も仲間に入れてくれ。」
人混みの中から聞こえてきたのは、リヒトの声だった。
すっかり忘れていた。ピンク髪の彼女を追い掛けて、リヒトをそのまま置き去りにしてしまったんだ。
「ごめんリヒト。もしかして、俺の事探してた?」
「あちこち探した。そしたら、淑女科で面白いことしてると聞いたから来てみたんだ。見つかって良かったけど、何があった?リリアーベルは何してるんだ?」
まずは、リヒトを席に案内して、簡単に今までの事を説明した。
さっき、リリが破壊した大木の説明では、リヒトは大爆笑していた。
「経緯はわかった。それで今は刺繍対決をしていると言うことか。リリアーベルは刺繍が苦手じゃなかったか?時間内に出来上がるのか?」
「そこは、1時間あれば何とかなると思う。」
セドリック殿下は、多分、刺繍が苦手なリリの事を考えて、リリが刺せるギリギリの時間として、1時間としてくれたと思う。
「リリなら大丈夫ですわ。最近は、刺繍も上達して薔薇であれば1時間もあれば刺せるようになりましたの。」
ビアトリス嬢が言うなら大丈夫だろう。彼女は、リリに刺繍を教えてくれる先生みたいなものだから、最近のリリの刺繍の腕前も知っている。
「そういえば、セドリック殿下は何故此方に?今日は、参加されないのだと思ってました。」
タイミングよく殿下が来て、場を仕切ってくれたので、リリが殺人犯にならずに済んだが、今日は不参加だと思っていた。
「それなら、ビアトリス嬢のお陰だよ。今日は、魔法塔に用事があってね。そしたら、彼女の護衛が急ぎだと手紙を持ってきたんだ。リリが人を殺めてしまいそうだと書かれていたから急いで此方に来たんだよ。」
ビアトリス嬢、流石はリリの親友。
「前もって、リリから聞いていたのです。もし、クランネート伯爵令嬢がちょっかいを掛けてきたら、パンチで倒すと。リリの物理攻撃は、普通の令嬢が受けたら即死でしょう。リリを犯罪者にする訳にはいかないので、直ぐに殿下にお伝えしたのです。」
前々から計画してたのか。もしかしたら、新入生歓迎会の間、リリの様子がおかしかったのは、俺を守るためだったのか。
俺は、アンナマリーのことは、すっかり忘れていて、同じ学園にいることすら頭に無かった。
きっと、俺がアンナマリーを思い出して嫌な気持ちにならないよう、リリが守ってくれてたんだな。
今も、苦手な刺繍を一生懸命に俺のために頑張ってくれている。
本当に弟思いの素敵な姉だ。
「きっと、俺は、一生リリには敵わないな。」
自然と出た言葉に、周りのみんなが笑顔になる。
「リリアーベルは最強だからな。」
「そうですわ。ユーリアス様の為ならあの子は、何でもやり遂げてしまいますもの。」
「我が主は強いのだ。」
「弟より姉が強いのは当然でしょう。」
「リリアーベルの弟を思う気持ちは、誰よりも強くて眩しいな。」
セドリック殿下が、優しい眼差しでリリを見つめる。そういえば、セドリック殿下がこんな表情を見せるのは、リリにだけだな。
その意味を深く考えようとした時、刺繍対決の終了の合図が鳴った。
「それでは、両者とも刺繍したものを見せてくれるかい?」
殿下の言葉に、二人が刺繍したハンカチを広げる。
アンナマリーの刺繍は、見て直ぐに分かるほど、見事な薔薇の刺繍が施されていた。
リリの刺繍は、確かに以前よりは上達している。時間内に仕上がっているし、ちゃんと形になっている。
……が、しかし、どう見てもキャベツだ。
赤いキャベツが刺繍されている。一つ一つ見てみると、花びらだろうそれは、塊で見ると何故かキャベツに見えてしまう。
「リリアーベル、以前よりは上手に刺繍出来るようになったね。しかし、今回は、クランネート伯爵令嬢が上かな。勝者はクランネート伯爵令嬢。」
セドリック殿下が、アンナマリーの勝ちを認めた。
「やったわ。リリアーベル貴方の負けよ。これで、1対1の同点よ。次も絶対に私が勝つわ。」
「悔しいけど、今回は勝ちを譲ってあげる。でも、次は負けないわ。」
勝ち誇った顔でリリを見下ろすアンナマリーに、リリも負けじと言い返して胸を張る。
「お子ちゃまは黙ってなさい。ユーリアス、私が勝ったわ。このハンカチはユーリアスの為に刺繍したから、ぜひ受け取って頂戴。」
恥ずかしそうにアンナマリーが、刺繍したハンカチを差し出す。
「いや、絶対にいらないから。」
両手を横に振り拒絶する。その様子に、セドリック殿下が動いた。
「二人が刺繍したハンカチは、此方で回収させてもらうよ。勝手にユーリアスに渡すのは禁止だよ。」
殿下の護衛が、リリとアンナマリーから刺繍入りのハンカチを受け取った。
殿下が、護衛に何やら耳打ちしている。護衛が頷いているが、何と言われたのか、リリのハンカチはどうなるのか凄く気になる。
「それでは、次は最終対決だね。私が考えた対決は、剣を使ってユーリアスを楽しませることだよ。」
ニッコリと笑って、セドリック殿下が3回戦の対決内容を告げた。
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