可愛い天使 VS 宿敵
ユーリアス視点に戻ります。
「また貴方なの、リリアーベル。」
俺を庇って前に出たリリを、アンナマリーが睨みつけた。
「貴方こそしつこいのよ。接近禁止令が出てるのに、ユーリに近づくなんて、ただで済むと思ってるの。クランネート家に正式に抗議させてもらうわ。」
リリも負けじと言い返す。リリの横にはベルが並び、アンナマリーに対して、「ヴヴゥゥ…」と唸っている。
「ユーリ、あなた顔色が悪いわよ。私が回復魔法をかけてあげる。少しは効果があるはずよ。」
リリに腕を引かれて後方に下がった時、ルミナは俺の腕を素早く上り、首に巻き付いていた。
俺の顔を見て安心させるように、ルミナがスリスリと頬ずりする。ルミナの冷たくて柔らかな感触が心地良くて、回復魔法を掛けられながら、呼吸も段々と楽になってきた。
「ありがとうルミナ。少し気分が良くなったよ。」
先程までの吐き気が少し治まり、ルミナへお礼を伝える。アンナマリーと距離が取れて、精神的にも少し落ち着きを取り戻せた。
「煩いわね。そんなのお祖父様と叔父様が勝手に決めたことでしょう。ユーリアスと私は結ばれる運命なのよ。相思相愛なの。誰にも私達の愛を引き裂くことは出来ないわ。例え貴方でもね。リリアーベル。」
「……なんだよ、それ……。」
全く思っても無いことを言われ、余りの腹立たしさに、思わず両手を握りしめる。
思い切り拒絶したいのに、上手く声が続かず、小さい呟きとなって消えていく。
「ユーリ、大丈夫よ。」
俺の微かな声を、怒りを、リリはちゃんと気づいてくれる。
振り向いた笑顔のリリは、強く握った俺の手を優しく包んでくれる。
リリの優しい笑顔に''大丈夫''だと信じられて、強く握りしめていた手から力が抜ける。
「安心して、お姉ちゃんに任せなさい。」
俺よりも小さくて可愛いリリが、とても大きく格好良く見える。
やっぱり俺の姉は、世界一の最高にカワ格好いい天使だ。
「ありがとう。姉様。」
姉様という言葉に、リリが可愛い大きな目を更に大きく見開いて俺を見つめている。
「フフッ、わたし負ける気がしないわ。ここからは、女同士の戦いよ。」
やる気漲るリリは、アンナマリーに向き直り、左手を腰に当て、右手は前にアンナマリーを指差して、堂々と宣言する。
「決闘よ!アンナマリー。今度こそ、あなたを倒すわ。」
突然の決闘という言葉に、その場にいた野次馬達が、ざわめき立つ。
「フンッ、面白い。あんたみたいな小さいお子ちゃまが、私に勝てると思ってるの。」
馬鹿にしたように笑って、リリを見下ろすアンナマリー。
笑顔一つとってもリリとは全く違う。昔から、性格の悪さが滲み出ていて、俺にはアンナマリーの笑顔が、とても醜く見える。
「そう言っていられるのも今のうちよ。我が家の騎士団長から教わった悪者を一発で屠ることが出来る、究極パンチをお見舞いしてあげるわ。」
究極パンチは、俺達の護衛騎士がリリに教えた護身術だ。
子供の頃、可愛すぎて直ぐに誘拐されそうになる俺達に、それぞれ合った一撃必殺の技を伝授したものだ。
確かリリの必殺技は、魔力を拳に集めてパンチした瞬間に魔力を放出するもので、大人でも当たれば瀕死の重傷を負う殺傷能力高めの技だった気がする。
「これで終わりよ。アンナマリー。」
リリが不敵に微笑み、握った拳に魔力を一気に流し込む。
(アンナマリーは正直どうでもいいけど、このままでは、リリが殺人犯になってしまう。)
慌てた俺は、リリを止めようと手を伸ばした。
その手が届く前に、鋭く響く声が、リリの動きを止める。
「何だか、とても面白そうな事をしているね。リリアーベル。」
その声の主は、セドリック殿下だった。
ゆったりとした足取りで、二人に近づく殿下を、野次馬含め皆が静かに見つめている。
「セドリック殿下、これは私とアンナマリーの決闘です。邪魔をしないで下さい。」
究極パンチを邪魔されて怒ったリリが、セドリック殿下に向かって、拳を突き出す。
「…んんっ。リリアーベル、決闘と言うのは分かったけれど、ここは学園の中だ。争い事は禁止だよ。それに、君のように可愛い令嬢が、そんな風に…フッ…人に…パンチをお見舞いしては駄目だよ。」
明らかに笑いを堪えながら、セドリック殿下が、優しくリリを諭している。
そんなセドリック殿下の言葉に、不思議そうに首を傾げるリリ。
「決闘なんだから、殴り合いでなくて、どうするんです?この方が早く済みます。それに、ユーリの苦しみも分かってもらわないといけないでしょう。」
黒天使降臨だ。
そういえば、リリは小さい頃から、男顔負けのお転婆だった。
「プッ…可愛い顔して、まさかの物理攻撃とはね。ユーリアスの事を思っての事だとは思うけど、リリアーベルの今の行動は、流石に看過できないよ。そこでだ。この決闘、私に預けてくれないか。」
「……?どういうことです?」
決闘を邪魔されて、若干不機嫌な顔を見せるリリが、セドリック殿下を凝視する。
「さっきも言った通り学園内で争い事は禁止なんだよ。でもね、君たちの間には、昔から対立する事情があるのだろう。この際、私が立会人となり、君たちの決闘を見届けよう。」
リリが考え込む中、アンナマリーは、セドリック殿下を前に顔色悪く固まっている。
「ああ、それと私の申し出を受けるなら、決闘の内容は私が決めるからね。」
「ええ、拳一発で決まるのに……。」
リリが不満そうな顔で、どうしようか悩んでいる。アンナマリーは、相変わらずガチガチに固まっていた。
「どうする?二人とも。えっと、君は確か、クランネート伯爵令嬢だったかな?」
セドリック殿下に声を掛けられ、アンナマリーは、ビクッと体が大きく揺れた。
先程から、顔面蒼白で固まっていたが、更に緊張で、口をハクハクさせている。
殿下に声を掛けられてるのに、何も答えないのは不敬にあたる。しかし、アンナマリーは何も言えないようだった。
「どうしたの?先程は、リリアーベルに喧嘩を売るくらい元気だったのに、急に大人しくなったね。」
アンナマリーを見る殿下は、一応笑顔を作っているが、目には何の感情も映っていない。リリに対するそれとは違う。低く抑揚のない声も相まって冷たく恐怖を感じる。
「も…申し訳、あり…ません。」
体を震わせながら、何とかそれだけを口にするアンナマリーに、殿下はわざと大きな溜め息を吐いてみせた。
「はぁぁ…それは、決闘の立会人が私では不足で、断るという意味なのかな。」
どうする?と聞いておきながら、鋭い視線でアンナマリーを威圧し、答えは一つしか認めないと暗に示していた。
「いえ、そうではありません。セドリック殿下が立会人となるならば、喜んでその提案をお受け致します。」
セドリック殿下に、すっかり怯えきったアンナマリーが、震える声で殿下の提案を受け入れた。
「クランネート伯爵令嬢は了承してくれたけど、リリアーベルはどうかな?」
アンナマリーから、リリに視線を合わせた途端、セドリック殿下の表情が柔らかくなり、優しい声音に変わる。
「分かりました。セドリック殿下に任せます。」
リリの言葉を聞いて、笑顔のセドリック殿下がパンパンと手を叩いて、みんなの注目を集める。
「では、二人が了承してくれたので、私が立会人として二人の決闘を許可する。決闘内容は、三番勝負といこうか。二人の得意なもので、一回ずつ戦い、最終対決は私に決めさせてくれ。じゃあ、取りあえず一回戦は、リリアーベルの得意なものとして、さっきの続きでもするかい?」
嬉そうに瞳を輝かせたリリが、首を上下に振って頷いている。
「よし、それでは人に当たったら大変だから、あそこの木に向かってパンチをお見舞いしてみようか。」
「ええ、アンナマリーを倒すためのパンチなのに、どうしてですか。」
セドリック殿下に背中を押されて、渋々と言った様子で、拳に魔力を溜めて木に向かってパンチを繰り出す可愛い天使。
「えいっ!!」
可愛い掛け声の後に、ドゴッーン!!!と信じられない音が聞こえたかと思うと、庭園の大きな木が、一瞬で木っ端微塵に吹き飛んだ。
あれは、確実に小さい頃よりも威力が増している。
うちの姉は、こんなものを人に放とうとしていたのか。恐ろしい。
「イヤァー!リリアーベル!貴方こんなパンチで私を殴るつもりだったの!私の事を殺す気!」
信じられない光景に、その場の生徒は茫然と立ち尽くす。
「あれ?究極パンチってこんな凄かった?ちょっと人が倒れるくらいだったよね?ねえ、ユーリ?」
久しぶりの究極パンチが凄すぎて、本人も信じられないようだ。
戸惑うリリが可笑しくて、可愛くて、さっきまでの恐怖も怒りも気持ちの悪さも全部吹き飛んでしまった。
「相変わらずリリアーベルの魔力は凄まじいね。それで?クランネート伯爵令嬢は、どうするのかな。あっちの木を倒してみる?」
セドリック殿下が、意地の悪い言い方で、アンナマリーに冷ややかな視線を向ける。
「こんなの……勝てるわけない。無理よ。」
パンチの威力に恐怖したのか、両腕を抱き締めて、泣きながらアンナマリーが負けを認めた。
「一回戦は、リリアーベルの勝ちだね。おめでとう。」
「えっ?私の勝ちでいいの?やった!ユーリ私が勝ったよ。」
大喜びで、俺の元に駆けつけ抱きつくリリ。ルミナが、リリの首に巻き付いて、祝福しながら頬を撫でる。
ベルも反対側の頬をペロペロ舐めて祝福していた。
「リリ、俺のために勝ってくれてありがとう。流石、俺の最高の姉様だ。」
新入生歓迎会2日目を騒がせた二人の対決は、一回戦リリの勝利で終わった。
そして、2回戦は、アンナマリーの得意な刺繍での勝負となった。
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