リヒト・マケランディ
その日、俺は護衛と共に街に出ていた。民の生活を見てみたくて、10歳の頃から時々変装して外に出ていた。
俺は、魔族の国マケランディ帝国の魔王の七番目の子供で第五王子だ。
その日も、いつも通り街を一周して城に帰る予定だった。
馴染みの肉屋のおばさんから串焼きを一つ買って、食べながら歩いていると不審な動きをする男が目に入った。
その男は大きな麻袋を肩に担いでキョロキョロと周囲を警戒しているようだ。
よく見ると、麻袋がバタバタと妙な動きをしている。
そういえば、最近子供が行方不明になる事件が増えていると大人達が話してるのを聞いた。
「まさか…」
俺は咄嗟に走りだし男を追いかけた。護衛は突然走り出した俺を慌てて追いかけたようだが、少し離れて護衛していたこともあり、人混みに紛れた俺を見失ったようだ。
今考えれば、護衛に声をかけて彼らに男を追ってもらう事が正解だったのに、あの時は子供が捕らわれている可能性が頭に浮かんで、体が先に動いてしまった。
たった12歳の子供に出来ることなんて何もなかったのに…。
その結果、俺は怪しい男とその仲間に捕らえられて、他の子供と一緒に人間の国まで連れてこられた。
バレないように、数人を大きな木箱に入れて、蓋は釘で打ち付けられ開けることが出来ない。
ゴトゴトと大きな揺れの中、しばらく移動すると、急に動きが止まった。
どこかに着いたらしい。何やら話し声が聞こえるが、何を言っているのか聞き取れない。
(どうにか脱出して助けを呼ぼう。)
どこかに運ばれ、木箱から出された後は、逃げる機会を伺いながら、牢屋の中でじっとしていた。
そして、見張りが手薄になった瞬間を狙い、攻撃魔法を使って脱出した。
「助けを呼んでくるから、信じて待っていてくれ。」
「…信じて…待ってる。お兄ちゃん、気をつけて」
他の子供達を連れて逃げるのは無理がある。一人で脱出して助けを呼ぼうと走り出したが、逃げる途中で人間の男達に見つかり攻撃され深手を負った。
出血が止まらず、意識が朦朧としてくる。
(約束…したんだ。助けを…呼ばないと…)
消えそうな意識の中、最後の力を振り絞り、ある屋敷の塀を乗り越えた所で、俺は意識を失った。
―――暖かい。
「…ルミナ大丈夫?いつもより時間かかってる気がするんだけど、体は平気?」
(心配そうな…声が…聞こえる。誰…の…声…)
何とか、少し目を開く。
(何を…見て…る…?誰…?小さな…女神…)
声の主が誰なのか気になったが、俺はまた意識を失った。
♢♢♢♢♢♢♢
「こ………は、ど…こだ…」
目覚めると、余りの眩しさに目を開けてられず、咄嗟に顔を横に向ける。
「よかったわ。やっと目を覚ましたのね。全然起きないから心配したのよ。どこか痛いところはない?苦しいところはない?」
どこか聞いたことがあるような声に、ゆっくりと目を開けると、目の前に綺麗な女の子の顔があった。驚いて思わず変な声が出てしまう。
女の子の後ろから、同じように綺麗な顔立ちの男の子が、何やら注意しているようだ。
彼女は、申し訳なさそうに後ろに一歩下がると、俺の体調を気遣って優しく声をかけてくれた。
二人は、リリアーベルとユーリアスと言う双子の姉弟で、ここはゴルドリッチ侯爵の屋敷だと教えてくれた。
どうやら瀕死の俺を見つけて、助けてくれたようだ。
リリアーベルは、光の精霊と契約していて、精霊の回復魔法がなければ俺は死んでいただろう。
偶然とはいえ、ここに逃げて来られたのは幸運だった。
ゴルドリッチ侯爵家の人達は、みんな優しくて、体調が戻るまで屋敷に置いて欲しいと言う俺の願いを聞き入れてくれた。
それに、俺の居場所を聞いて慌ててやって来た、カスタットの態度も寛大に受け入れてくれた。
リリアーベル以外は、俺の立場を知っているようだったが、変わらず優しく接してくれる。
いや、たぶんリリアーベルも俺の事を知っているだろう。
でも、リリアーベルには俺が何者でも関係なく、ただのリヒトとして見てくれる。
明るく優しい笑顔で笑いかけてくれて、それがとても心地いい。
まるで、夢の中で見た女神様のようだ。
今回、俺が誘拐されたことや、子供を奴隷として売買している事が明るみになり、魔族と人間との関係が拗れた。
最悪、戦争になるかもしれない事態に、光をもたらしたのは、リリアーベルの魔法だった。俺の魔力の痕跡を辿り、犯人を捕まえ事件を解決してしまったのだ。
しかも、悪いのは人間側だけでなく、魔族も同じ罪を犯していた事が分かった。
今では、お互い協力して他の子ども達の保護に動いている。
もちろん、あの日俺と一緒に捕らわれた子供達もすぐに保護された。
怖い思いをして、心に傷が残った子供達が少しでも癒されるように、リリアーベル達と時々会いに行っている。
リリアーベルのお陰で、子ども達も救われ、国も救われた。
リリアーベルの優しさや癒しの笑顔は、まるで女神様のようだ。
リリアーベルがそこに居るだけで、俺の世界は鮮明に色づき、見るもの全てが美しいと思える。
リリアーベルが笑うだけで、彼女の周りには光が煌めき、世界が変わる。
俺にとってリリアーベルは、救世主であり、女神であり、憧れであり、そして、俺の唯一だ。
これからは、何者からも彼女を守り続けたい。
彼女と共に生きていきたい。もっともっと近づきたい。触れてみたい。
初めての感情に戸惑いもあるが、この恋情は…止められない。
初めて会ったあの日から、俺はずっと彼女の傍にいる。
末っ子に甘い家族は、事情を聞いてリリアーベルの傍に居ることを了承してくれた。
出会った日から変わらず、綺麗で可愛らしい彼女を愛でる毎日は、俺にとって幸せな日々だ。
どうやら近々、学園に入学しなければならないと、ユーリアスと二人で準備をしている。
それならば、俺も彼女と一緒に居るために、入学手続きをしなければ。
魔族が人間の学園に通うなんて初めてだろうが、そこは何とでもなるだろう。
リリアーベルと一緒なら、きっと楽しい毎日が待っているだろう。
学園でも、思う存分甘やかして、愛を伝えて、全てから君を守るよ。
ここまで、読んでいただきありがとうございます。
次は、いよいよ学園入学です。15歳へと成長したユーリとリリをよろしくお願いします。




