可愛い悪役令嬢の登場
目の前では、オリヴァーとヒロインが本格的に言い合いを始めてしまった。
セドリック殿下も、エリオットも呆れて、ただ静観している。
このままでは、非常にマズい。
いくら鈍感な天使でも、ここまで騒いでいれば気づいてしまう。
この騒ぎでは、フルーツタルトでも誤魔化せない。
「あの、オリヴァー、ちょっと落ち着いて話し合おう。もう少し、声の大きさを抑えてくれないか。」
オリヴァーを宥めようと声を掛けると、後方から、可愛い天使の声が降り注ぐ。
「ユーリ?どうしたの?何かあったの?」
ああ、やっぱり揃ってしまった。
「何でもないよ。ここはいいから、みんなのところで待っていて。」
俺は、直ぐに笑顔で振り返り、可愛い天使を回れ右して、みんなの元へと送り返そうと試みる。
「ちょっと、何でも無くないよ。セドリック殿下にエリオット様もいるし、オリヴァー様は、どうしてアンジュと喧嘩しているの?」
折角、回れ右して見えないようにしたのに、当然だけど手遅れだった。
リリが、もう一度こちらを振り返り、しっかり彼らを視界に捉える。そして、怪訝な顔で彼らを見ていた。
「リリが気にすることはないから、みんなのところに戻って。ほら、リヒトもリリを心配して追いかけてきたよ。リヒトと一緒に待っていて。」
リリが後ろを振り向くと、ちょうど走ってきたリヒトが追いついた。
「リリアーベル、勝手に行くなと言っただろう。ここは、ユーリアスに任せて、俺と一緒に戻ろう。」
リヒトがリリの手を取ろうと手を伸ばすが、リリが上手くそれを避けて、俺に抱きついた。
「ユーリも一緒じゃないと駄目よ。ユーリはまだ、昼食を食べてないでしょう。それに、フルーツタルトも一緒に食べるって約束したのよ。だから、ユーリが戻るなら、私も戻るわ。一緒じゃないとイヤ。」
くぅぅぅ。こんな時に可愛い我儘なんて、このまま抱き上げて、今すぐこの場を去りたい。
「あら、誰かと思えば、リリアーベル様じゃないですか?御機嫌よう。」
アンジュ嬢が、リリに向かって挑発するような笑顔を見せる。
珍しく、リリが眉間に皺を寄せて不快な顔を見せる。
「御機嫌よう、アンジュ。ここで何をしているの?ビッガートル領と関係ない貴方が、何故、殿下たちと、ここに居るの?」
抱きついていた俺から離れて、横に立つとリリも負けじと言い返す。
アンジュ嬢に対して、ここまで不快感を露にすることは無かったのに、いつものリリらしくない。
「私が誰と何をしようと、リリアーベル様には、関係ないでしょう。それに、ここはリリアーベル様の湖ではないのだから、私と殿下たちが、ここで楽しんでいても関係ないと思いますけど?何か問題がありますか?」
アンジュ嬢の言葉に、益々リリの眉間の皺が深くなる。
「ビアトリスは、知っているのですか?殿下が、アンジュと出掛けていること。どうして、時期王妃となる彼女は、視察に同行せず、アンジュを同行させているのですか?その上、ここで楽しそうにピクニックをしているなんて、ビアトリスは知っているの?」
俺のシャツを握るリリの手から、悲しみや苛立ちが伝わる。
リリは、殿下達が別邸に居ると聞いたときも、ビアトリス嬢の事を気にしていた。
視察と言いながら、婚約者以外の女性を同行させていることに、疑問に思っていたのだろう。
「ビアトリス様に報告する必要はないでしょう。私の領地の視察に行くのですから、殿下の執務の事を、いちいち婚約者に報告する必要はないわ。それに、その途中で何をしようと別に貴方には関係ないでしょう。」
リリが、俺のシャツを握りしめて思い切り引っ張る。余りの力に痛みを感じる。
「関係ないかもしれないけど、でも、でも、やっぱり関係あるわ!親友の事なのよ。親友の婚約者が、未婚の女性と旅行のような事をしてるのよ。ただお茶をするのとは違うの。別で行くなら未だしも、一緒に行動するなんて、ビアトリスが知ったらショックを受けるわ!」
いや、ショックは受けないだろうし、気にもしないだろう。
二人は政略で選ばれた婚約者同士だし、ビアトリス嬢が、殿下を好きだとは思えない。
それに、ビアトリス嬢は、アンジュ嬢がリリを貶めようと企んでることを知っている。
だから、今回の事を知っても殿下達の作戦の内だと思うに決まっている。
優しいリリが、親友を思っての発言だけど、色々と勘違いしている。
それでも、ビアトリス嬢のために怒るリリは、可愛くて格好いい。
「いや、あのリリアーベル、少しいいかな。君は色々と誤解をしていそうだから、私の方から説明させてくれる?」
セドリック殿下が、慌てて二人の間に入ってくるが、アンジュ嬢がそれを許さない。
「リリアーベル様は、私と殿下達が仲良くするのを邪魔するのですか?何の権利があってそんなことをするの?酷いです。私はただ、みんなと仲良くしたいだけなのに、邪魔するなんて酷いわ。それに、視察に行くのも反対だなんて、殿下の執務にまで文句を言うなんて、信じられません。」
アンジュ嬢が涙を浮かべて、結界の外からリリを非難する。
「えっ、あっ、泣かないでアンジュ。どうしよう。強く言い過ぎたの。でも、ビアトリスが悲しいのも嫌だし、婚約者抜きで遠出なんていいの?いえ、駄目よね。それなら、どうする?えっと…えっと…、そうだわ!それなら、アンジュも殿下も一緒にピクニックに参加したらいいわ。そしたら、ビアトリスに誤解されないで済むもの。みんなでピクニックで解決よ!」
リリ以外の全員が、有り得ない提案に驚いて目を丸くする。
リリ本人は、いい考えだと思って得意気な顔を見せている。
「そうと決まれば、みんなで行きましょう。」
リリが、アンジュ嬢の手を取った。そして、そのままチェリーちゃん達の待つ場所へと歩きだす。
「あっ、リリ待って…。」
そう声をかけたが、既に遅かった。
「キャ!痛い。ちょっと何するのよ!」
リリが引っ張ったので、見えない壁に思い切り激突したアンジュ嬢が、その反動で後ろに倒れ込む。
(うわぁ、めちゃくちゃ痛そう。)
リリはアンジュ嬢が繋いだ手を離して、突然、後ろにぶっ飛んだように見えて、驚いて困惑している。
「リリアーベル様、こんな嫌がらせをするなんて、酷すぎます。もう、いいわ。私は帰ります。」
怒っているのと、ぶつけた顔が真っ赤になったまま、アンジュ嬢がその場を後にする。
「えっ?何?どういうこと?」
「ププッ…、凄いなリリ。追い返してしまったよ。」
訳が分からないまま、アンジュ嬢を撃退してくれたリリに笑いが止まらない。
しかも、今日は、ヒロインと悪役令嬢?みたいに、張り合っていたんじゃないかな。
最後のは、本当に嫌がらせになった。リリは知らないで提案したけれど、こちらに入って来られない人をピクニックに誘うなんて、嫌みにしかならない。
「リリアーベル、我々も行かなければ。今日のことは、きちんと説明させて欲しい。君は色々と誤解しているからね。また今度話をさせて。それじゃあ、次は、満月の夜に会おう。」
セドリック殿下が、リリに告げると、他の二人と共に、アンジュ嬢を追いかけて帰って行った。
「リリ、俺たちも戻ろうか。」
「…?分かったわ。ユーリはお腹空いてるでしょう。早く食べてタルトも一緒に食べましょう。」
「リリはタルトの事でいっぱいだな。」
可愛い悪役令嬢のお陰で、何とかヒロインを撃退し、その後は無事にフルーツタルトをお腹いっぱい食べることが出来た。
俺の姉は、天使で可愛い悪役令嬢で、やっぱり最高だ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
楽しいピクニックは終わり。そろそろ満月の日が近づいてきます。
重要な事を聞き忘れていますが、大丈夫かな?




