魔力器官の治療法 ⑤
顔色悪くしたお祖父様が、諦めたように小さく頷く。信じられないことに、精霊王様の言葉を肯定した。
「どういうこと?お祖父様、セドリック殿下は、こちらに来ているの?」
「……ああ、そうだよ。」
リリの言葉に、お祖父様の返事を聞いて、皆も驚いている。いや、レオナルド叔父様だけは、表情を変えない。多分、知っていたのだろう。
「まさか、知らなかったのか?あの王子と、他にも数人の余所者の気配がするぞ。嫌な気配もするな。不愉快だ。」
再び、精霊王様から怒りのオーラが溢れだし、そこにいる皆に緊張が走る。
「あの、精霊王様、どうか心を静めて下さい。怒りすぎると体に悪いですよ。セドリック殿下は、嫌な人じゃないですから、大丈夫ですよ。嫌な人は何処にも居ませんよ。」
リリが精霊王様の隣に立ち、顔を見上げながら、優しく背中を擦っている。
まさかリリは、精霊王様の嫌な気配がするって言ったのを、セドリック殿下が嫌な人と思われてると解釈したのか?(確かに腹黒だけれども。)
それで、精霊王様が不機嫌になってしまったから、嫌な人は何処にも居ないと伝えて、安心してもらおうとしてる?
何だそれ。可愛すぎないか。マジで天使にしか出来ない考え方。
「リリアーベル、私は小さな子供じゃないから、そんなことをしなくても気持ちの制御くらい出来るぞ。」
眉間にシワを寄せた精霊王様が、リリを見下ろし、面白くなさそうな顔をする。それでも、リリを拒絶しないので、嫌では無さそうだ。
「小さな子供でも大人でも関係ないわ。心が荒れている時は、誰かにナデナデしてもらうと気持ちが落ち着くのです。」
ずっと背中を擦っているリリを見て、精霊王様の顔から段々と怒りが消える。
リリを見つめる瞳は、柔らかく優しいものへと変わっていく。
「リリアーベルは、優しいな。君といると、怒っているのが馬鹿らしくなってくるよ。こんなに優しく背中を擦ってもらったのは、いつぶりだろうか。今度は頭を撫でてくれるか?」
精霊王様が屈んで、リリの前に頭を出す。
「良いですよ。ルミナもベルも頭を撫でられるのが大好きなんです。私、撫でるのが得意なんですよ。よしよし、いいこね。」
リリが優しい手つきで、精霊王様の綺麗な髪を撫でる。白銀の輝く髪が、光に包まれ更に輝きを増す。
(まるでペット扱い…。いいのか、これ?)
うちのペット化した精霊とフェンリルの姿を思い出し、目の前の精霊王様と重なる。
「ぶふぉ…!!」
突然吹き出した俺に、皆の視線が集まる。
「ユーリ、どうしたの?大丈夫?」
リリが、精霊王様の頭を撫でながら、俺を見るので、余計に笑いが止まらない。
「フッ…ハハ…、いや、大丈夫だよ。フフッ…ちょっと思い出して…プッ…今…ちゃんとするから…アハハハ。」
突然の俺たち双子の予想外の行動と反応に、周りのみんなは唖然としている。
「プッ…ハハハハ……、はぁぁ、最高に笑ったな。流石リリだよ。ふぅー、ごめん。俺も落ち着いた。精霊王様も気持ちは落ち着きましたか?出来れば、さっきの話しを詳しく聞きたいのだけど、お祖父様いいかな?」
必死に笑いを堪えて、深呼吸を一つ。少し笑いが治まった所で、リリの可愛い行動の為に、ストップしていたセドリック殿下の件をお祖父様に問う。
リリも話しに集中する為に、撫でる手を止めた。止まった手を寂しそうな顔で見つめる精霊王様に、また笑いそうになるが、気を引き締める。
「ユーリたちが到着した時に、領内で問題が起こって、出迎えが出来なかっただろう。実は、その問題と言うのが、セドリック殿下の乗った魔動車が、故障で動かなくなってしまったと連絡があったんだよ。」
あの時の問題が、セドリック殿下絡みだったとは、少し、嫌な予感がするな。
「どうして、セドリック殿下がビッガートル領内にいるのかしら?」
リリの当然の質問に、お祖父様は一瞬だけ答えるのを躊躇ったが、精霊王様の視線に耐えきれず教えてくれた。
「視察への通り道だったようだ。今は、魔動車を修理していて、その間は、湖の近くの別邸で過ごしてもらっているんだよ。」
湖の近くの別邸ってことは、明後日のピクニックで会う可能性がないか?
「お祖父様、他には?セドリック殿下と護衛だけ?それとも、オリヴァーやエリオットも一緒に居た?」
ある可能性を否定したくて、側近二人の同行も尋ねた。
「セドリック殿下の側近二人も一緒に居たよ。それから、コルトブル男爵令嬢も同行していたよ。彼女は、殿下たちの御学友だと聞いたが、視察に同行する程に優秀なご令嬢なのか?」
ああ、やっぱり居た。攻略対象者が居る所に、ヒロインあり。
「アンジュも来ているの?それで、みんな一緒に別邸に?ビアトリスも一緒かしら?」
「いいや、女性は一人だけだったよ。」
視察に未婚の令嬢を同行させるなんて、殿下は何を考えているんだ。
こうなれば、視察かどうかも怪しい。アンジュ嬢に何か言われて、行動してる可能性も出てきた。
「やはり、王子も居るだろう。他はどうでも良いが、私は王子と話がしたい。あやつを呼ぶことは出来るか?」
精霊王様が、セドリック殿下と話したいだなんて、先程の様子を見ると不安になる。
お祖父様もレオナルド叔父様も同じ考えのようで、了承するのに戸惑いを見せる。
「精霊王様、セドリック殿下とお話をするだけ?怒ってセドリック殿下を驚かせたりしない?セドリック殿下に何かあれば、お祖父様達が困るわ。だから、約束して下さい。お話をするだけで、恐いことはしないで。」
もしも、精霊王様が感情のままに動いて、セドリック殿下に何かあれば、ビッガートル家が罰を受ける可能性もある。それだけは絶対に避けなければいけない。
リリも、それを心配して殿下と精霊王様が会うことに不安を感じている。
「ただ話すだけだ。約束しよう。愛し子との約束は必ず守る。それに、リリアーベルの魔力器官の治療についても、話しておきたいことがあるんだよ。元々、その話をするために、昨日はルミナに精霊国に戻ってきてもらったんだよ。今の今まで、すっかり忘れていた。」
一番大事な情報を忘れるって、精霊王子様もポンコツなのか。
「精霊王様、リリの魔力器官の治療法を何か知っているのですか?どうなんです?」
俺の問いかけに、精霊王様が考える素振りを見せる。
「知ってると言えば知ってるけど、まあ、王子が来たら話す。今すぐ呼んでくれ。」
はっきりとは答えずに、お祖父様を見る。それに、答えるようにお祖父様が力強く頷いてくれる。
「今すぐ、殿下の所に使いを出そう。精霊王様、どうか、もう暫くお待ちください。」
「よい、リリアーベルとユーリアスとお茶をしてゆっくり待っている。そうだ、二人とも、ピクニックの計画でも立てようではないか。」
お祖父様とレオナルド叔父様が二人揃って部屋を出る。
もしかしたら、確実に殿下を連れてくるために、二人で別邸へ向かうのかもしれない。
少し緊張しているリリと、楽しそうな精霊王様。少し離れた場所から、チェリーちゃんやタイガも不安そうに見ていて、お祖母様やソフィア様が二人に寄り添っている。
黙って聞いていたリヒトとルミナも、今はリリの隣で、王を相手に牽制しながら話しに参加している。
それぞれが、いろんな感情を抱え、それでも表面上は和やかな空気で、その場は収まっている。
そんな中、俺の心は、リリの魔力器官の治療法が分かるかもしれない期待と、嫌な予感が当たってしまった絶望感で荒れていた。
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