早くこいこい夏休み ⑤
魔法塔を後にして、教室に戻るのかと思ったが、そのまま王族専用サロンに連れていかれた。
「教室に戻らなくて良いんですか?進級出来ないと困るんですけど。」
俺が不満げに話すと、セドリック殿下がクスクスと小さく笑う。
「リリアーベルから離れて不満なのは分かるけど、少し話があるんだよ。」
避けて、逃げて、聞かないフリをしてきたけど、やっぱり無しには出来ないか。
「話しとは、この間の事ですか?俺が、攻略対象に選ばれたって話。」
セドリック殿下が、良い顔で微笑みながら頷いた。
「そうだよ。もうすぐ夏休みに入るだろう。その前に、ユーリアスと話しておこうと思ってね。ほら、私たちはリリを守る会のメンバーだろう。リリアーベルに関わることで変わったことがあれば、情報共有は必要だろう。」
エリオットも、真剣な表情で頷いている。
このまま夏休みに入るから、全てを忘れたかったのに、殿下は構わず話し続ける。
「もう知ってると思うけど、コルトブル男爵令嬢は、ヒロインで間違いない。そして、攻略対象者は、私とエリオット、オリヴァーに決まっていた。そこに、最近になってユーリアスも選ばれた。」
選ばれたって何だ?攻略対象者ってヒロインが選ぶのか?
そんな感じだったか?前世の親友から聞いた話は、どうだった?
前世の親友は、乙女ゲームや恋愛小説が好きだった。
小説だと、ヒロインと結ばれる相手は一人だったし、ちゃんと決まっていた。
二人が結ばれるまでの物語が描かれて、二人で困難を乗り越え結ばれるってのが定番だったはず。
ライバルキャラとか悪役令嬢が出てくるけど、ヒロインが数人の相手を選ぶなんて事は無かったはずだ。
『どんな困難が待ち受けていようと、二人で愛を育み、ヒロインへの愛を貫く場面は本当に感動だよ。』
なんて、親友が言っていた気がする。
それなら、乙女ゲームはどうだった?確か、数人の攻略対象者とヒロインが恋愛するって感じだったか。
それでも、攻略対象者が誰なのかは、初めから決まっていた気がする。
数人の攻略対象者とイベントを進めて、好感度を上げて、一番好感度の高い相手と結ばれるはずだ。
『決まった攻略対象者の好感度を上げるのが、意外と大変なんだよ。気を抜くと友情ルートに入ってしまったり、逆ハーだけは無しだね。やっぱり一途な愛が一番だよ。』
なんて、親友が言っていた気がする。
それぞれのルートが別れていたが、どのルートに進むかは、好感度で決まるはず。
どのキャラを攻略するかは、ヒロインが選べるけれど、攻略対象者の設定はゲームの運営が決めることで、ヒロインがすることでは無い。
この世界は、恋愛小説と言うより、乙女ゲームに近い気がする。
それなら、ヒロインが選べるのはルートだけで、攻略対象者を選んで増やしていくなんて出来ないはずだ。
それなのに、俺がヒロインに攻略対象者として選ばれたって何だよ。意味が分からない。
「あの、セドリック殿下、攻略対象者ってヒロインの指名制なんですか?初耳なんですけど、殿下達もヒロインに選ばれたのです?」
分からないことは聞いてしまえと、殿下に質問してみる。
「そうだね。指名制というか、ここからは、王家の秘密に関わることだけど聞く?」
王家の秘密に関わることなら聞きたくない。聞いたら後戻り出来なくなる。
「それなら、言わなくていいです。取り敢えず、俺が選ばれたことは確実だということですか?」
セドリック殿下が、残念そうな顔で俺を見たが、秘密は秘密のままでお願いしたい。
「最近、よくユーリアスに絡んでいただろう。君も彼女に選ばれたからだよ。リヒト殿も候補だったけど、諦めたようだね。」
「リヒトも?それならどうして諦めたのでしょう。俺とリヒトは何が違うんだ?」
エリオットとセドリック殿下が、二人で顔を合わせて笑いだす。
「ハハハ、君は優しいからね。リヒト殿の態度や表情は、彼女には怖かったんじゃない。」
確かに、リヒトは一貫して無関心に無表情を貫き、怒りを隠そうともしてなかった。
「それでね、ユーリアスが攻略対象者に選ばれたから、今よりも更にリリアーベルに対する嫌がらせが酷くなる恐れがあるんだよ。」
そうだった。何故かアンジュ嬢は、リリの事を敵視していたように思う。
俺が攻略対象者に選ばれたなら、リリへの態度も悪い方へと酷くなるかもしれない。
「アンジュ嬢は、どうしてリリを敵視するのでしょう。あんなに可愛くて天使なのに。やっぱり、リリが悪役令嬢だからでしょうか。」
優しくて可愛いいリリは、誰からも好かれる存在なのに、敵視される意味が分からない。
すると、また二人が顔を合わせて柔らかい笑顔を見せた。
「リリアーベルだからだよ。彼女の美しさや強さ優しさは、ヒロインの脅威になり得る。立場を奪われると不安なんじゃないかな。」
悪役令嬢が溺愛され、ヒロインが立場を奪われるアレか。
前世の親友も言っていたな。
『ヒロインが転生者だと、元の優しいヒロインとは違って性格がネジ曲がっちゃうパターンもあるからさ。そうすると嫌なヒロインになっちゃって、攻略どころじゃないよね。やっぱり人間中身は大事だよ。』
リリにその気がなくても、あの可愛さはヒロインから見ると脅威になり得るのか。
「リリは、そもそも攻略対象者やヒロインなんて知りませんし、俺からすると勝手にやってろなんですけど、ヒロインどうにかなりませんか?」
なんか、考えるのが嫌になってきた。望まない攻略対象者に選ばれて、そのせいでリリが悪く言われるなんて、俺にとっては何よりも辛い事だ。
「一番良いのは、ヒロインを喜ばせて自分を好きになっていると思わせることかな。リリアーベルに悪意が向く暇が無いくらい、彼女を満足させるしかない。私もリリアーベルが酷く言われるのは嫌なんだよ。大切な女性が、悲しむ顔は見たくないからね。」
今、さらっと、リリの事を大切な女性と言わなかったか。
殿下を見ると、爽やかな笑顔を浮かべている。普段は絶対に見せない顔に、何だか少しイラッとする。
「俺は、俺の大切なリリの為に動きます。ヒロインに構ってる暇はありません。リリは俺が守りますから、ヒロインの対応は今まで通り殿下達がお願いします。」
殿下の大切な女性と言う言葉に対抗して、俺の大切なリリと敢えて強調して牽制する。
少しだけ殿下達に押し付けるのは申し訳ないが、リリへの敵意が増すなら、俺はリリを守ることに集中させてもらう。
「まあ、ユーリアスならそう言うよね。エリオット、どうかな。我々で何とか出来そう?」
セドリック殿下が、黙って聞いていたエリオットに話しかける。
「ヒロインが、現在ユーリアスに絡んでいくので面倒ですが、殿下なら大丈夫でしょう。そういえば、ビアトリス嬢も協力すると言っていましたよ。リリアーベルの代わりに悪役令嬢になると張り切っていますよ。」
ビアトリス嬢が悪役令嬢か。失礼かもしれないが、リリよりも悪役令嬢がよく似合う。
「ヒロインには明確な敵が必要だろう。彼女は敵にリリアーベルを選ぼうとしているけれど、ビアトリス嬢の方が適任だね。」
さらっと失礼。いくら、婚約者でも流石に失礼じゃないかな。悪役令嬢って余りいい言葉ではないのに、ビアトリス嬢もそれで良いのか。
「納得出来ないって顔だけど、ユーリアスが関わらないなら、これが一番いい方法だよ。ビアトリス嬢もリリアーベルの為にと、演技指導を受けると言っていたよ。」
ビアトリス嬢のやる気が凄いな。
「学園の卒業式までが勝負だからね。ヒロインは、卒業式で祝福が待っていると思ってるだろうけど、これ以上リリアーベルに何かしたら、待ってるのは断罪だからね。私たちが何もせずに、見ているだけだと思ったら大間違いだよ。ちゃんとやったことの責任は取ってもらうから、ユーリアスも安心してね。」
不敵に笑う殿下とエリオットに背筋が凍る。この二人は決して怒らせてはいけない。
アンジュ嬢がこれ以上、道を踏み外さないよう祈るしかない。
それにしても、やっぱり卒業式がキーポイントなんだな。
そんなことまで知ってるなんて、王家の秘密って一体何なんだ。
他にも色々と隠していそうだけど、リック兄様も言っていた。世の中、知らない方が良い事もある。
学園に入学したばかりなのに、イベントが有りすぎて、毎日が忙しかった。
余計なことは考えず、早く可愛いリリと二人で、楽しく穏やかな日々を過ごしたい。
ああ、早く始まれ、夏休み。
ここまで、読んでいただき、ありがとうございます。




