早くこいこい夏休み ④
「………でしょう。ちょっと、ユーリ。ねぇ、聞いてる?」
魔法塔のリリの研究室。
「ふぁぁ…、なに?ちゃんと聞いてるよ。どうしたの?」
二人掛けソファに寝転がり、眠くて欠伸をひとつ。声のした方へ視線を向けると、怒った顔のリリと目が合った。
「あのね、まだ学園は休みでは無いはずよ。それなのに、ここに居たらサボりになるでしょう。姉として、それは許さないわよ。さっさと学園に戻りなさい。」
怒った顔も天使に見えるなんて、流石リリ。何をしてても可愛いな。
「無理。体調が悪い。リリから元気を貰わないと生きていけないから、夏休みに入るまで俺もリリと一緒に此処に居る。」
「えっ!た…体調が悪かったの?そんな、私ったら気づかなかったわ。ユーリの事なのに気づかないなんて、お姉ちゃん失格じゃない。」
怒った顔から焦った顔に、そして心配そうな顔へと表情が変わる。
その可愛い姿に、荒んでいた俺の心が浄化されていく。ああ、可愛いがいっぱいで、ここは天国か。
「うん、ここに居たら平気だよ。リリの傍にいたら体調が良くなるから大丈夫だよ。だから、夏休みに入るまで学園は休んで、リリと一緒に居てもいいよね?」
俺の額に手を当てて熱がないかと確認してくれる。もう、それだけで可愛いって何なの。俺の姉が可愛すぎて困る。
最近の学園での事が、俺には相当に堪えていたみたいだ。
リリのちょっとした仕草や表情の全てが、可愛くて天使で眩しくて神々しくて、兎に角、全部が可愛く見えて、今は仕方ないってことだ。
「熱は無いみたいね。うーん、私と居ると元気になるの?何それ。何の病気?そんな病気聞いたこと無いわ。何かおかしな病気だったらどうしよう。ユーリ、心配だからお医者様に診てもらいましょう。」
そのまま部屋を出て医者を呼ぼうとするリリを慌てて止める。
「リリ待って。リリが居たら平気だから、体調も戻ってきたから大丈夫だよ。」
リリが何かを確認するように、俺の顔をじっと見ると、その後に安心したような表情を見せる。
「顔色は悪くなさそうね。本当に私と居ると平気みたいね。良かったわ。それなら、体調が良くなるまで傍に居るのよ。」
「ありがとう、リリ。」
俺は、ソファに座り直して、作業を始めたリリを眺める。この空気感、とても落ち着きホッとする。
暫く可愛いリリを眺めて楽しんでいたが、ふと考える。いつもそうだが、リリは簡単に人を信じ過ぎだ。
俺の直ぐに分かるような嘘も信じてしまうなんて、悪い奴に騙されないか心配だ。
この間のリック兄様との勝負のように、俺もリリと何か勝負して、人を信じ過ぎないように考えてもらおうか。
そんなことを思案していると、リリの研究室の扉が小さく鳴った。
「リリアーベル少しいいかな?」
うわっ、この声は、今一番聞きたくない人。
「あっ、はい、どうぞ。」
止める暇もなくリリが返事をすると、扉がゆっくりと開いた。急いでソファの後ろに隠れるが、あっという間に見つかってしまった。
「やはり、此処に居たね。ユーリアス授業を受けずに何をしているの?」
そこには、会いたくなかった二人が、ソファを盾に隠れる俺を見下ろしていた。
「セドリック殿下にエリオット様、あの実は、ユーリは私の傍にいないと、体調が悪くなるようで、体調が戻るまではこちらで休ませる予定なんです。」
「へぇ、ユーリアス、体調が悪いの?しかも、リリアーベルの傍だと体調が良くなるのか。面白いね。」
セドリック殿下が、笑顔で見下ろす。笑顔なのに怖いですよ。
「そんな体調不良、初めて聞きました。ねぇ、ユーリアス。」
エリオットも、1ミリも表情筋が仕事をしておらず、無表情で顔面の圧が凄い。
「お…俺は、戻りませんよ。どうせ、一週間もすれば夏休みなんですから、授業も殆ど終わってますし、別に良いですよね?」
ここは、開き直って戻らないと宣言してしまおう。
「そう?別にユーリアスがそれでいいなら何も言わないけど、リリアーベルと違ってユーリアスは教室に居ないと、出席日数が減るけどいいの?リリアーベルと一緒に進級出来なくなるよ。」
(何だって!リリと一緒に進級出来ない…。)
それは嫌だ。そんなの絶対に無理だ。出席日数だって?この世界にも出席日数なんて物があるのか。出席日数など、なんて忌々しい。
「わか…りました。教室に戻ります。」
俺の言葉にリリが心配して、隠れる俺の顔を屈んで覗いてくる。
可愛い天使のいる場所から、苦痛しかないあの場所へ戻らなければならないなんて、涙が出そう。
「ユーリ、本当に戻って大丈夫?私から先生に伝えてもいいのよ。ユーリは体調が悪いのだから、欠席扱いにしてもらえば大丈夫よ。」
リリの優しさに罪悪感が押し寄せる。
こんなに心配してくれるリリを騙して、苦痛から逃げるなんて、リリを守る騎士として俺の方が失格だ。
「いや、リリのお陰でだいぶ元気になったから、大丈夫だよ。でも、リリの元気をまた分けて欲しいから、終わったら直ぐに迎えに来るね。今日も一緒に帰ろう。」
リリをギュッと抱き締める。今のうちにリリの可愛いを沢山補っておこう。
「体調が悪くなったら、無理しないで直ぐに先生に言うのよ。私は研究室に居るから、いつでも元気を分けてあげるわ。」
ああ、可愛すぎる。
「それじゃあ、ユーリアス行こうか。」
セドリック殿下とエリオットに連行されながら、何かの物語が展開中の学園へと歩みを進める。
俺にとっては、ヒロインと言う名の怪物が好き勝手に暴れまくるホラーでしかない。
自分が攻略対象だなんて、リリの敵になるかもしれない存在なんて考えただけで吐きそうだ。
前世の記憶が戻った時に、考えなかった訳ではないが、例え攻略対象だとしても、俺はずっとリリだけの味方で、リリだけを守ると誓ったんだ。
此処まで読んでいただきありがとうございます。
次回は、いつものリリを守る会(人間のみ参加)の緊急会議です。




