早くこいこい夏休み ②
リリが学園に残ると決心してから、数日が経った。
あの日、リリの様子とリヒトの件もあったので、他に何があったのか、心底知りたいと願ったが、リック兄様は教えてくれなかった。
『ユーリ、世の中にはね、知らない方が良い事が、沢山有るんだよ。聞かなければ良かったと後悔するより、初めから聞かない方がいい。だからね、内緒だよ。』
人差し指を口に当てて、リック兄様が、片目を瞑って楽しそうに笑う。
こんなことを言われては、余計に知りたくなってしまう。だが、俺が聞いて後悔するような事がリリに起こったのかと思うと、怖くて聞けない気持ちもある。結局、何があったのか分からずじまいだ。
でも、リック兄様がリリの安全は保証していたので、信用はしている。
リリもその日は、ずっと真っ赤で挙動不審だったが(特にリヒトの前で)、翌日にはいつもの天使に戻っていた。
リック兄様の言っていた、気持ちの整理が出来たようだ。
それに、リック兄様の言う、リリが少し大人になったと言うのも、何となく理解した。
まだ、もう少し俺だけの可愛い姉でいて欲しかったと残念に思う反面、リリが特別な感情があることを知ることに嬉しさも感じる。
リリの中にそれが育っているのかは、俺には分からないし、誰を選ぶのかも分からない。でも、退学を諦めてくれて、自分の大好きな魔法を諦めないと決めた切っ掛けになったのは事実。
俺が説得できなかったことを、リヒトや他の幼馴染み達の行動が、簡単に成し遂げてしまったのは、凄く悔しいが感謝もしている。
仕方がないので、今回は色々と譲歩しよう。
まぁ、でも、リリが大切な誰かと幸せになれる未来を楽しみに、これからも変わらず俺はリリを守り続けるだけだ。
♢♢♢♢♢♢♢♢
今日も、1日が始まる。
相変わらず学園には入れないが、毎日一緒に登校して、リリは魔法塔へ、俺は一年の教室へと向かう。
俺の頭の中は、リリの魔力器官を治すことでいっぱいで、早く夏休みにならないか、そればかり考えている。
それに、教室に行っても可愛い天使が居ないから、退屈で正直やる気も出ない。
(テストも終わってるから、もう休んでもいいかな。リリの所に行きたい。顔が見たいな。)
さっきまで一緒だったのに、もう癒しが欲しい。リリの可愛い笑顔が見たい。
(リリの所に、逃げちゃおうかな。)
そう考えた時だった。最近よく聞く不快な声が聞こえてきた。
甘えたような媚びた高い声。誰かを思い起こすような、本当に耳障りな声だ。
「ユーリアス様、おはようございます。あっ、リヒト様もおはようございます。」
アンジュ嬢が、教室に入ると同時に俺とリヒトを見つけて声を掛けてくる。
「おはようございます。アンジュ嬢。」
挨拶されたので、一応返事をする。
リヒトは、何度言っても名前で呼んでくる彼女に注意するのは諦めたようだ。
会話しても無駄だと、話すこと自体を止めた。今も挨拶されたのに、軽く会釈だけして後は無視している。
「もう、リヒト様、最近お声を聞けなくて私、寂しいです。」
アンジュ嬢は、めげずに話し続ける。メンタル強くて、逆に感心する。
リヒトは、変わらず無視を続ける。こっちもメンタル強。
(この空気の中に居るの居心地が悪すぎる。さっさと逃げよう。)
この場を離れようと席を立つと、アンジュ嬢が透かさず俺に近づき、腕を取ろうと手を伸ばした。
「触るな!」
不快感から、つい叫んでしまう。未だに女性に触れられるのは苦手で苦痛だ。
「えっ…。ユーリアス様、酷い。私はただ仲良くしたくて、今日こそ一緒にお茶をと、お誘いしたかっただけなんです。」
また得意の、仲良くしたくての言葉と涙のセットだ。本当にうんざりする。
「それは、何度もお断りしています。私は、忙しいので無理です。他の方をお誘いください。」
今度こそ本当に、この場を離れようと歩き出す。このまま、リリの元へ行ってしまおうか。そんなことを考え、教室を出ようとすると、セドリック殿下達と鉢合わせた。
「ユーリアス、どこに行くんだい?授業が始まるよ。」
セドリック殿下が、笑顔で声を掛けるが、俺は、リリのところへ行きたいんだ。
「ああ、ちょっと、体調が…。」
具合が悪い振りをして、教室を出ようとしたら、エリオットに捕まった。
「ユーリアス、嘘は駄目ですよ。授業をサボるなど、リリアーベルが悲しみますよ。良いのですか?」
リリの名前を出せば、俺が断れないのを知ってて言うのだから、本当に質が悪い。
「はぁ、分かったけど、それならアレを何とかしてくれ。」
横目でアンジュ嬢の方を見ると、オリヴァーが嫌そうな顔をして、エリオットが溜め息を吐いた。
流石に、セドリック殿下は、顔にも態度にも出さなかったが、目は笑ってない。
「分かったよ、ユーリアス。アレは、私たちが何とかするから、リリアーベルの所へ一人逃げるのは無しだよ。」
セドリック殿下が、いい笑顔で俺を見て、そして表情を作り直し、彼女の元へと向かった。
リリのところへ逃げるのもバレてたし、彼女を押し付けてしまったのも申し訳なく思い、仕方なく席へと戻る。
まさか、この朝の出来事が、全く違った事実として学園中に広まるなんて思いもしなかった。




