リック兄様の楽しい恋愛講座(リヒト編)
【ヘンリック視点】
「ヘンリック様、お久しぶりです。」
「リック兄様、私、セドリック殿下に勝ったよ。見ててくれた?」
応接室から出てきた二人に、それぞれ声を掛けられる。
勝てて嬉しそうなリリと、うん、これは、怒ってるね、セドリック殿下。
「おめでとうリリ。少しだけ、殿下と話があるから、先に部屋に戻っててくれる?」
「分かったわ。セドリック殿下、今日は楽しかったです。ありがとうございました。」
「私も楽しかったよ。また学園でね。」
手を振り部屋に戻るリリを見送り、セドリック殿下と対峙する。
「随分な事をリリアーベルにさせているようですが、どういう事ですか?ヘンリック様。」
笑顔なのに目が笑ってなくて怖い。完全に怒っている。
俺だって、ちゃんと分かっている。相手の男性たちがリリに向ける想いを、リリは全く気づいてない。リリは、ただ勝負をしているだけで、それが相手の男性には酷なことだと、ちゃんと理解している。
それでも、リリには必要な事だ。鈍感なリリに、特別な想いに気づいて欲しい。
「すみませんね。殿下達には、辛い試練だったかもしれませんが、リリには必要な事なのですよ。」
セドリック殿下の眉間が微かに動く。それでも、笑顔は崩さない。
「リリアーベルに必要とは?」
本当は、余計に面倒な事になりそうだから言いたくないけど、仕方ない。
「実はね、リリが学園を退学すると言い出して、ユーリが説得しても諦めてくれないんですよ。それで、リリには貴族でいた方がいい理由を自覚して欲しくて、それで皆さんに協力して頂いたと言う訳です。」
退学と言う言葉に反応して、殿下の表情が険しくなる。
「リリアーベルが退学する?どうしてそんなことに?」
「元々、双子達は、学園で学ぶ知識は習得済みです。貴族籍であるために通っていたに過ぎません。それが今回の事で、学園に通う必要ないかなって考えたみたいですね。平民になっても構わないと思っているようです。」
セドリック殿下が、困惑した顔を見せる。いつも作り笑顔で、表情を崩さない彼の人間らしい顔に驚いた。
殿下にこんな表情をさせるなんて、リリは本当に凄いな。
「それは、何としても止めなくては駄目だね。それで?こんな事をして、リリアーベルの考えが変わると?」
「きっとね。リリには自覚してもらわないと。鈍感なあの子も、そろそろ気づくべき時です。それに、気付けばあの子は貴族で居ることを選びます。そうじゃないと手に入らない事も有るでしょう。」
俺が笑顔を見せると、セドリック殿下は深く溜め息を吐いた。
「まだ、気づいて欲しくは無かったのだけど、仕方ないのか。次は、リヒト殿の番ですか?」
眉間に皺を寄せ、不機嫌さを隠さずに殿下が問う。
「そうですね。彼の番です。」
「はぁ、私はまだ、諦めたくないのだけど。」
「別に、諦めなくてもいいのでは無いですか?最終的にどうなるかは、まだ分からないでしょう。リリが誰を選ぶか選ばないか、分かりませんよ。リリにとっては、まだ始まってもないのですから。」
でも、リリが自覚したその時から、全てが動く。
「分かりました。それなら、私も本気でいかせて貰います。ユーリに何か言われたら、ヘンリック様の許可を得たと伝えておきますね。」
覚悟を決めた顔で、殿下が不敵に笑う。
「いや、それは、俺の命に関わるので、お止めください。」
リリの中で、何かが変わるように、きっと彼らの中でも何かが変わるはず。
自分の気持ちに気づいた彼らが、どんな道を選んでいくのか楽しみで仕方ない。
可愛い双子の未来が、幸せな未来へと繋がるように、俺は楽しみながら見守らせてもらうよ。
♢♢♢♢♢♢♢
【リヒト視点】
リリアーベルに呼び出されて、魔法塔にやって来たのはいいが、これはどういう状況だ。
二人掛けのソファに、リリアーベルと二人で並んで座る。今日はユーリアスが留守番なので、本当に久しぶりの二人きりだ。
「リヒト、今日は私と勝負をして欲しいの。」
「勝負って、何をするつもりだ?」
リリアーベルが、両手を差し出し、手を繋ぐようにと促す。
「私が今から目を閉じて、3秒後に目を開きます。そしたら勝負開始で、先に目を逸らした方が負けなの。いい?始めるわよ。」
リリアーベルが説明して、直ぐに目を閉じようとするのを制止する。
「待ってくれ。その勝負をするのは良いが、俺が勝ったら何が有るんだ?」
勝負と言うことは、勝てば何かが有ると言うことだ。それが、何なのか聞いておかないと駄目な気がする。
「リヒトが勝ったら?リヒトが勝つと言うことは、私が負けだから、学園に残るってことかな。この勝負は、私が全勝したら、リック兄様が、退学を認めてくれるって話なの。リヒトに勝てば、私は学園を退学することが出来るのよ。」
俺に勝てばってことは、既に先の勝負でリリアーベルが勝ってきたと言うことだ。
俺が負ければ、リリアーベルが学園を辞めて、いずれ平民になってしまう。
それは困る。俺の願いが叶えられなくなってしまう。
「分かった。目を逸らさなければ良いんだな。それじゃあ、始めよう。」
リリアーベルが、両手を差し出す。俺はその手を握り締め、彼女をじっと見つめる。
「目を開いたら、勝負開始よ。」
リリアーベルは、そう言うと、大きな可愛い目を閉じた。
いち……に……さん。
ゆっくりと、彼女が目を開く。直ぐに紫色の綺麗な瞳と視線が重なる。
「先に逸らした方が負けよ。あっ、先に言うと、瞬きは大丈夫です。」
そう言うと、彼女が可愛い目をパチパチと閉じて、数回瞬きをする。
「一つ質問だが、目を逸らさなければ何をしても良いのか?」
俺の質問が意外だったのか、パチパチと瞬きをして、驚いた顔を見せる。
そのまま、少し考えてから彼女が頷く。
「目を逸らしたら負けだけど、そうじゃなければ、何をしててもいいわよ。私としては、早めにリヒトが負けてくれたら嬉しいのだけど。」
彼女からの許可が出た。何をしてもいいなら、この状況を思う存分活用しよう。
俺は、リリアーベルとの未来のために、ここで負けるわけにはいかない。
「ありがとう。リリアーベル。君からの許可も貰ったから、俺は攻めさせて貰うよ。」
リリアーベルが、ビクッと体を震わせ、後ろに体を引こうと動く。しかし、両手を繋いでいるため、それも出来ず固まった。
「どうして後ろに下がろうとするの。そうじゃなくて、もっと此方においで。」
繋いだ手を軽く引くと、体が少しだけ近づく。俺の方からも彼女の方へと近づくと、お互いの膝がぶつかった。
「あっ…、ごめんなさい。」
膝がぶつかり、真っ赤な彼女が謝る。また体を引こうとするので、握る手に力を入れて、それを阻止する。
「別に謝らなくてもいいよ。俺は、もっと君に近づきたいのだから、離れないでね。リリアーベル。」
いつもなら、恥ずかしがって視線を逸らすはずだが、彼女も勝負だからと、何とか耐えているようだ。
「リリアーベル、もう一つ質問なんだけど、いいかな?」
「な…何?」
真っ赤な顔で、必死に見つめてくる彼女が、いつもより可愛くて、少しだけイタズラ心に火が付いた。
「視線を逸らさなければ、手は繋いでなくてもいいの?それとも、リリアーベルは繋いでいたい?」
彼女が少し考える。答えが出たのか、可愛らしい笑顔で予想通りの返事をする。
「別に、繋いでなくてもいいわよ。視線を逸らさなければいいのだから、それ以外は負けにならないわ。」
「そうか。分かった。」
リリアーベルが、そう答えるようにと導いたのは認めるが、余りにも思い通りで逆に心配になる。
他の男の前でもこれでは、騙されてしまわないか不安だ。これは、男がどういう者か理解してもらわないといけないな。
俺は、右手を離して、そのままリリアーベルの頬に触れる。
「真っ赤な君も本当に可愛いね。視線を逸らさず、可愛い君を永遠に見られるのは嬉しいけれど、少しだけ残念だな。出来ることなら、見つめるだけでなく、他にも君に触れてみたい。例えば、ここ…とか。」
少しだけ彼女に顔を寄せ、頬に触れる手を下に滑らせ、顎に添える。そのまま親指で、彼女の唇をなぞるように触れる。
「…っ。リヒト、ふざけるのは止めて。」
彼女が、視線を逸らしそうに瞳を揺らすが、怒った顔をして何とか耐えた。
負けず嫌いの彼女だから、思ったよりも粘ってくる。
そろそろ、俺も限界なのだが、仕方ないので、最後の手段に出よう。
「ふざけていない。俺は、いつだって君に触れたくて仕方ない。これは、本心だよ。リリアーベル、俺は君に嫌われたくないから、いつだって紳士的に振る舞おうと我慢してるんだ。でもね、俺だって、男だからね。好意を寄せる女性と二人きりで、見つめ合えば、紳士では居られなくなる事もあるよ。」
リリアーベルと繋いだ左手を解いて、指を絡ませ握り直す。
そのまま、彼女の指先にそっとキスを落とした。
「…ひゃあ…」
顔も首も手も、見えてるところは真っ赤になった彼女が、小さな悲鳴を上げて両手で顔を隠す。
「ちょっと待ったぁぁぁ!リヒト、やり過ぎだよ!」
扉が勢いよく開いて、ヘンリック様が飛び込んでくる。
「やだ、リック兄様、来るの遅いよ。」
リリアーベルが、半泣きでヘンリック様に訴える。
「いや、ちょっと面白そうっ……じゃなくて、突入するタイミング間違っちゃったね。ごめんね、リリ。」
ヘンリック様が、リリアーベルの頭を撫でて、謝りながらも楽しそうに笑っている。
「リリアーベルが先に視線を逸らしたので、俺の勝ちでいいよな。」
うっすら涙目のリリアーベルが気づいたように俺を見て、口をパクパクと動かす。
「勝者はリヒト。リリ、完敗だったね。これで、退学は無しということで良いよね。」
悔しそうな顔をしていたが、ちゃんと負けを認めて、ヘンリック様の伝える勝負の結果に頷いた。
「リック兄様との約束だから退学は諦める。でも、リヒトは、リヒトは…もう!意地悪!」
ヘンリック様に抱きついて、顔を隠すリリアーベルの耳は相変わらず真っ赤だったが、俺自身も本当は恥ずかしくて死にそうだったのは黙っておく。
次から、ユーリ視点に戻ります。




