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第九話 復讐


 遠征の終了宣言の後、ディルセルを含めた新兵たちは、真っ先に帰還が始まっていた。前線からの距離は、アルヴェインの王都よりもディルセルたちの国の王都の方が近い。出立から三日目の夜には、ディルセルは王都の邸宅に戻っていた。


 帰宅早々、ディルセルが行ったのは()の招集だった。


「今すぐ医者を手配しろ。出来るだけ腕の立つ医者だ。金は俺の個人資産から持っていけ、あるだけ使っていい。ただし父上には知らせるな、あとで報酬は弾んでやる」

「承知いたしました。どちらにお送りいたしますか」

「――アルヴェインだ」


 影は、一瞬だけ沈黙した。


「レヴィエント卿の件でございますね」

「はっ、さすが、()は耳が早いな。……そうだ。アルヴェイン側には伝手がある。ひとまず医者の手配をしろ。できるな?」

「はい」


 影は一度だけ頷くと、すぐに姿を消した。


 ディルセルの脳裏に浮かぶのは、数日前に前線で見た光景だった。


 あの絶望的な状況で、再びディルセルの前に現れた男。あの背中を見た瞬間、ディルセルが確かに覚えたのは安堵だった。

 ディルセルは拳を強く握り締める。レヴィエントが意識不明の重体――その情報は、前線基地に戻っていたディルセルたちにも届いていた。救護室に運ばれる際に一瞬見た、レヴィエントの姿を思い出す。生きているのが不思議なほどに酷い状態だった。


(あんな……あんな終わり方があるか)


 アルヴェイン王国はいくら友好国とはいえ、他国は他国。その国の最大戦力が死のうとしているのだから、貴族である自分はそれを待つことこそあれ、防ぐことなどあってはならないだろう。


(そんなの知ったことかよ!あんな屈辱……晴らす前に死なれてたまるかってんだ)


 腹の底から怒りが込み上げる。

 あれほど圧倒的で、あれほど忌々しく――あれほど眩しかった男が、魔物一匹にやられて終わるなど。そんな馬鹿な話があってたまるか。


 ディルセルは、自尊心ばかりは山のように高い男だった。


(俺が負けた男が、魔物ごときに殺される?この俺が、魔物ごときより弱いとでも言いたいのか?――そんなこと、あってはならないだろうが)


 ☆


(俺は侯爵家の跡取りだぞ。伯爵家の三男ごときに、守られっぱなしで終われるものかよ)


――――


「正気か?」


 アルヴェイン王国の若い貴族騎士は目を見開いた。彼は、秋の遠征の際にディルセルと知己になった男だった。

 話があると言われてわざわざ国境まで赴いたところ、この男はレヴィエントのために医者を用意したと言うのだ。それも、隣国に住む自分さえ名を知っているような高名な医者だった。べらぼうに高い腕を持つ代わりに、目の飛び出るような金額を支払わないと診察どころか会うことさえ難しいという噂の――。


「正気だ。レヴィエントは王宮にいるんだろ?さすがに隣国貴族()からの申し出が通るとは思えない。お前が手配したことにしてくれ。腕は保証する」


 ディルセルは腕を組んだまま言う。

 

「ディルセル、お前……自分のやってることがわかってるのか?他国の最高戦力だぞ」


 騎士の青年は、ディルセルを真っ向から見つめた。青年も貴族の一人だ。その危険性は重々承知している。いくら友好国とはいえ、自国に無断で他国の最高戦力を助けるなど……一つ間違えば反逆とみなされてもおかしくない行為だった。

 

「知ってる」

「……レヴィエントがこのまま死ねば、お前の国に有利になる」

「知ったことかよ」


 ディルセルは吐き捨てるように即答した。


「助けろ。このまま死なれてたまるかってんだ」

「……」

「絶対に助けろ」


 騎士の青年は、しばらく沈黙した。ディルセルが居心地の悪さを覚え始めた頃、彼は小さく笑った。


「変な男だな」

「うるさい」

「分かった。私が何としてでもレヴィエントのもとまで送り届ける」

「そうしてくれ」

「ディルセル。……ありがとう」


 騎士の青年は噛み締めるようにそう言って、ディルセルに向かって手を差し出した。ディルセルは一瞬だけ迷い――そして、その手を静かに握り返した。


 隣国の名医が王宮へ到着したのは、それから数日後のことだった。


 レヴィエントの病室へ出入りする者は厳しく制限されていた。王国最高の治癒魔導士たち。王宮医師団。そこに、隣国最高峰の名医が加わる。彼らは昼夜を問わず治療を続けた。


 レヴィエントの状態は、一日おきに心臓が止まりかけては戻るを繰り返すほど不安定だった。何度も家族が呼ばれ、しまいには王宮にしばらく滞在することになったほどだ。

 レヴィエントの手術は合計八回にも及んだ。中には、隣国の名医しか執刀経験のない術式もあった。

 八度の手術は、ひとまずそのすべてが無事に成功する。その後も感染症を起こすことなく、数日が経過し――ついに医師団は一つの結論を出した。


「峠は越えました」


 その言葉が告げられた瞬間、報告の場にいた者たちは――家族はもとより、国王、宰相、騎士団長に国内の高位貴族といった錚々たる面々だったが――みな一様に安堵の息をついた。彼らは、レヴィエントの価値をよく理解しているからだ。


 まだ意識は戻らず、危険が完全に去ったわけでもない。だが、少なくとも次の瞬間死ぬかもしれないような状態は脱したのだった。


――――


 その知らせを受けたテレシアは、しばらく言葉を失った。


「……会わせて、いただけるのですか」


 震える声だった。王宮側も難しい判断を迫られていた。

 レヴィエントは国家的英雄である。その容態に関する緘口令は、今も継続していた。峠は越えたとはいえ、病室周辺も厳戒態勢であり、人の出入りは厳しく制限されている。

 だが、公表されていないものの、テレシアはレヴィエントの正式な婚約者だ。フルリエ公爵を通して、何度も面会の打診もあった。容態がある程度安定したこともあって、短時間かつ制限付きではあるが、ついに面会の許可が下りたのである。

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