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第六話 不測の事態


「硬いな」


 レヴィエントは小さく呟く。先ほどの一閃は、結晶装甲をわずかに削っただけだった。レヴィエントがいったん下がると、団長から即座に指示が飛ぶ。


「すぐに魔導士隊へ伝令しろ、晶角獣だ!第一分隊はやつを引き付けろ!他は新兵の退避を優先!」


 レヴィエントを含む第一分隊が晶角獣を囲み、他の団員は動けない新兵を保護しに散開した。さすが第一騎士団というべきか。誰一人として混乱していない。


 晶角獣が咆哮する。その巨体が再び地を蹴ろうとした瞬間、レヴィエントは再び切り込んだ。銀光が走る。レヴィエントの剣が晶角獣の首筋を斬りつけた。

 だが、やはりわずかな傷を与えただけで弾かれる。


(これは、増援を待った方がいいな)


 晶角獣が咆哮する。唸りを上げて振り抜かれた巨角を、レヴィエントは紙一重で回避した。直後、背後の大木が何本もまとめて吹き飛ぶ。


「レヴィエント!」

「問題ありません。俺が引き付けます」


 新兵たちがまだ逃げ切れていない以上、ここで暴れられるのは困る。レヴィエントは、敢えて晶角獣の正面に立った。二度も装甲を傷つけられ、晶角獣の敵意は完全にレヴィエントへ向いている。


「こっちだ」


 挑発するように身を翻し、退却方向とは真反対へ誘導し始めた。


 魔物を引き付け、誘導するだけであれば、第一騎士団にとってそれほど難しい仕事ではない。こちらからの攻撃が通らないとはいえ、晶角獣の攻撃自体も単調だ。レヴィエントたちはすぐに晶角獣を新兵たちから引き離すことに成功した。

 途中、新兵たちの退避にあたっていた第一騎士団員たちも合流する。第六騎士団の増援があり、新兵たちは彼らに任せてきたらしい。

 それなりの人数は集まったが、晶角獣の特性を考えると、まだ十分とは言えなかった。


「無理に攻撃するな!このまま引き付けて、魔導士の到着を待つぞ!」


 団長の指示通り、第一騎士団は晶角獣を囲みながらも距離を保つ。相手は騎士殺しとも呼ばれる上位種だ、無理に仕掛ければ、第一騎士団といえども犠牲は免れないだろう。


 晶角獣が怒り狂ったように突進する。しかし、その進路にはすでに騎士たちが配置されていた。


「右へ流せ!」

「了解!」


 前へ出た騎士がわざと大きく剣を振るう。晶角獣の注意がそちらへ向いた瞬間、別の騎士が横合いから挑発した。魔物の意識を誘導し続ける。


 さほど時を置かずに、増援として第二騎士団が戦線に合流した。同時に、前線基地で待機中だった魔導士たちも後方につく。


「魔導士隊を連れてきました!」

「よし」


 団長が頷いた。ようやく討伐の準備が整ったことで、騎士たちの動きも少し変わった。第二騎士団が側面を抑え、第一騎士団が正面で晶角獣を誘導する。

 騎士団員たちが晶角獣を動きづらい場所に追い込み始めると、魔導士たちは後方で詠唱を開始した。


「下がれ!」

「今だ!」


 連携は正確だった。晶角獣の動きがわずかに止まる。その瞬間――。


「撃て!」


 魔導士隊の一人の号令と共に、轟音が響いた。複数の攻撃魔法が同時に炸裂する。結晶装甲に亀裂が走った。


「効いているぞ!」


 誰かが叫ぶ。次々に魔法が飛来する。晶角獣の結晶が砕け散り、巨体が揺らぐ。だが、それでも晶角獣は倒れなかった。上位種の生命力は尋常ではない。


「やはり通常魔法ではダメか……。大規模魔法を使う!総員用意!」


 魔導士隊長が叫んだ。即座に詠唱が始まる。


「第一騎士団、第二騎士団、総員退避!」


 周囲の魔力が一点へ収束していくのを見て、騎士たちが一斉に晶角獣から距離を取った。


 そして――一瞬の閃光の後、凄まじい爆音が戦場を揺るがした。

 大地が抉れ、晶角獣の巨体が吹き飛ぶ。装甲の大部分が砕け散り、角も半ばから折れている。晶角獣はそれでも立ち上がろうとするが、もはや限界なのは明らかだ。


「レヴィエント!」

「はい!」


 返事と同時に、レヴィエントは弾かれたように地を蹴った。たたらを踏む晶角獣に対し、一瞬で距離を詰める。

 砕けた装甲の隙間、露出した首筋へ――一閃。


 レヴィエントの剣がひらめいた次の瞬間には、晶角獣の首が宙を舞っていた。巨体が崩れ落ち、再び地面が震えた。

 一拍遅れて歓声が上がる。


「よし!」

「討伐成功だ!」


 安堵の声が広がる。しかし――それだけでは終わらなかった。


(地面が、揺れている?)


 レヴィエントは眉をひそめた。晶角獣が倒れた後も、揺れは続いて――いや、揺れはむしろ、どんどん強くなっている。


「まずい」


 その言葉とほぼ同時だった。低い地鳴りが響く。山肌に亀裂が走った。


「地滑りだ!」


 誰かが叫ぶ声が聞こえた。次の瞬間、山肌が崩れ、土砂が滑り落ちる。木々をなぎ倒し、晶角獣の死体を半ばも飲み込んでいく。


「地盤安定魔法はどうなってる?!」

「魔導士の数が足りず……下級のみです!破れました!」

「くそっ!全員下がって魔導士を守れ!」


 幸いというべきか、地滑りは晶角獣の背後で起こったため、偶然にも晶角獣の死体が土留めとなり、大半の騎士や魔導士は無事だった。だが、現場は完全に混乱していた。


 土煙が舞い、視界不良の中、誰がどこにいるのかも分からない。土砂に呑まれた一部の隊員に向かって呼びかける声に、退避の号令。ひっきりなしに怒号が響く。


 その時だった。レヴィエントの背筋を冷たいものが走る。

 直感だった。理由はない。だが、嫌な予感だけははっきりとあった。


「団長!すぐにこの場を離れ――」


 レヴィエントが言い終わる前に、その声は聞こえた。


 遠く、森の奥から。耳を裂くような咆哮が。

 それは、先ほどの晶角獣のものとは明らかに違った。


 怒り、悲しみ、憎悪――そのすべてが混ざったような叫びだった。


 戦場は一瞬にして静寂に包まれる。レヴィエントはゆっくりと振り返った。周囲の騎士たちも同じ方向を見る。


 土煙の向こう。そこに現れた影を見た瞬間――その場にいた全員が言葉を失った。


 先ほど倒した晶角獣より、一回り以上大きい。全身を覆う結晶装甲はより色が濃く、複雑な模様が走っている。

 そして黄金色の瞳は、地面に転がる、半ば土に埋もれた晶角獣の死体だけを見つめていた。


 晶角獣はゆっくりと歩み寄り、同族の死体の傍で立ち止まる。その鼻先を死体に押し当てるが、当然ながら反応はない。何度かそれを繰り返したのち、ゆっくりと天を仰いだ。もう二度と動かないと――その事実を理解したかのように。


「まさか……番、か?」


 誰かが、呆然と呟いた。

 晶角獣は単独で行動する魔物として知られている。だが、ごく稀に番を形成することがあるという記録が残されていた。

 そして――番を失った個体がどうなるのかを記した記録は、一つも存在しなかった。


 晶角獣は、周囲の人間たちをひたと見つめ――天を裂くような咆哮を上げた。

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