表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/42

第二十一話 賭けと代償


 テレシアは、すぐに計画を実行に移した。一番初めに行ったのは、家長であるフルリエ公爵――父への報告である。


「テレシア。本気かい?確かにどちらに転ぼうがそれなりの()は見込めるが、もし()()()場合、お前の進む道は相応に苦しいものになるだろう」

「――はい。もとより、わたくしのわがままを通すのですから、覚悟はしております」


 父は、少しばかり考え込むように目を伏せた後、またあの底の見えない瞳で笑った。


「ふむ。帝国か……斬新な手を打ってきたな?」


 テレシアが行うのは、一つの()()だ。その相手は、恐れ多くも帝国の皇帝陛下である。


 ――グラナド帝国。比較的新しいが、大陸の東方ではその軍事力を背景に絶大な権力を誇る大国である。王国とは国境を接していないものの、その規模と影響力は到底無視できるものではない。王国もそれなりの大国ではあるが、国力・軍事力ともに、帝国と比べてしまえば一段劣る。


 帝国の皇帝は、まだ若いが、非常に冷静で優秀な人物として知られている。テレシアは公式の式典で遠目に一度姿を見た限りだが、対面したことのある父には、皇帝を評して「底が見えない」と言わしめた。()()父に、である。それだけで、政治家としての優秀さは察するに余りある。

 これだけであれば、テレシアの()()など、持ち込むまでもなく通るはずがないと分かる。だが、帝国の皇帝は、その統治者としての優秀さと同時に、稀代の享楽家としても知られていた。


 ――グラナド皇帝は三度の飯より賭け事が好き、とは、誰が言い始めたのか。帝国の吟遊詩人だとか、カジノ大国の王だとか、皇帝本人だという噂もある。時には国の大事すら()()の結果で決めるなど、帝国の官僚たちはそれなりに振り回されているようである。それでも大国を上手く回しているのだから、その能力の高さはまさに()()()()()()のかもしれなかった。

 とにもかくにも、余興や賭け事を好む享楽的な人物であることは間違いない。


 テレシアが目を付けたのはそこだった。


 テレシアが持ち込もうとしているのは、己の身を賭けたギャンブルである。

 テレシアが勝てば、テレシアはレヴィエントと結婚する。そして、テレシアが負ければ、その時は――テレシアが帝国の皇帝に嫁ぐ。賭けの内容は、期日までにテレシアが意中の人――レヴィエントにプロポーズされるか否か。そういう馬鹿げた賭けだった。


 国力も軍事力も劣る国の、王女でもない貴族令嬢の身が、なぜ帝国――それも皇帝へ嫁ぐという条件で()()の対象になり得るのか。理由は大きく二つある。


 一つは、王国の持つ歴史にあった。王国は大陸で最も長い歴史を持つ古国であり、その伝統と格式は広く認められている。国力においては帝国が勝るものの、「格」においては王国に分があるのだ。

 その国の「格」というのは、外交において存外に無視できない重みを持つ。特に東方の国々はその傾向が顕著である。東方において歴史の浅い帝国の苦労は、容易に想像ができた。軍事力で圧力をかけたところで、面従腹背の輩を統治するのにはコストがかかる。権威ある血筋――伝統ある王家の血を引くテレシアを皇室に取り入れることは、それらの問題を手っ取り早く解決する手段の一つと言えた。


 しかし、それだけが理由であれば、それこそ東方の国の歴史ある国の姫を迎える方が効果的である。帝国がそれをしない――というかできない原因が、もう一つの理由――すなわち、帝国の後宮制度にある。帝国は、この大陸では珍しく後宮制度を採用していた。大陸にある多くの国では、一夫一妻を基本としている。その価値観からすれば、後宮とは当然ながら好ましい制度ではない。

 王女を後宮へ入れる――それは、多くの国にとって受け入れ難い。正妃として一対一で迎えられるのであればともかく、数ある妃の一人として扱われるとなれば、王家の威信に関わる問題となるからだ。その相手が、「格」で劣ると認識している国であればなおさらである。帝国側から申し入れるだけでも、関係悪化のリスクを負うことになる。

 ゆえに、帝国が東方の歴史ある王家の血筋を取り入れることは難しい。力でもって強引に娶ることは出来るかもしれないが、その行為自体が「格」を下げるという本末転倒の結果になりかねないのだ。


 その点、テレシアは王女ではない。王家の血を引きながらも、王女ではないのだ。王国王家の威信を大きく損なうことなく、帝国側も高い血統を後宮に取り込むことができる。

 東方の国にも、テレシアのような、王家の血を引く王女でない娘はいるだろうが、格落ち感は否めない。東方の国々において、()()()()()()()()()()には、それだけの特殊な価値があった。


 さらに言えば、帝国は徹底した実力主義の国でもある。血筋だけではなく、個としての価値も重んじられる。

 テレシアはその点においても、十分すぎる評価を得ていた。


 もし、王国が帝国へ、テレシアの後宮入りを順当に申し込んだ場合、三大妃の地位は堅いだろう。帝国後宮は、皇后を頂点とし、その下に三大妃、さらに上妃、中妃、下妃と続く。皇后が東宮を産んだ妃が選ばれる地位であることを考えれば――社交界にはテレシアが帝国の()()()()に挙がっているという噂もあったが、帝国の後宮制度的に、皇后として入内することはあり得ない――実質的な最高位での入内になる。実際、正式な申込にさえ至らずに立ち消えたが、三大妃としての入内を内々に提案されたことがあると、父から話を聞いたことがあった。


 ――三大妃。確かに高位だ。帝国の後宮において、それは皇后に次ぐ実質的な頂点に等しい。だがそれでもなお、「数ある妃の一人」であることに変わりはない。さらに言えば、三大妃として入内したところで、後宮を掌握できるわけではない。後宮には当然、帝国貴族の娘たちがいるのだ。おまけに帝国政治においては、皇后以外の妃の発言権はほとんどない。東宮を産まない限り、テレシアの影響力は限定的になる。

 対して、他の縁談は国外も含めてすべて、一夫一妻制に基づいた正室としての打診だった。婚家における影響力を考えれば、こちらの方が利になる可能性は高い。東宮を産めば話は別だが、授かりものである子どもに賭けるのは、あまりにリスクが高すぎると判断していた。


(けれど……賭けに負けた結果、ただ三大妃として嫁ぐのでは、帝国側のメリットは薄い)


 テレシアは――そしてテレシアの血筋は、帝国にとって非常に大きな価値を持つ。だからこそ、帝国側も三席しかない三大妃の地位を持ちかけてきたのだろう。順当にテレシアが嫁ぐのであれば、それは相応しい地位であると言える。しかし、今回の()()はそうではない。

 テレシアが勝った場合、帝国側が得るものは――皇帝本人の享楽以外は何も――ない。強いて言えば、フルリエ公爵家とのつながりはできるだろうが、それはフルリエ公爵家にとっては強大なメリット足り得ても、帝国からすれば大した問題ではない。それでも賭けの場に乗せるには、()()()()()()()()のメリットを最大化する必要がある。


「上妃として入内する……か」


 父は、そう小さく呟いた。


 テレシアが選んだのは、三大妃としての地位を捨てるというものだった。三大妃は、文字通り三席しかない高い地位である。当然、帝国側も可能であれば空けておきたいポジションであった。テレシアを上妃として迎えることができれば、空いた三大妃の地位には、同じような価値のある女を据えることができるからだ。これは帝国にとって明確なメリットになる。

 そして、三大妃の地位を捨てるということは、帝国にとっての懸念の種をなくすことにもつながる。それが、三大妃に与えられている、寵の決め事である。

 三大妃は、月に一度、皇帝からの寵が約束されているのだ。皇子を――東宮を産むことを望む後宮の妃たちにとって、皇帝の御渡りが確約されているというのは明確な強みだった。


使()()()()()()覚悟まであるとは、お前は相当レヴィエント君(あの男)に入れ込んでいるようだな」


 だが、帝国が欲しいのは、()()()()()()であって、()()()()()()()()()()()()ではない。むしろ、能力主義を広めようとする帝国にとって、無駄に高い血統の皇子は邪魔になるだろう。彼らは、あくまで東方の統一をスムーズにするための駒として、格の高い妃が欲しいだけなのだ。テレシアを妃として迎えた時点で、その目的はおおよそ達成されることになる。

 つまり、上妃として嫁いだ場合――一度も寵を与えられることなく、妃としてその能力だけを求められ、後宮の中で静かに使()()()()()()可能性があるということだ。テレシアほどの能力を持つ妃を、帝国が遊ばせておくとは思えない。後宮運営、外交補佐、東方貴族への折衝――いくらでも使い道はある。


 しかし、この条件――上妃として入内する――のであれば、勝った場合の帝国側のメリットは非常に大きくなる。もとより、仮に負けたとしても、帝国側の損失は小さい。失うのは、まだ正式な婚約ですらない未来の妃候補に過ぎない。対して勝てば、大陸最古の王家の血と、極めて優秀な女を後宮へ取り込めるのだ。それも、ただの上妃として。――皇帝にとって割の良い賭けであることは、間違いなかった。


「帝国は大国ですから、きっとやりがいのある仕事も多いでしょう。身に付けた能力を十全に生かせる環境と考えれば、幸せと呼べるのかもしれませんわ。もっとも……お義姉様のような――夫に愛され、子に恵まれる幸せは、掴めないかもしれませんが」

「……まあ、よかろう。()()()結果、陛下や議会を説得する仕事は私が請け負おうじゃないか」

「……よろしいのですか?」

「ああ。遠く帝国へ旅立つ娘への餞とでも思いなさい。もっとも、()()ならないことを願ってはいるがね」


 父はそう言って笑った。その瞳がどのような未来(結果)を見通しているのか、テレシアには分からなかった。


――――


 ――それから、およそ三週間。


 夏の盛りを待たずに、テレシアは、帝国との交渉をまとめきった。件の皇帝は、テレシアの予想以上に賭け事が好きで、そしてテレシアの予想以上の強権を握っていたようだ。取引の――()()の成立は、存外にあっさりと決まった。もとより、帝国のデメリット自体はほとんどないのだから、ある意味では当然の帰結なのかもしれなかった。


 期限は、秋の祝年会のその日までに決まった。日付が変わる頃、賭けの勝敗を聞きに使者を寄越すと、皇帝からの手紙には記されていた。もしお前が勝ったのなら、()()()とやらを連れて来い、とも。

 当然、この賭けの内容を、レヴィエントは知らない。それどころか、それを知るのはテレシアと父フルリエ公爵、そして皇帝と帝国側の高官が数名、それだけだ。テレシアの兄どころか、王国の国王陛下すらまだ知らないのだ。これは、帝国側からの条件だった。


(……可笑しな賭けね。こんなものに人生を賭けるなんて)


 テレシアは、取引の成立を告げる文字をなぞりながら、そっと窓の外を見た。一月前は、想像もしていなかった展開だった。人生とはかくもわからないものなのか、と、自分で決めたことにも関わらず、ため息をつきたくなる。


 ――それでも。彼が自分を選んでくれる可能性に、賭けたいと思ってしまったのだ。


(勝っても負けても、後悔はないわ)


 窓ガラスに映る自分の瞳は、強い光を宿していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ