#39 聖女と山男のてがかり
翌朝、わたしはどんよりと重い心をひきずりながら起床した。コセムくんが第二番聖都へ行くというので同行することにする。ラアルさまのことも気になるけど現状手がかりが何もないし、もしかしたら途中で会えるかもしれない。一緒に行動してたら仲直りのチャンスがくるかもしれないし。
村の人やわたしを介抱してくれたおばさま、休む場所を提供してくれた冒険者のお兄さんにお礼を言ってわたしたちは出発した。
「大丈夫? すべりやすいから、つかまって」
「……ありがと」
かろうじて道と呼べるような獣道同然の斜面を降りていく。アレクくんが手を伸ばしてくれるのへ、わたしはためらいがちにとった。
アレクくんの笑顔がまぶしくてつらい。『勇者の力』が解放されたあたりからだったろうか、アレクくんの好感度を示すSDキャラは変化をはじめて、今やすっかり「恋愛状態」になってしまっていた。前回勇者たちとの戦いで使いきったはずのスキルポイントまで復帰してるから、おかしいなと思って現在分のポイントを逆算してみました。だって好感度ポイントをためる方法は、選択肢で正解するかスキンシップのはずで、ここまで登場した選択肢はコセムくんの分だけ。
そう、そのコセムくんの選択肢のようだった。アレクくんとの仲を気にする方を選んだから、アレクくんの方にも加算された。のかもしれない。というかそれしか考えられない。だからもしかしたら、もう一つの方を選んでも不正解ではなかったのかもしれないね。戻れないから確認のしようがないけど。
「俺の知るアレクは、俺に“ありがとう”なんて言わなかったんです」
コセムくんがぽつりと言う。
村から一番近い町まで徒歩三日ほど、その途中、何度か魔物の群と遭遇したけれど、ほとんどコセムくんが退けてしまった。それでもこの視界の悪さだ、とりこぼした分はわたしとアレクくんでやっつける。そういうスタイルを見ての感想のようだった。
「いつも、“ごめん”ばかりで」
「……うん」
「あなたの、おかげなんでしょうね……」
微笑むコセムくんの横顔はなんというか、すこしさびしそうに見える。それだけ当時いろいろ腐心していたんだろう。
苦労が垣間見えるようだった。コセムくんもコセムくんで誰にも言えずにずっと気持ちを溜めこんできたのだろうなって思った。そうだよね、べつにコセムくんだって望んで「天才」に生まれたわけじゃない。
(拳でわかりあうってタイプじゃなさそうだしなあ)
慰めや同意を求めたというより自身のなにかを省みるような響きに聞こえたので、わたしは彼の邪魔にならないよう黙って考えごとにふける。なんとか、仲直りさせてあげたいなあ。
(かといって本当に裁判みたいにするのもちょっと違うよね。シチュエーションかな?)
雨に濡れながらとか満天の星空の下とか、あとはそうだな、……やっぱり王道は強い敵と戦ったあとかな? ともに死線をくぐりぬけた互いの健闘をたたえて握手する感じの。
(そうするとやっぱりアレクくんの力を解放していくしかないよね)
わたしはアレクくんのスキルレジストリを開いて眺めてみる。新しくポイントの振り分けが可能になったのは身体能力ボーナスをつかさどる『恩恵』だ。残るは『魔法』だけど、それとは別に新たな未解放ブロックができていることに気づく。『ダブル』と名前が振られていた。
ちなみにコセムくんのスキルレジストリもラアルさま同様ほとんど解放済みでした。てか新規スキル習得の必要ポイント数がえげつない。240とか480とか何をしたらそんなポイントが作れるのかな?
「どうだった?」
結局いい考えが浮かばないままアレクくんが戻ってくる。「勇者」たちがいるかもしれないと様子を見に行ってくれたのだった。ほら、わたし「静暁の魔女」らしいからね。
(なんで、二人は平気なのかなー)
報告を聞きながら思う。そうなんだよね。同じ「勇者」でありながら、どうして二人はわたしの味方でいてくれるんだろう。あの洞窟で襲ってきた勇者ご一行と二人の違いって何? いうて「攻略対象だから」以外の理由が見つからないけど。
風向きがかわったのか焦げ臭いようなにおいをわたしは不意にかぎとる。アレクくんの言った通り、そして、町はひどいありさまだった。町だけじゃない、柵は壊され地面は陥没し、川が潰されていた。そしてそこを魔物たちが我が物顔で歩く。
もしかしたらこのまま生きている人に会えないのではないか。そんな不安を抱きながら歩き続けて、ようやくわたしたちは人のいる町にたどりつくことができた。最初に訪れた町から二つ目の町だった。
「この町にはテイラーがあるから、もともと冒険者が集まりやすいのよ。今回はそれが幸いしたのかもしれないわね」
そう話をしてくれたのは冒険者のお姉さんだった。曰く、やはりこの町にも魔物の襲来があったものの、冒険者や勇者たちが力を合わせて戦い、ほとんど被害を受けずに済んだのだそうだ。かわりに彼らの負った傷は深く、アレクくんが治療にあたった。
「あなた、すごいのね!」
跡形もなく傷の消えてしまった肌を見、冒険者のお姉さんがうれしそうに笑う。お姉さんだけじゃない、もちろんアレクくんの治癒をうけた人たちはみんな感激していた。そうなのだ、アレクくんはすごいのだ。
「そういえば」
ふとわたしを見、お姉さんが思い出したように続ける。
「すごく綺麗な女の子がいたのよ。一人で何十体も魔物を倒してしまって。それからもう一人――」
「それって絹のような銀髪をなびかせ黒曜のように濡れた黒いひとみでやさしく微笑むたおやかな美少女ですかッッ!?」
わたしとしたことが、我を忘れて食いついてしまった。お姉さんがうなずき、わたしは両手を組んで天に感謝する。
(わたしの天使の手がかりがここへきて、ようやく)
神様ありがとう。ただ気になるのはその「聖女のような美少女」と一緒にいたという「山男のような何か」の存在だった。コセムくんが舌打ちしてたので、たぶんユグノくんのことだろう。しかし残念なことに、二人ともすでにこの街を発ってしまったようだった。
「聖都や王都はどうなってしまってるのかしら。こんなことになったからか、よその情報がまったく入ってこないのよ」
お姉さんの話によると、ラアルさまたちは第二番聖都へ向かったということだ。情報がほしいのはこちらも同じなので互いに見聞きしたことを交換する。
「おい、女」
そういえばさっき大きな声出しちゃったんだった。「勇者」とおぼしき面々に囲まれ、わたしはジェスチャーでアレクくんに詫びる。すわ団体戦かと覚悟を決めたけれど、そうはならなかった。
『彼女は俺の連れですが、なにか?』。コセムくんがたった一言で彼らを退けてしまったからだ。
(コセムくんて、すごい)
そういえば第四番聖都でも誰もがコセムくんに一目置いている感じだった。コセムくんもそれを当然のようにしていて、かっこいい人だなあと思ったものだ。
騒がせてしまったことをお姉さんたちに詫び、わたしたちは建物を出る。二人について歩きながらわたしはふむ、とあごを撫でた。
(洞窟のときと何が違うんだろう)
あちらは突然凶暴化したけど、今回は引きさがっていった。同じく不思議といえば洞窟の勇者一行が「わたし」を見つけたこともそうだ。たまたま雨宿りしようと思ったところにわたしがいたのか、それとも何らかのセンサーが内臓されてるのか。
このあたりはひとまず保留にしておくとして、目下問題はわたしだった。第四聖人ジルを殺した「ジアンナ」の姿絵が、テイラーや酒場といった人のあつまる場所に貼られていた。目立たないように動くとしても、おたずね者ですと自ら看板を背負って歩くようなものだ。何より一緒にいるアレクくんたちの行動も制限してしまう。せめて一目ではわからないような小細工くらいはしたいよね。
考えながら何気なく髪をつまんで、わたしはひらめいた。そうだ、髪を切ろう。




