#38 好感度とルートというシステム
村はいかにも「山奥の村」という感じの小さな村だった。必要分だけのエリアを拓いて家を建て、獣避けの柵を構えて畑を作り、日の出前から子どもたちがヒツジやウシを連れて出かけるみたいな。
魔物の群にこの村が襲われていたという話をコセムくんから聞いたとき、わたしの頭の中をよぎったのは第五番聖都の無残な焼け跡だった。けど、おどろくわたしに村の人が明るく笑った。
「魔法使いのハンサムくんが一瞬でやっつけてくれたから、ほとんど被害はないのよ~。もう一人の大人しそうな背の高い子が何人か若い衆を治してくれたけど、そっちは逃げる時に自分で転んだんですって。情けないわよねえ」
「魔法使いのハンサムくん」がコセムくんで、「背の高い大人しそうな子」はアレクくんのことらしい。実際コセムくんは村の若い女の子たちに囲まれていて、わたしは一人うなずいてしまった。
アレクくんと並ぶと小柄に見えるけど、姿勢がきれいだから全然気にならない。そもそもアレクくんの身長自体が標準を上回ってるっていうのもある。
はじめてコセムくんに会ったときもそうだったけど、内面からにじみでる確固たる自信や潔さが目を引くのだと思う。物腰やわらかで気さくに接してくれるのに、こちらとの目に見えない線を明確に引いてる感じがもてそうだなって思いました。
(ジャンくんが高嶺の花的な目の保養だとしたら、コセムくんは同じ学校にいるかっこいい子、みたいな感じかなあ)
こう、何かの折に出会って、「あの子、同じ学校の子だったんだ……」って少女漫画ならそこからストーリーがはじまりそうな感じの。努力したら目に留まるかなってちょっと頑張りたくなる感じというか。
そんなことを考えながら村を散策する。途中ラアルさまやユグノくんのことも聞いてみたけど、やっぱりコセムくんだけがたまたま近くにいたようだった。
とても山奥とは思えない生臭い風が吹く。さすがに何も見えない程ではないにしろ、夕立が来る前のような黒い雲に空が覆われて、しかも不気味な赤光に濡れているのだった。
「ヒツジたちがおびえちまって」
「うちもだ。きっとわからないなりに魔女の復活を感じてるんだろうな」
村の人たちが心配しているのは、この天気が続くことで家畜に与える草が枯れてしまうことだった。けれど今のところは楽観しているらしい。なぜなら勇者がすでに予言されているからだ。
勇者たちがきっとすぐに静暁の魔女を倒してくれる。村の人たちは明るく言った。たとえば魔物の群を指先で軽く退けてしまったという(村人談)コセムくんのような。
こんな感じだったのかなと、わたしは彼らの生まれ育った村での光景を想像してみる。四つの習熟適性というただでさえ稀有な才能。
天才。「わかりやすさ」は往々にして支持を得やすいものだ。
わかりやすい肩書にわかりやすいキャッチフレーズ。わかりやすいカラーリング。「一目」見て誰もが「そう」と理解する記号。
小さな田舎の村に生まれた奇跡の天才はわかりやすく勇者と呼ばれ、支持された。期待され、たたえられた。注目された。「二人」で予言を受けたのに、人々の目はわかりやすさにしか向かなかった。
このままではアレクくんの芽は完全にしおれて、死んでしまう。そう考えたコセムくんはアレクくんを「捨てる」ことにした。自分という障害物がある限り、彼がその陰に在る限り、アレクくんが正しく自分を評価することは永遠にないと考えたのだった。
――自信というのは結局、自分で積み上げて作るものです。あいつが本当に『勇者』なら必ず自力で立ち直ってくるはずだと
自分を肯定すること。自分とは何者なのか。
誰かに与えられるものじゃない。ひとつずつ自分の手で何かを成していって、そうやってできていくものだ。だからって裸一貫で放り出すのもどうかと思うけど、まあそういうことだったらしい。
(でもそれって、アレクくんからしたら自分が役に立たないから捨てられたんだって思う事案じゃない?)
アレクくんの言葉の端々ににじむ自虐と自己否定の決定打って絶対それだよね? でもコセムくんの気持ちもわからないでもないのだ。というのも、コセムくんも最初はアレクくんのこと励ましてたんだって。でも全部素通りしていくから、だんだんイライラしてきたんだって。
のれんに腕倒しというか、届いてないんだなーっていうのはわたしも感じてたので。だから目に見える力が必要だなって思った次第だったので。
「アレクくんは、今の自分をどう思う?」
協力するとは言ってもさてどこから手をつけたものか。とりあえずとっかかりを求めて一日様子を見てたけど、アレクくんとコセムくんの会話シーンはついぞなかった。さすがに情報交換はしてあるみたいだけど、すごいよこの人たち、目も合わさないの。
夜、わたしはさっそくアレクくんを外に呼び出し、個別聴取を試みる。わたしの質問の意図をはかりかねるように、アレクくんがわたしを見た。
「“どう”って?」
「その、わたしと連携していろいろやってきたでしょ? たとえばああいうの。嫌だなって思うことは、ない?」
「それはないかな」
アレクくんはあっさりと首を横に振った。
「俺はずっと自分は無能だと思って生きてきたから、……こんな力があるんだって感動したくらいなんだ。この剣だって」
トン、とアレクくんの手のひらが剣の柄を押す。最初は骨董品にしか見えなかった剣は今、彼という勇者のための立派なひとふりになっている。コセムくんは気づいただろうか。
「自分に期待してもいいのかなって、少し、ドキドキしてる」
きみのおかげだよ、とアレクくんが言った。
「こんなふうに思える日が来るなんて、どうして想像できただろう? 村を出て、二年間一人で生きてみて、俺は自分が思うよりいろいろなことができるんだなって思ったけど、……それでもやっぱり『勇者』としては無能だし何もできないんだって思ってた。いっそ予言のことなんて忘れちゃおうかって」
「でも、できなかったんだね」
アレクくん真面目だもんね。
言うと、アレクくんが笑った。
「たぶん、くやしいっていう気持ちがあったんだと思うよ。変だよね、ほかに何のとりえもないくせに、俺はとうとう『勇者』である自分を捨てることができなかったんだ」
さまざまな感慨の混ざった声だった。実際、彼の胸うちにはさまざまなことが去来しているのだと思う。
深く垂れ落ちていた茎が再び首をあげ、少しずつ開花の準備をととのえていくように、自分を整理していく。過去形で語られた言葉がその気配を物語るようだった。アレクくんを苦しめてきた何かがたぶん、ようやく「過去」の額縁に入りつつあるのだろう。そうして生々しく血を流していた傷口がふさがって、いつかにはその痕へと触れながら振り返ることができるようになる。
「ジアンナさん」
さわさわと乾いた音を立てて枝が揺れた。どこか甘いようなかおりは、この時期に咲く花のものだ。
宙にとけていくような金色の光へ目を移そうとして、けれどわたしはアレクくんの、熱心な色をたたえたひとみにとらえられてしまう。それは希望で期待だった。自信を得、ゆっくりと自分を立て直しつつあるひとの。
守るから、とそのまま彼が言う。
「ジャンくん――じゃなかった、ラアルさんやユグノくん、コセムみたいにはなれないかもしれないけど……必ずきみを守る。世界中が敵になっても、俺だけはきみを守るから」
手のなかがじわりと汗ばんで、どうしてだろう、アレクくんが怖いわけじゃないのに、わたしは逃げたくなってしまう。これが真に乙女ゲームや少女漫画ならきっと、ヒロインはアレクくんの言葉にときめいて真っ赤になりながらうなずくシーンなのだろう。
アレクくんの澄んだ目が、苦しい。そんなきれいな目を向けてもらえるようなことしてないよ、わたし。だって、きみがわたしにたぶん抱いているだろう感情は、アレクくん。
わたしはちゃんと、「ありがとう」って彼に言っただろうか。その後、アレクくんのスキルレジストリを開くと新しい未解放ブロックが点灯していた。




