#40 ごめんね
とはいっても、噂の静暁の魔女さまが突然現れたらびっくりさせちゃうよね。やろうと思えば自分でも切れるけどどうせすぐにバレちゃうわけで、意地を張るだけ不毛だ。
さて、どちらを頼るか。少し考えて、わたしはコセムくんのローブを引く。
「あのね、コセムくんにちょっとお願いがあってね」
かがんでくれた彼に続けようとして、アレクくんの視線に気づいた。アレクくんはすぐに目をそらしたけれど、ちらちらとこちらを気にしているようだった。
(アレクくんは、髪の長いわたしが好きみたいだからなあ……)
イドの町でのことだ。もうずいぶん昔のことのように感じるけど、髪を切ろうとしたわたしをアレクくんが止めたんだよね。今はどうかな、ちゃんと話をしたら聞き入れてくれるのだと思う。そういう人だ。だからこれは単にわたし側の問題だった。
あんまりアレクくんとこういうことを共有したくないというか、「わたし」との思い出みたいなのを作りたくないんだよね。たとえばこのおかしなクロスオーバーが解決して互いに元の世界に戻ったとき、アレクくんには一片たりともわたしの記憶や面影が残らないでほしいと思う。好感度は「システム」だからクロスオーバーが解除された時点で一緒にクリアされるだろうけど、何かの拍子に思いだすみたいな要素を残したくないなって。思って。
▽アレクくんに頼む
▽コセムくんにお願いする
別に迷ってたわけじゃないのに選択肢がわたしに問う。ヤレヤレとわたしは待機中のアレクくんをジェスチャーで招いた。卑怯な手だけどかまうもんか。のこのことやってきた彼に、なるべく恥じらうような声を作って言った。
「その、……下着を見にいきたいんだけど、アレクくん、入れる?」
チラッとえりもとを指で持ち上げ肌を見せれば完璧だ。アレクくんは両手で顔をおおうと「ジアンナさんの破廉恥!」などと叫びながら走り去ってしまった。首まで真っ赤になってた。
「上手ですね」
並んでアレクくんを見送りながらコセムくんが笑う。それで? とすずしげに問う胸元に金色のエフェクトが登場した。わたしの意図などお見通しだったのだろう、いたずらの片棒をかつぐような顔を見、わたしは「悪い顔の似合う人だなあ」などと考える。
人通りの多いメインストリートから外れるとがらりと雰囲気が変わるのはどこの町も同じらしい。空き家なのか住んでる人がいるのかわからないような建物がこちらに背を向けるように並んで、舗装の雑な路上にはあちこち糞便や板くずなんかが落ちている。そのなかのさらに人目を避ける場所を選んで、コセムくんがナイフを手に取った。
わたしの考えを最後まで聞き終えての、それがコセムくんの返答だった。
「あいつも馬鹿じゃありませんから、あまり遅くなると怪しむでしょう」
都合よく椅子になりそうな木箱などないので、せめて正体のわからない滲みを避けて地面に腰を下ろす。そのさいコセムくんが自分のローブを脱いで敷いてくれた。潔癖そうなのに息するようにこういうことをされるとほんと照れてしまう。
「触っても?」
「はい」
お願いします、と言った。正座したわたしの後ろにコセムくんが位置どって、作業がはじまる。
ためらうような間はやがて髪をけずる音に変わった。ひと房ひと房丁寧に、けれど手際よく進んで、途中居眠りしてしまったらしい、コセムくんに呼ばれてわたしはハッと顔をあげる。
「終わりましたよ」
「ありがとう!」
ハンサムな上にコセムくんは手さきも器用で、かわいいボブにしてくれた。背中まであった髪がごっそりなくなって、頭がすごく軽く感じる。落とした髪は魔法で燃やしてもらった。これで証拠隠滅完了だ。
「わかりづらくなったかな?」
「難しいかもしれませんね。あなたはおそらくご自分で思う以上に、見る者にあざやかな印象を残す女性ですよ」
言いながら、コセムくんが肩に残ったままの髪をはらってくれる。褒めすぎだよ、というと肩をすくめられてしまった。
「あなたは、きれいです」
コセムくんの気位の高そうな瞳が色合いを変えてわたしを映す。きれいな指がわたしの短くなった髪へ惜しむように触れ、それから頬へと移った。
(あわわ)
わたしはらしくもなくどぎまぎしてしまう。きれいだなんて「ジアンナ」やってたときに散々言われてきたけど、ほら社交辞令だってわかってたからすんなり流せたんだよね。でも今は、まるではじめて言われたみたいにドキドキして、わたしは言葉を継げずにいる。
「さあ、来ましたよ」
コセムくんがそのうちにくすっと笑った。大胆に顔を寄せてきたかと思うとわたしの耳元で告げる。言われたとおりに振り向いて、わたしは「あ」と口を開けた。
(そういえば集合場所決めてなかったな)
我に返って戻ってきたものの、わたしたちの姿がないので探したのかもしれない。そこに、アレクくんがぼうぜんと立っていた。
何だこの乙女ゲーか少女漫画みたいなベタベタのシチュエーションは。
否、乙女ゲーだった。わかりきったことを聞いてくる選択肢をえいやっと片付け、わたしはわき目もふらずアレクくんを追う。追いながら、アレクくんに発見された当時のわたしたちの位置関係を頭の中に起こした。アレクくんの角度から見たら完全にわたしはコセムくんにキスされてたやつだった。
「……ごめん」
いや、それとは関係ないかもしれないけれど。なぜかアレクくんに壁ドンされながら謝られています。
「ごめん、俺、……頭の中が、真っ白になって、それで」
するりとこちらの道へ入ってきた猫がうろんげにわたしたちを見上げて歩いていった。気配に気づいたらしい誰かがこちらをのぞいて「サカりやがって」と舌打ちしていく。
互いにまだ呼吸は整わない。声が出ないのでわたしは小さくうなずいてアレクくんに先を求めた。
「……嫌だなって、おもって」
「……」
「コセムが、きみにふれるのを見て、俺、“嫌だ”って。きみは、……誰のものでもない、きみなのに。ごめん、俺、何言ってるんだろ……」
もしかしなくても嫉妬だった。システム上では「恋愛状態」のはずだけど、それでもアレクくんはわたしに決定的な言葉を言わなかった。たぶんだけどそこに至る要素が何か足りてないんだろう。
(ごめんね)
わたしはアレクくんの、わたしの左右をふさいでいる手の片方をとっててのひらを上に向けた。喉が依然として息を吸って吐く以外の仕事を受け付けてくれないからだ。ひとさし指で、アレクくんのてのひらにいくつかの文字を書いていく。
「わあっごめん、俺!」
アレクくんがあわててわたしから距離をとって、否、とろうとして、つまずいた。
「に」「あ」「う」「?」。
我ながら悪い女だとは思うけど悪役令嬢なので許してください。おわびがわりにわたしは尻餅をついた彼に手をさしだして、座りこんだまま、アレクくんがしばらくうらめしげにそれを仰ぐ。それから、拗ねたように目をそらした。
「きみは、どんな髪型でも、……かわいい」
その胸元できらきらと金色の光が星のむれのようにのぼっていく。
ぼそっと言うのが聞こえて、わたしは泣きたくなったけど精一杯に笑ってみせた。うまくできたかは自信がないけど。




