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#23 聖女の目的





 一瞬アレクくんの背格好が重なったように見えたけど、全然違った。やわらかそうに裾の揺れるフードつきのマントは光沢があって、実際上等なものなのだろう。身に着けている装備も雰囲気があるというか効果の高そうな感じがする。髪の色はアレクくんと同じ黒色で、わたしの知っている彼よりはいくらか小柄だった。

 爆発の音は彼によるものだった。

「大の男がよってたかって、それもこんな真昼間から婦女子の尻を追うなど、恥を知れ」

 よく通る声が言う。思わず耳を傾けたくなってしまうような張りのある声だった。そのまま、男の子は男たちを退けてしまう。


「ま、待って」


 男の子は用が済むとさっさとマントをひるがえしてしまった。雑踏に消えていこうとする彼を追いかけるようにしてわたしは彼を呼び止める。

「何か? 礼ならいりませんよ。ああいう品のない男は俺も嫌いなので」

「でも、ありがとう」

 そのまま行っちゃうかと思ったけど、彼は足を止めてくれた。気位の高そうな緑色の目がわたしたちを改めて見、うなずく。


「なるほど、お美しい方たちだ。身の程知らずの虫どもがなんとか手に入れようと躍起になるのもわかります。日ごろからさぞわずらわしい思いをしていることでしょうが、お二人だけで?」

「ええ、連れの目を盗んで」


 答えたのはラアルさまだった。いつのまにか日傘を開いている。男の子がにっこりと笑んだ。

「その連れの方がうらやましいですね。今ごろはさぞ生きた心地がしないでしょう。よければお送りします。ああいう連中は、しつこいですからね」

「ありがとうございます」

 話の流れで護衛してもらうことになってしまった。ラアルさまが五番聖都の話を振り、男の子が答える。


「存じています。第五聖人ヴェルニさまに直接お会いしたことはありませんが、たいそう仁徳にあふれたお方であると、どこに立ち寄っても聞こえてきました。残念なことです」

 調査のためにこれから五番聖都へ向かう途中なのだと彼は言った。

「生活に困窮し、聖都で盗みを働く者はいるでしょう。知恵者を気取る阿呆が聖都に戦火を持ち込むこともあるかもしれない。しかし聖人の前ではすべての者が武器を置き、頭を垂れる。聖人とは、我々にとってそういった存在だからです。正直に言えば、今でも信じられない気持ちでいます」

「お察しいたしますわ」


 ラアルさまが相槌を打つ。そして大胆にも、自分たちも五番聖都からこちらへ逃げて来たのだと彼に明かした。わたしはびっくりしたけれど、ラアルさまに話を任せることにする。

 男の子が騎士のような所作で名乗った。

「コセムと申します。第二聖人リルケの依頼で予言の勇者とともに参りました。もし何かご存知でしたら、お話しいただけませんか?」

「火の広がり方が尋常ではありませんでした。一瞬にして街が呑まれて……。おそらく、魔法によるものだと思います。それも相当の使い手だろうと」

 人の多い往来だ。すれ違いざまに肩がぶつかって、わたしはよろめいてしまう。(ジアンナにしては)結構な距離を走ったせいか、膝にうまく力が入らないのだ。気づいたラアルさまが日傘を持つ手をもちかえて、わたしの手をとる。


(あ、やっぱり)


 にこ、とラアルさまが笑んだ。つられるように表情筋が緩むのを感じながら、わたしは再びつながれた手へと視線を移す。さっきも驚いたものだけど、かたくて大きいまるで男の子みたいな手だった。体格でいえばわたしとほとんど変わらない、もしかしたらわたしより華奢に見えるのに。こんなに可憐でやわらかそうで砂糖菓子みたいな美少女なのに、そのギャップにわたしはどきどきしてしまう。

(そっか、「足手まといにはならない」って言ってたもんね……)


 きっとものすごく鍛錬を積んだのだろう。ためしにスキルレジストリを開いたらシールの三分の一以上がすでに解放されていた。レベル評価がないから推測だけど、それだけ習熟度が高いってことなんじゃないかな。

 ラアルさまはそれからいくつかのことをコセムくんに話したけれど、化身の二人、ルウイとアウスについては話題に出さなかった。二人に遭遇したのはジャンくんの方だし、ジャンくんもラアルさまに話さなかったのかもしれない。


「やはり、静暁の魔女なのでしょうか……」


 ラアルさまが憂えるような表情でつぶやくのへ、コセムくんが返した。

「パンディオは自らの魂をもって静暁の魔女のそれを封じたといわれています。そして死の間際、魔女と戦う勇者の存在を予言した。それが二十年前、世界中でなされた勇者の大予言です。そう、魔女の復活は近い。残念ながらこれは事実です。しかし、我々がそうはさせませんよ」

 ご安心を、と力強い声で励ます。宿を目前としたそこで、コセムくんがうやうやしく礼をした。


「楽しいひとときをありがとうございました。あなた方のような美しいご婦人を護衛するという光栄な仕事をいただけたことを、俺は幸運に思います。これはささやかなお礼です」

「!」

 コセムくんがパチンと指を鳴らした直後のことだった。後ろの方でなにやら人びとが騒然となる。見ると、さっきの男たちが悶絶するようにその場に転がっていた。その頭部にはすっぽりと、透明なボールのようなものがはまっている。空中で制御された水が塊になって男たちの呼吸を奪っているのだった。

 コセムくんが肩をすくめて言う。


「懲りない連中だ。だが、これでもう二度とあなた方に近づこうとは思わないでしょう」


 もう一度指を鳴らしたとき、水の塊が男たちを解放した。悲鳴をあげながら逃げていく男たちを見、コセムくんが鼻で笑う。

「先ほどの小規模な爆発は火の属性魔法だったように見られましたが、水の属性も?」

「ええ」

 コセムくんがラアルさまに向かってうなずいた。それからわたしたちに別れを告げる。 

「習熟適性は四つあります」

 そう言って去っていった。




      *




 この世界では魔法という奇跡に対して習熟適性というものが存在する。地水風火といった魔法の属性とその人との相性のようなものだ。通常、習熟適性は一人につき一つなんだけど、稀に二つ以上の習熟適性を持つ者が生まれる。それがコセムくんというわけだ。

(第二聖人リルケの依頼でって言ってたけど、本当に世界中にいるんだ。予言の勇者って)

 部屋に戻り、わたしはなんとなく両手で顔を探ってしまう。顔を、思いきり見られてしまった。ラアルさまが「おねえさま」とわたしを呼んでいたせいか、彼はわたしたちを姉妹だと思ったようだ。仲がいいんですねと言われてしまった。


(名前バレしなかっただけマシか。時間の問題かもしれないけど)


 襲撃者たちが「ジアンナ」という人物を探していたという情報はきっと彼の耳にも入る。そうしてわたしはジャンくんの横顔を思いだした。同僚を殺され、涙を流していた彼の、怒りに満ちた目を。

(ジャンくん、次に会ったときわたしに笑いかけてくれるのかな……)

 一応一緒に戦ってるので、わたしがアウスたちをけしかけたとかそういう方向にはならないと思うけれど、じゃあなんであいつらはわたしを探してたんだ、とはなるよね。アウスたちはそういう作用を計算したうえでわたしの名前を流していったんだろうか。


(なんのために)


 考えて、わたしはラアルさまに質問を投げてみる。

「“せいぎょうのまじょ”って本当に復活するの?」

「コセムさまは、そのようにおっしゃっていましたね」

 ラアルさまが本から目を上げて返した。愛読書の一つで、古今東西のスイーツを食べ歩いた人の旅行記なのだそうだ。自分もいつか世界中のスイーツを体験し、自分の店を持ってみたい、とラアルさまは目をきらきらさせて話してくれた。


「勇者を予言しながらも、その未来が現実とならないよう、パンディオは自身の分身である聖人たちに自らの力を分け与えたといわれています。しかしその力も万能ではありません。ゆえに父ヴェルニは兄に宝玉を預けるしかなかった」

 ラアルさまが椅子に本を置いてわたしの隣、ベッドに腰をおろす。ツインベッドの部屋なので一つはアレクくんが、もう一つはわたしとラアルさまで使っている。ラアルさまは自分は床でいいと言っていたけど、それならわたしが床でいいと言い張り、現在に至る。


「静暁の魔女それ自体は肉体を持たないそうですわ。ゆえに、彼女は自ら封印を破ることはできないのです。しかし現実として第五聖人ヴェルニは殺害され、襲撃者たちはその宝玉を求めていた。これは、何を意味するのでしょうか」

 ラアルさまの白い手が伸びてするりとわたしの手をつつむ。激しさのないおだやかな動きだったけれど、まるで大きな影にすくわれたような錯覚に、わたしは身をすくませた。

 黒曜のひとみが底の見えない色をたたえてわたしに寄る。


()()()()()()()()()()()()()()()。おねえさま、わたくしも、おねえさまにお尋ねしたいことがございます」

 有無を言わさぬ圧力が、ラアルさまの声にはあった。刃物をつきつけられ脅迫を受ける人のように、わたしはこく、とうなずく。

「あの者たちはおねえさまを知っているようだったと、兄が言っていました。聖都を焼き、父を殺した忌まわしい者たち。わたくしがあえてあの者たちのことを伏せてコセムさまにお話をしたのには目的があります」


 やっぱりアウスたちのこと、聞いてたんだ。

 わたしはラアルさまから目をそらすことのできないまま思う。部屋の中は静かで、まるでピンと張った弦のようだった。

「遠からずあの方も同じ話を聞くでしょう。その前にわたくしは知りたい。あの者たちは、いったい何者なのですか? なぜ彼らはあなたの名を知っていたの?」

 まるでその場にいたかのように、ラアルさまが問う。真剣な面持ちにあのときのジャンくんの顔が重なったのは、やっぱり双子だからなんだろう。


(もしかして一緒に来たのって、このため?)


 『かたきを討つため』。

 そうだよね、とようやく喉を動かして呼吸をしながらわたしは思う。故郷を焼かれてお父さんを殺されたんだもん。ただの遺言で、それも一番大事な時に家族のもとを離れてなんかこないよね。

 アレクくんがいなくてよかったと思った。今日も仕事に行く前心配そうにしていたけれど、真面目な彼が途中で抜け出してくることはない。見覚えのあるフレームが浮上するのを見ながら、わたしは短い呼吸をくりかえす。


 ▽正直にうちあける

 ▽しらをきる


 まあそうなりますよね。呑みこまれそうなほど深いラアルさまのひとみにのぞきこまれながら、わたしは祈るような気持ちで目をつぶった。





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