#22 わたしの推しは天使で女神な聖女さま
ありがとうとお礼を言ったけれど、アレクくんはちらりとわたしを見、そっけなく目をそらしてしまった。それから、「ジアンナさんは」とつぶやくように言う。
「きみは、女の子なんだよ。あんな男たちに一人で立ち向かおうなんて、どうしてそんな無茶をしようとしたの」
宿に向かう帰りの道中だった。日も落ちすっかり暗くなった往来は店もほとんど閉まって、道幅を埋めるほどあった人通りはどこへ行ってしまったのかと思うほどまばらになっている。
今日のことについておかみさんからの咎めはなかった。心配したような結果にならなくて、どれだけほっとしたかしれない。まあ、別の意味でアレクくんには迷惑をかけてしまったわけだけども。
向かいからやってきた二人連れが、酔っているのか、危うい足取りでこちらに近づいた。アレクくんがわたしと二人連れの間に入るように移動すると、舌打ちをして離れていく。
「頼ってほしいんです」
アレクくんが言った。
「その、……俺に迷惑かもとか、きみは考えてしまうのだろうけれど。考えないでほしいんだ。たしかに俺はそんなに多くのことができるわけじゃない。でも、ジアンナさん。俺がいつでもきみの助けになりたいと思ってることを、覚えていてくれると、うれしい」
暗がりから猫がするりと出てきて、また別の角へ消えていった。足を止め、わたしはじっとアレクくんを見上げる。
(『わたしが何者でも?』)
きいたら、彼はなんて返すだろうと思った。五番聖都に着く前にも冗談で「魔王でも?」って言ったことがあったけど。
「…アレクくん」
“せいぎょうのまじょ”って、何?
言葉を、わたしはのみこんだ。かわりにありがとうと返して帰途に戻る。アレクくんのもの言いたげな視線には気づいていたけれど、気づかないふりをした。
だって、こわい。
アレクくんと仲良くなればなるほど、彼がわたしを気にかけてくれて親身になってくれるほど、おそれる気持ちばかり募っていく。
はじめは、イドの町で“せいぎょうのまじょ”という言葉を知ったときだった。二つの世界がクロスオーバーしたことによって自分がその“せいぎょうのまじょ”のポジションになったんじゃないかとわたしは怯えた。
五番聖都でルウイははっきりとわたしを『聖暁の乙女』とよび、アレクくんはそれを聞いた。聞こえたはずだった。だのにアレクくんはそれについてわたしにたずねる様子はないし、態度もまなざしも何も変わらない。そして今もこんな風に言ってくれる。心から言ってくれてるんだってわかる。
あるいは杞憂だったんだろうか。考えすぎだったんだろうか。わたしはそっとうかがうような気持ちで思う。
一番てっとり早いのはアレクくんに直接確かめてみることだ。何も難しいことはない、彼に“せいぎょうのまじょ”とは何かをたずねてみればいいのだ。ヴェルニさまにきかなくても、彼ならきっと知っている。
アレクくんはそれを世界から除くべく予言された『勇者』なのだから。
だけどついに言葉は出てこなくて。わたしたちはラアルさまの待つ宿に到着した。
アレクくんを信じることができない。わたしは、ずるい。
*
その日はお休みをもらったので、わたしはラアルさまを散歩に誘った。
ここまでラアルさまには、“第五番聖都の聖女”を知っている人との鉢合わせを避けるため宿での待機をお願いしていた。本人の了承の上とはいえ、だけどもう十日近く部屋にこもりっぱなしだ。さすがに気が滅入っているのではないかと思ったのだった。
「ありがとうございます、おねえさま」
ラアルさまが嬉しそうに言った。
何といってもラアルさまを聖女たらしめるのはこの奇跡のような美貌と白銀の髪である。お金があればラアルさまに似合いそうな帽子をプレゼントできたのにとわたしは無一文を嘆いた。
「ごめんね……」
「ふふ。すてきな日傘ですね、おねえさま。お気遣いいただきましてありがとうございます。たいせつに使ってお返ししなければ」
スカーフで髪を隠し、さらに日傘で顔を隠す。どちらもラアルさまは日光に弱いという方便のもと宿のおかみさんと宿に泊まっているおねえさんたちに借りたものである。わたしの服も借り物だけどね。
「ラアルさま……」
聖女さまのやさしい言葉と微笑で、わたしの好感度が上がった。清楚で美しくて心も綺麗とか天使かな。女神さまかな?
「それより、おねえさま」
めってするようにラアルさまが指をたてて言った。
「“ラアル”と呼んでくださいと言ったはずですよ」
「はい……ラアルさま」
デレデレである。かわいい~~~~。何やっててもかわいい~~~。もう美少女の概念そのものっていうか、かわいい~~。ああわたし、こんなに完璧な美少女の隣で呼吸してていいんだろうか……!?
「よう、オネーチャン」
「あ」
夢見心地でラアルさまとおしゃべりを楽しんでいたら、見覚えのある人たちと遭遇した。お店でセクハラしてきた酔っ払い。天国から一気に奈落までつきおとされた気持ちで、わたしは男たちと向かい合う。
「せっかく会いにいったのにいなかったから出てきたんだが、まさかこんなところで会えるなんてな。今日はお休みかい?」
「そうなんです。なので失礼します」
正直顔も見たくないけど、お店にクレーム入れられても困るし、わたしは最低限の笑みを浮かべて言った。通行の邪魔になってるし、さっさとその横を通りすぎようとするけれど、男たちがぬっと動いて立ちふさがる。
「そうツレなくしないでくれよ。傷つくじゃん」
「ね、これからどこ行くの? 昨日のおわびに、俺たちが何かごちそうしてあげるよ」
断ってもしつこく食い下がってくるので閉口した。おまけにラアルさまにまで声をかけようとするので、たまらずわたしはラアルさまの手を引く。
「待ってよ、おねーさあん」
来た道を戻るようにして駆けだすと、男たちがすぐに追いかけてきた。しつこい。いよいよ怖くなって、わたしは全力で走る。走りながら脳裏に、アレクくんの言葉を思いだしていた。
――俺がいつでもきみの助けになりたいと思ってることを、覚えていてくれると、うれしい
わたしは周囲に視線を走らせる。お店はこちらとは逆の方向で、かつ迂回をしなければならないコースにある。今はスタート差分のリーチがあるけれど、店まで行くには体力的な面からもかなり難しいだろうとわたしは目算した。
これでもずいぶんましになったんだけどね。わたしはラアルさまに耳打ちするように告げる。
「わたしがおとりになるから、ラアルさまは逃げて。この先の角で別れよう」
あの人たちが用があるのはわたしだ。それにあの様子だと、捕まったらたぶん、ただでは帰してもらえない気がする。そんなことにラアルさまをまきこむわけにはいかなかった。
角が近づいてくる。いくよ、とわたしはラアルさまに合図をした。三、二、一とカウントを始める。「一」でラアルさまの手を放そうとして、だけどラアルさまがするりと指をからめてきた。
「ラアルさま――?」
「見苦しいぞ」
驚いてわたしが振り向いた先、ボン、とごく小規模な爆発の音が往来に響く。わたしたちと男たちの直線上をちょうど二分するように、男の子が立っていた。




