オムライス
ライト捜査官と警察署で話をした。とあるマフィアに妙な動きがあったらしいのだ。もしかすると、ラップ人に組織されたマフィアが魔法使いをあつめているらしくじゅうぶん警戒するようにとのことだった。
最近、いろいろあった影響でユキは風邪をひいた。病院の薬を処方されており、それによってようやく熱はおさまっていた。
マフィアの警戒をおこたってはいけないが、風邪の影響はおおきいものだった。昼間のうちにすでに睡魔に襲われており、自宅マンションに帰ってきたユキはベッドにたおれこむ。
「だいじょうぶなの?」
部屋にはアンバーがひとりだった。アンバーは昼食をつくっているところだった。むかしもアンバーはユキの食事をつくってくれていたらしい。とうぜんそのことをユキは知らないけれど。
「だいじょうぶだよ、熱はさがってるし……」
「そう……」
風邪をひくと、異能力は使いづらかった。頭のなかで想像できないからだ。いま、王狙いの犯人やマフィアが動き出してもユキはすぐには対処できそうにない。
「ま、あんたがピンチのときにはあたしがどうにかしてあげるわよ」
「アンバーにできるの……?」
「すくなくともあんたよりは強いわよ」
それはただのアンバーの強がりだった。アンバーの魔法はそれほど強くない。ユキはそれを知っている。
まあそもそも敵たちがアンバーやシャルナをねらってくることはないのでそこまで警戒するひつようはないのだけれども。
「ねえ、あんたってまえの世界で家族いたわけ?」
アンバーは料理をつくりおわり、それをキッチンに置いたまま、ユキのベッドのそばに座りこんで話しかけてきた。
「いたよ」
とユキはアンバーに返事をかえした。
「どうしてるのよ?」
「生きてると思うけど」
「帰るの?」
「帰れないよ」
「え、もうずっと?」
「うん」
「いいわけ、それで?」
「うん、いいんだ……」
家族は、勉強しろだの友達を作れだのってうるさいから……。
もう、うんざりだったんだ。
「こっちには家族がいないんだし、あんたまちがったことしたんじゃあないかしら」
「でも、ぼくは能力がほしかったんだ。とにかく、なによりも……」
「あ、そう」
「うん……」
「あ、帰ってきた」
がちゃり。
ドアが開いた。
シャルナが帰ってきたのだろう。
アンバーがそっちに向かった。
廊下でなにかを話しはじめた。
べつにユキはそれを気にしたりしなかったがやけに長い話なのですこし気になってくる。
「長いな……」
身をおこし、見てみると、見知らぬ男がひとりで部屋をあがってきていた。
男は、部屋のなかを見回し、それからベッドのユキを見つけると「おまえかああ!」と怒鳴った。
(こ、怖い……)
ユキはビビった。咳が出た。
マスクはつけていたので、男は咳を気にしたりはしなかった。
「おまえがオノデラ・ユキだな!?」
シャルナとアンバーはまだ帰ってこない。ユキはふたりに助けをもとめたかった。
この人、すごく怖いよ……。
「よくも、おれのシャルナをもてあそんでくれたなああ!?」
「え……?」
いったいなんのこと。
「ゆるさん!」
男がユキの首を締めあげようとしてくる。ユキは咳をする。
「あ、風邪か。よし、首絞めはこんどにしてやろう!」
男はそう言って廊下に走っていった。怖いし、変な人だし。なんなんだ、あの人……。
顔はいわゆるビジネスマンのイケメンという感じだった。ほんとうにだれなんだろう。シャルナの知り合いかな。
三人で部屋をあがってくる。
「風邪ひいたの?」
シャルナがユキに聞いてきた。
「うん」
「最強異能力者も病気にかかるってことだね」
ユキは苦笑いを浮かべた。
「あ、オムライスだ!」
男がキッチンに並んでいた皿の料理を見つけて興奮気味に声をあげた。
「おれのぶんもつくって!」
「なんであんたのぶんまでつくんなきゃいけないのよ」
「おれは王だぞ、つくれ、市民!」
「ただのゲームオタクに言われたくないわよ!」
王?
ゲームオタク?
だれなんだ、あの人。
「あ」
とシャルナが思いだしたようにユキに説明した。
「あれ、パパで、この国の王さまだから」
「え!?」
「暗殺されるけどね」
「おれは死なないぞ、シャルナちゃん」
シャルナの父はむすめに振りかえってそう言った。シャルナの父が真面目になるとやはり格好良かった。さっきまでずっと(ユキにたいして)怒っていたのでよくわからなかったが、シャルナの父はかなりのイケメンだ。エルファド人特有の猫顔エルフの頭のキレそうな男性である。
シャルナの父も、シャルナとおなじように髪の毛が紺色だった。短髪で、眼鏡が似合っていた。背がすらりと高く、足が長い。
「ちょ、ちょっと待って!」
ユキは自分が風邪で具合悪いことをすっかりわすれて声をあげた。
「シャルナの父親さんが、なんだって!?」
「だから」
とシャルナが言い、その父が説明した。
「おれがシャルナの父で、そしてこのレジ・トルニコスタ国の王・ダラン・トルニコスタだ。むすめがいつも世話になってるようだな、クソガキ!」
ユキは言葉をうしなった。
とすると、だ。
シャルナの父がこの国の王なら、シャルナは自分の父を始末しようとかんがえていたわけだろうか。
それからダラン王の部下たちであるジェイクやヤマトは本当は敵ではなかったということになるのだろうか。
つまりシャルナがこの国のプリンセスとなるわけだから、その父の部下であるジェイクたちはシャルナの味方というわけだろう?
ならば、なぜユキはジェイクと戦わなければならなかったのか。
まあ、それは仕方がなかったのかもしれない。たがいに敵だと思いこんでいたのだから。
それにしても、そうならないように配慮していなかったその王とプリンセスにはさすがのユキも怒りが湧く。
あやうくユキは殺されるところだったし、そのせいでユキは疲れて風邪をひいたというのに。
まあ悲しいけれど、シャルナのことだからそんなことどうでもよかったのかもしれない……。
がまんするしかない。そういう部分に関しては……。
「結婚するのか?」
ダランが聞いた。
「え、そこまでかんがえてなかったけど」
「じゃあもう付き合っているんだな!?」
「ちょっと待ちなさいよ!」
アンバーがふたりに割って入った。
「ユキはだれとも付き合ってなんかいないわよ……!?」
「まさか、二股をねらっているのか!?」
「そんなわけないじゃない!」
「そ、そうなのか!? おれは何人も妻がいたから……」
「あんたは王さまだからよ!」
「あ、そうなのか」
「そうよ! ユキと王さまをいっしょにするんじゃないわよ。格がちがうわよ、格が!」
「そうか……」
それで納得する王も王である。
「おれが悪かった」
ダランがユキに握手をもとめてくる。ユキはなんだかよくわからないまま握手する。
「だがむすめはわたさん」
とダランはユキの手をたたくように離してきた。良い父親なのだろう。だがユキにはどうしても良い王さまには思えないのだった……。良い父でも、良い王さまには……。
「というわけだから、おれのことをまもってもらうぞ、オノデラ・ユキ」
こうしてユキはようやく本物の使命というものを託されたのだった。
異世界の、一国の王により。
「ねえ、パパ」
「なんだ?」
「ここにいたら、バレるよね。良いの?」
「ヤマトがどうにかしてくれる」
エルール・ヤマトのことか。
「無論、戦うというのならこっちも本気を出さなければならない。こっちが徹底的にならなければ、むこうは攻撃をやめないからな」
「なるほどね」
「戦争になるわけ……?」
「市民は巻きこまないようにする、安心しろ」
「たのんだわよ」
「ああ、まかせろ。アンバーはシャルナちゃんといっしょにユキにまもってもらえ。それがユキの最大の役目だ。おれはな、自分のいのちよりも、シャルナちゃんのいのちのほうが大事なんだ!」
「あ、そう……」
「ユキはジェイクを始末できなかったんだろう?」
「うん、そうだね」
「だったら、だれかをまもることしかできない。ユキにはそれを徹底的にまっとうしてもらう」
ユキはまったくそのとおりだ、と思った。
自分には他人を殺せるだけの勇気がない。
いやそれは勇気では語ってはいけない問題だけど。
とにかくダラン王の言うとおりなのだろうと思う。
自分は、だれかをまもることしかできない。
ダラン王は、すでにユキという人間のことをよくわかっているのだ。
「しょうがないから、相手の人間と話をしてみるとする。それでどうなるかはわからないがな」
「わかった。がんばってね、パパ」
「ああ」
それから最後にダラン王はこう言った。
「能力に期待してシャルナちゃんの護衛をたのんだが、結婚をゆるしたわけじゃあないからな、オノデラ・ユキ!」
「わ、わかりました……」
ユキはやはりシャルナの父が苦手だった。