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火の魔法使い

 背後を取られた。

 かすかにでも動けば刺されてしまいそうな緊迫感をおぼえた。

 男が言った。

「勝負はついた」

 まるで男はいままでずっとユキとジェイクの戦いをながめていたかのような口調で言った。

「ジェイク、おまえの負けだ」

「おい……!」

 ジェイクは痺れた身体を無理やりおこそうとしてふたたびたおれた。

「この少年のほうがおまえよりも強かった。それだけでじゅうぶんだ。殺しあうことはない」

「こいつは王狙いの犯人かもしれねえんだぞ……!」

 ジェイクは必死に声を振りしぼってうったえた。

「いや、こいつは犯人じゃあない」

「なんで、わかるんだよ……!?」

「この少年に、人殺しはできない」

「またてめえの火がそううったえかけてるとか言うのか……!?」

「そうだ」

 男は気恥ずかしさなど微塵も感じさせないような口調で言った。

「……っち」

 ジェイクは舌打ちした。ビルの隙間の青空を見あげた。

「少年」

 男が聞いた。

 ユキはうしろを振りかえられなかった。怖かったのだ。目のまえでたおれているジェイクには感じることのなかった恐怖をいま、ユキは背後の男に感じていた。

「神話のなかに異能力というものが存在する。まさにおまえはそのちからの持ち主というわけなのだろう。だが、犯人じゃあない。犯人じゃあない人間に用はない。おれたちはマフィアと王狙いの犯人にしか用はない」

 男はみずからの名前を口にした。男の名前は『エルール・ヤマト』と言った。

「おれはエルファド人で、火の魔法使いだ。火の存在が、おれにさまざまなことをおしえてくれる。ゆえに、おまえが犯人ではないことはわかっていた」

 ヤマトはユキが犯人ではないことを知りながらジェイクとの戦いをとめなかったのだろう。理由はわからないが。

「おれたちは、ダラン王の兵士だ。この街の治安をまもっている。おまえがジェイクを殺さないことはわかっているが、もしもおれたちに歯向かうようなことがあれば、つぎは容赦しないぞ。おまえを殺す」

 ヤマトはそれだけを言いのこし、ジェイクをかついで去っていった。


 ユキはしばらく、その場を動けなかった。

 胸のなかに火が生まれていることに気がついた。

 ヤマトが触れた火が、ユキのなかでまだ存在していることを明らかにしていた。

 ヤマトはユキのなかの火を調べたのだ。

 魔法使いというものはそういう人たちのことを言うのかもしれない。

 異能力者は自然的超能力は使えても、その自然的超能力と共存することはできない。

 だが、彼ら魔法使いたちはその自然的エネルギーと共存することができる。

 いまのヤマトやシャルナがその良い例だろう。

 彼らは自然的エネルギーと、つねに共に在る。


 もしもヤマトが攻撃してくるようなら、ユキはそれに反撃していただろう。

 勝敗はわからないが、もしも勝っていても、ユキはそのままマンションに帰宅することができなかったはずだ。

 あの場にヤマトという男がやってきてくれたおかげで、ユキは帰宅することができる。

 ヤマトたちが襲ってこないということをおしえてくれなかれば、ユキはシャルナたちのもとに帰ることができなかっただろう。


 マンションの部屋へ帰ってみると、ふたりは目を覚ましていた。

 アンバーがひとりで朝食の準備をおこなっていた。

 シャルナのほうはぼうっとテレビをながめていた。

 帰ってこられた。

 ふたりのもとに。

 それがうれしかった。

「もう約束やぶったわけ!?」

 ユキが帰ってきたことを知ったアンバーがエプロン姿で駆けてきてそう怒った。フライパンが火に熱せられたままだった。じゅうううと音をたてている。

「ごめん……」

「再会したばかりだったのに、あんた馬鹿じゃないの!?」

 ユキはトンカチで頭をたたかれた気持ちだった。

「どうやら、わたしはだれかに騙されているのかも」

 シャルナがつぶやいた。

 ふたりでシャルナに振りかえった。

 シャルナもふたりを振りかえって、言った。

「王狙いの犯人か。どこかでだれかが陰謀を仕掛けた恐れがあるね……」

「陰謀?」

 アンバーは首をかしげた。

「こげるよ、目玉焼き!」

 シャルナが声をあげた。

「あっ!」

 アンバーは急いでキッチンにもどった。

「つまり、王狙いに失敗した犯人が、こんどはわたしたちのいのちをねらってくるかもしれないってことかも」

「え」

 ユキは意味がわからなかった。

「犯人が、ユキにバレていないと思っているとは思えないから。もうすでになにかの手を打った可能性がある」

「ぼくが、ヤマトさんたちと話したことを、その犯人がすでに勘づいているってこと……?」

「そういうこと」

「そんな……」

「しょうがないよ、はじめからそのつもりで仕掛けたんだと思うし」

「だれなんだろう、その犯人って……」

「さあ。わたしの風でもわからないから、そればかりはほんとに捜しようがない……」

「はめられたってわけ?」

 アンバーが聞いた。

 テーブルに目玉焼きの皿を運んできた。皿のうえには三つの黄色い目玉が並んでいた。アンバーはソースらしきものをそれにぶっかけた。

「うん、たぶん」

「なんでめんどくさいことするのよ!」

 アンバーがユキを怒ってきた。

「ええ、ぼくのせい……!?」

「あんたのせいでしょ!」

「そんなあ……」

「まあ、すぐになにかしてくることはないんじゃないかな」

 シャルナは冷静だった。

「そうだといいわね!」

 アンバーは怒っていた。ユキはショックを受けていた。

「でも、そうかんたんに手は出せないと思う」

「まあね。ユキの能力があれば鉄壁よ」

「うん。わたしたちはのんびりしててもいいかも」

「あたりまえじゃない、戦いなんかに巻きこまれたくないわよ。戦うのはユキひとりだけでじゅうぶんよ。あたしたちは平和に暮らすわよ?」

「え、それちょっとひどくない……?」

「だって、あんたは戦うための能力者なんだからあたりまえじゃない」

「昨日まで戦わないでって言っておきながら……」

「もう、どうしようもないわよ。あんたが戦いを仕掛けちゃったんだもの。あんたのせいでしょ」

「ぼくのせい……」

「そうよ。なに、まさかあたしのせいだって言いたいわけ?」

「そんなことは言ってない……」

 なんだかいまの深刻な状況とはまったくの別問題なのだけども、とユキは考えこむ。このふたりはエルファド人なのに他人の世話をするのが苦手だ。すくなくとも自分への世話の仕方はとんでもなく下手だ。いや、もちろん、ふたりの世話を受けたいなんてユキは微塵も思っていないけれど。ただ、エルファド人ならもっと上品に他人の世話をしてもいいのではないだろうか。まあ、もしかするといまのふたりはふたりなりに自分の世話をおこなっているつもりなのかもしれないが……。

「ま、とりあえず、あんたはさかなね」

「さかな?」

「犯人に泳がされていなさい」

「どうして?」

 ユキはすこしムスッとした。

「もしもダラン王の仕業ではないんだったらその犯人がすべての元凶ってわけでしょ?」

「そもそもぼくはダラン王がなにをやってるのか知らないんだけど」

「虐殺、売春、麻薬密売、武器密売、マネーロンダリング。マフィア関係のことをやってるってうわさよ」

「ひどいね」

「そうよ、だからみんな殺したいと思ってるんじゃない。そもそもこの街のマフィアどもも王の手下で、王の兵士たちと戦わせているのは演技だとも言われているわ。そこのところの問題がいま、おこってるんじゃない。あんた、馬鹿?」

「知らなかったんだからしょうがないでしょ!」

「なんで転生されてきてんのよ、もとのユキだったらちゃっちゃとおわらせられたんじゃないかしら……」

「ひどいなあ、アンバーは!」

「とにかく、レジ街のマフィアどももぜんいんクズだけど、その元凶はもっとクズってわけ。もしもユキが本気で戦うつもりなら、その元凶の最大のクズを始末することね」

 ユキはかんがえこんだ。もしも本当にこの街でそんなことがおこっているなら、たしかにとめなければならない。自分にはちからがある。そのちからの利用価値はそういった部分にあるのではないだろうか。

「アンバーって他人の世話できないタイプ?」

「え、あたし、世話上手よ?」

 ま、まあ、こっちにもいろいろ問題があるけれど。

 ユキはとにかくこのレジ街の闇についてもっと知りたいと思った。

「ゆ、ユキはあたしに世話されてうれしいのよね……?」

「え、うれしくないよ。というか、いつ世話されたの?」

「は?」

 ユキはアンバーになぐられた。傷ついた頬の傷口にパンチが炸裂する。

「っ! 痛いな、もう! 怪我してるんだよ!?」

「もう世話してあげないんだから!」

「だから、いつ世話されたんだよ、アンバーから!」

 アンバーの追加パンチをもらった。ユキはしばらく床にぶっ倒れていた。

「世話上手だね、アンバー」

 シャルナが言った。

「え、ほんと?」

 アンバーは真に受けた。

「うん、ほんと」

 やめてくれ。

 シャルナ、ウソをつかないでくれ……。


 ……ああ、そうか。

 もしかしたら、こっちの問題のほうがおおきいかもしれないな。


 ユキは、真剣にそう思いはじめた。


「なぐればいいのね、なぐれば!」

「うん」


 ……帰ってこなければよかったかも。


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