出会い
休日。
この世界でも、この国でも、土曜日と日曜日があった。その二日間は、学校がやすみだった。ユキは、休日と知ると、ひとりで街へ出た。シャルナはベッドで眠っていて、アンバーも床の布団で眠っていた。ふたりには、気づかれないように(気づかれるとついてくるだろう)ユキは部屋を出た。朝早く街中に出てきてしまったせいで、商店はまだ開店前だった。でも、ひとりで外に出てきたかった。この街に、この世界に、ひとりで触れてみたかった。そんな時間がほしかった。
学校にいても、だれかがいっしょにいる時間が長くなっていた。ユキは、それを嫌いはじめていた。この異世界には友達がほしくてやってきたけれどそれは案外、むずかしい問題だと痛感した。
もしかすると自分にはひとりというのがいちばんあっているのかもしれない。そんなふうに思うこともあった。
でも、シャルナやアンバーとはこれからも良い関係でいられそうな気がしている。それはおそらくほんとうだろうと思う。
だけど、ほかの生徒たちとはこれからもうまくやっていける自信はない。しかし、悪い関係になるつもりもない。みんなとはきっと良い関係でいられるはずだった。
おおくの人たちと短時間で関わるというのはそれなりに疲れることだとユキは知った。
ユキは、昔の地球でそれに気づけなかった。
友達をつくるというのはむずかしいことだし、ましてや恋人をつくるというのはもっとむずかしいことだろう。でも、いまのまま日々がすすんでくれたらユキはそれ以上にうれしいことはないのだった。
早朝の駅前は、まだ人がすくない。首都・ノバヤゼムリヤはみんながレジ街と呼んでいる街のことだ。学校のみんなもシャルナもそう呼んでいるのでユキもこの街をレジ街と呼ぶようにしている。
トルニコスタ駅の周辺はエア・カーの飛行のできない区域だった。まず道路というものが存在しないのだ。ダラン王が過去につくりあげた仕組みだった。駅には鉄道が走った。だがエア・カーは飛ばない。王はそういった古風な雰囲気を街の中心部分に残しておきたかったのだそうだ。複雑だけど、ユキはそこに共感した。
あたらしい建物が建ちならんでいたり、古い建物が建ちならんでいたりしていた。それもまた王の意向だった。それこそが街の希望になると王は語っていた。
(ひとりぼっちが嫌だった)
ずっとひとりぼっちで生きていくようなら、子のつくれない身体となってもいいから、異能力を手に入れてひとりぼっちではない人生をおくりたかった。
そんな自分に仲の良くなれそうな友達たちができた。
(シャルナとアンバーは本当にぼくのことをよく理解してくれている。それがうれしい……)
おそらく自分は他人に強く共感してもらいたかったのだ。
(たとえシャルナがダラン王の始末についてのかんがえかたを変えないようでも、ぼくはきっとそうするかもしれない……)
だからこそシャルナがかんがえていることをユキは実行しなければならなかった。シャルナがほんとうにダラン王を殺そうとかんがえているのだとしたらユキはそうするつもりだった。
異世界へ旅立ったことで、他人を殺すということに関して罪悪をあまり感じなくなっていた。いまなら、ほんとうに人間を殺すことができてしまうかもしれなかった。
(でも、人は殺してはいけない。それは、アンバーもそう思っているし、もちろんぼくだってそう思っている……)
そもそも、人のいのちにはどれほどの価値があるのか。
いや、そういうことはかんがえないようにしておこう。
なぜなら、それは神のみぞ知る答えであり、人間である自分には到底、わかりようのない答えだからだ。
殺してはいけない。
それは絶対的な法則なのだ。
でもシャルナをうしなうくらいなら殺してもいいかもしれない、と思った。
もしもシャルナの身に危険がせまったらユキはそれを全力でまもろうとするかもしれない。
恋心ではない。
それはもうユキの精神には存在しない感情だ。
それは共感者への感動だろう。
ユキはシャルナに感動している。
彼女は自分のことを思ってくれている。
それがユキにとってなによりの勇気となるのだ。
ユキは自分でもそう自覚していた。
これからの未来のことはなにもかんがえていない。ユキはいまをたのしんで生きていければそれでいいと思っている。そんなことをかんがえながら早朝の街を歩いていると、ふと空をなにかが降った。ロボットにも、ミスがおこる。だがそれは人間とちがって故障という場合にのみだ。ビルの窓拭きをおこなっていた一台のロボットがモップらしきものを落下した。それがちょうど少女の頭に落ちていこうとしていた。ユキはとっさに数十メートル先のその少女のもとへと瞬間移動した。
やはりそれはモップだった。水が湿っていて地面に落下するとおおきな音を立てた。
「あぶなかったね」
ユキはちいさな少女を地面におろした。
「おちてきたの?」
少女はなにがおこったのかわかっていない顔を見せてくる。
「ぶつかるところだったかもしれない」
ユキは硬い表情でそう説明した。
「そっか」
少女はそう返事をかえして走り去っていった。おそらくモップが頭に降ってきていたことに疑問をいだいたのだろう。ほんとうに降ってきたのかなと。
(まあ、無事でよかった……)
少女に嫌われたみたいでちょっとショックだったけどユキはその反面、ホッとしていた。少女に怪我がなくてほんとうによかった。
「……きえた?」
そのときふと男の声が聞こえてきてユキはハッとうしろを振りかえった。そこには黒いローブを来たひとりの男が立っていた。ビルとビルのあいだの路地裏のそのビルの影のなかに男は立っていた。ローブのフードの下は、若い金髪の男の顔に見えた。
「なんだ、いま、なにをした……?」
ユキはこれは非常にまずいと思った。相手は治安活動家の人間だ。しかもロボットではない。治安活動家に人間がいることは話には聞いていた。治安活動家の人間たちはみんな魔法使いで王直属の兵士たちだとシャルナが言っていた。
「だれなんだ、おまえは……」
ユキは男と向かいあった。
「このレジ街に敵がひそんでいるといううわさがある。おまえがその敵か……? 王の敵になる人間はぜんいん、始末しなくちゃあならねえ。おまえはおれたちの敵なのか、それとも敵じゃあないただの一般市民なのか……?」
ユキは男の問いに答えられなかった。
「答えねえと、始末するしかねえぞ。そういう命令なんだ」
「ぼくは……」
「わかるだろう?」
男が凄くように言う。
男はユキを警戒していたのだ。
どんな事情があるかはわからないが。
ユキのことを敵だと思いこんでいるのだ。
ゆえにユキも男を警戒した。
攻撃されるかもしれない。
それは不安で仕方がなかった。
「王の存在がゆらぐようなことになっちまうのは、やっぱりまずいことなんだ。国全体の治安にひびく」
「王の暴走が……」
「王の暴走?」
男は首をかしげた。
「シャルナたちが言ってた……」
「シャルナ、だれだそいつ?」
男はシャルナを知らない――。
「犯人は、男だってうわさだ。だが、少年じゃあねえだろうな。おまえじゃあないと思うが、おまえの可能性もある。さっきのあの魔法、気になるしよお。なあ、なんの魔法なんだ、さっきのあれは?」
ユキは答えられなかった。テレポーテーションは魔法ではない。異能力だからだ。
「犯人は」
と男は繰りかえして言った。
「妙な魔法を使う、って言うんだよなあ……」
自分はその犯人などではない。それはユキははっきりと言えることだった。しかし否定することもできない。ユキは怖くてなにも口に出して言えない。
ふと、目のなかに光が走る。男に向かってそれが飛んだ。強い電気だ。ユキはいっさいそんなイメージを頭のなかで浮かべていない。突然、飛んだのだ。無意識のうちに。いや自分ではない。それは自分ではないほかの電気だ。
「やっぱり、てめえか……ッ!」
男が、電気を両腕でガードしてそれからユキを睨みつけてきた。ユキは思わず逃げ出した。
ひたすら、逃げ回った。異能力を使わずに、走り逃げ回った。
異能力を、男に見られてはいけないと思った。
逆に、男のほうは魔法を使ってきた。男は、風の魔法を得意としているのだろう。それをみずからの肉体に纏い、身を軽くし素早く追いかけてきた。
ユキはあっという間に男に追い詰められた。
「おい、なんで逃げた?」
男は疲れていなかった。だがユキのほうはすでに疲れ切っていた。
相当の距離を走って逃げてきた。それは男のほうがあえてユキのことを走らせていたのではないだろうか。なにかを確かめるかのように――。
「ぼくは、犯人じゃあない……」
ユキはそこでようやくそう訴えることができた。
だが、
「いや、てめえで決まった」
ユキは頭のなかが真っ白になった。
ぼくじゃあないのに!
もう思考はうまく回ってくれなかった。
どう訴えかければわかってもらえるのかぜんぜんわからない……。
「さっきのあれはテレポーテーションだ。そんなものはこの世に存在しねえ。つまりてめえが犯人だ」
それは男の勝手な推測だった。
でも、ユキが犯人かもしれないという理由はそのテレポーテーションというワードのなかにじゅうぶんに存在していたのかもしれない。
「いまから、てめえを始末する。この国に危険なヤツがいてもらっちゃあこまるんだ。おれたちはこの国の治安をまもらねえといけねえ。ついてることに、いまは早朝だ。ほかの市民はだれも見てねえ。だれかに見られちゃあこまるんだよ。市民は、いつも怖がるだろう? 国の安全ってのは、気づかれねえうちにまもっていかねえといけねえんだ」
男が右手のなかに風を起こした。
「おれの名前はジェイク・オルバートロン。おまえの名前は?」
「ユキ……。小野寺ユキ……」
「そうか、ありがとよ。おぼえたぜ、その名前」
そうやってジェイクはあえて名前を告白し、その後、相手を殺したことの罪悪感を永延に自分のなかに残しておこうとしているかのようだった。
まるで男のほうが正義の味方だった。
まるでユキのほうが悪人のようだった。
――死ねば彼女たちをまもることはできなくなるぞ。
ユキの頭のなかに神の声が聞こえてきた。
「でも……」
――殺すことはせずとも、その男をとめることはできるだろう?
たしかにそうかもしれない。
殺すことをしなくても、とめることは可能かもしれない。
電気がある。
そのイメージがいまは頭のなかに浮かんでいる。
さっきまではなかったそのイメージが。
とめればいいんだ、その動きを。
だが、そうとわかってもユキには足りないものが存在していた。
勇気だ。
ユキはいつも勇気に欠けていた。
前へ一歩、踏み出す。
その勇気に。
「……やるよ。やってやる。傲慢だけど、ぼくはシャルナともうすこしいっしょにいたいんだ」
だが、いまのユキには思うものがあった。
それがユキに勇気を持たせた。
神の声が聞こえなくなった。
ユキの決意は固まった。
「なにをぶつぶつ言ってやがる」
「ぼくは殺さない」
「は?」
「殺されないし、殺さない」
「ああ、そうかい」
「戦わなくちゃあいけない。アンバーには悪いけど、やるしかないんだよ」
「やれよ、てめえも魔法使いだろう?」
男が言ったその言葉に、ユキは反論した。
「ちがう、ぼくは異能力者だ!」
「異能力者……?」
「もうぼくはまよわない。すくなくとも、いまだけは!」
ユキは、前へ一歩、踏み出した。
踏み出し、瞬間移動した。
男のふところに入る。
男の腹部にユキは両手をそっと添えて電撃を走らせる。
「ああああああああああああああ!」
男が感電する。
ガードしていなければもう立ちあがることのできない電力だ。
だが、男は地面に膝をつくとすぐに両手で身体をささえた。
「電撃、か……」
男はゆっくりと立ちあがる。
ユキは驚いた。
「風を、舐めるな、よ……」
ふと木の葉が舞いあがるのを見た。
男の周囲の風の様子がすこしちがった。
その風は身体の移動速度を増すだけのものとはちがっていた。
男はみずからの肉体に微量の空気を纏わせていて、それが周囲の状況把握の役割を果たしていたのだ。
つまり男はユキの電撃を寸前のところで避けていたというわけだ。
こまかいことはユキにはわからない。
だからそういう細部の部分のことはいまはかんがえてはならない。
いま、そういうことをかんがえてしまっていたらきっと男に殺されてしまうだろう。
ユキは細部は捨てた。
とにかく男に向かって突進を繰りかえした。
ユキはなんども電撃を放った。
避けられても避けられてもなんどでもあきらめることなく。
はじめの数回はヒットした。
だがやがてユキの腕は男に届かなくなる。
「あまいな、経験が浅い……!」
男が接近してくる。
ユキはそのことに直前まで気づけなかった。
男が片手でユキの口を塞いできた。
口のなかで風を起こされた。
ユキは呼吸ができなくなった。
風を吸いこめばあっという間に窒息するだろう。
ユキは息を止めた。
だが、ほんの数秒もしないうちに意識は朦朧としていった。
ユキには弱点があった。
体力だ。
異能力はイメージさえあればなんどでも発動できる。
だが行動を続けるかぎり、ユキの体力は減り続ける。
口のなかの空気が風船のように膨らんでいく。
ユキは頭のなかにかすかなイメージをおこす。
気づくと、空中に浮かんでいた。
瞬間移動に成功したのだ。
「逃げたか」
空を飛ぶことはできない。ユキは地面におちはじめる。そのあいだに呼吸をただそうとする。肺に空気が入りこむ。だが呼吸は荒いままだった。
かんぜんにユキは疲労していた。走って逃げることはできないし、異能力のイメージもどこまで続くかわからない。
とにかく、頭のなかを整理するしかない。イメージはすくないほうがいい。テレポーテーションと電撃のイメージだけを頭のなかに残すのだ。
だいじょうぶ、ぼくならできる。
そう信じるしかない――。
電気というものは特定の場所にしか飛ばない。たとえば雷が樹木におちたりするように。ユキはそれはちゃんと理解していた。つまり電気を飛ばすにはそれをテレポーテーションすればいいわけだ。
ジェイクの胸部に電撃をぶつけた。ユキは手のなかで電気をイメージしてつくりあげ、それをテレポーテーションで飛ばしたのだ。
「たったいま、おぼえたって感じだな……!?」
「死ぬわけにはいかないんだ……!」
その攻撃の連続は想像以上に通用した。ジェイクの魔法は風のみだった。それのみに特化することでその能力を最大限に引き出そうとしているのだろう。
魔法の原理をユキは知らないがジェイクは近接攻撃をあきらめた。
それはユキの遠距離攻撃が相当、効いていたことを意味する。
ジェイクは強風を放った。
周囲の塵ゴミをかき集め、ユキの視界を逃れた。
ジェイクの身体は竜巻のなかに消えた。
だがユキは一歩、前へ踏み出した。
このままジェイクを見失えばさらに危険が迫る可能性があると判断したのだ。
竜巻に電気を飛ばしてぶつけて効果があるのかいまのユキにはわからなかった。
だからユキは突進した。
「うおおおおおおおおおおおおおおお――――――ッッ!!」
竜巻のなかに入りこんだ。ユキの頬が塵ゴミで傷つけられた。赤い血が飛んだ。だがそれでもユキは止まらない。身体が宙に浮かぶ。髪の毛と服が逆立つ。それでも前へ行こうとする。無我夢中に。それだけをかんがえている。そしてユキはジェイクを捉えた。テレポーテーションし、思いきり頬を殴り抜く。
一瞬の気の迷いが、ジェイクの竜巻を消滅させる。ジェイクは地面にたおれた。
「ぼくは犯人でも敵でもない……」
傷ついた顔のユキは、ジェイクの胸部に右手を置いた。電撃を、放つ。




