(107)ガンブレイズはなかまをよんだ!
「異議あり」
俺が先輩の装備を奪い、デスペナルティデュエルが終了した時、西川先輩が異を唱えてきた。
「え?」
異議あり……?
まさか、反対だって言ったのか?
「今奪った装備は、Baraに返せ、レオ」
聞き違いじゃあなかった。
「そうでなければ、今お前を、この場で殺す。 ……そうだな、バストーク?」
「ああ、そうだ。 今の俺たちは、デジ研部員じゃなく、このゲームの1アクティブユーザーだ。 だから、お前の理屈は通らない」
「……先輩の割には、随分と勝手なことを言うもんだな」
デュエル中に、睡眠状態から回復していた龍真が、先輩の悪態を酷評した。
「先輩……!」
「装備を返せ、レオ! 俺たちがその装備を集めるために、どれだけの時間と金をつぎ込んだか、分かってるのか!?」
どこかで聞いたようなその発言に、俺は軽い目眩を覚えた。
金の魔力の前には、デジ研で遊んだ思い出や、その中で教えられた事なんて、最初から無かったも同然……そう言われた気がして。
一時期は、ポリシーを持ってゲームをやってる先輩方を、カッコいいとすら思っていたのに。
バカだ、俺は……。
そして、先輩方も……。
「それで……どうするんですか? 俺と戦うんですか?」
俺は悲しみからの怒りに駆られ、そう凄んで見せたが、
「ああ、戦わせてもらう。 だけど、俺たちを相手にして、まともに戦えると思うなよ」
「ヤツフネ、気は進まないだろうが、手伝ってくれ! 頼む!」
なんと、西川先輩と東先輩は恥もプライドもなく、援軍を求めた。
「断る、と言っただろう? 身内のもめ事は各方で処理されよ」
「金は払う! 俺たちには、Baraの力が必要なんだ!」
「そうだ、頼むヤツフネ!」
「……拙者の用心棒代は高いぞ」
「構わん! そっちの方が遙かに得だ!」
「助かる!」
数の力でハメ倒すことに、もうプライドも何もないのか。
それでも、デジ研部員なのかよ……!!
「先輩……!!」
俺が一歩足を前に踏み出したところで、
「レオ、撤退だ!! 他のギルドメンバーが集まってきている! 彼らの中の誰かが、援軍を呼んでるぞ!!」
龍真が、突如そんな事を叫んだ。
……えっ!?
そういや確かに、屋上にも連中の仲間は居た。
迷宮の他の場所で陣取ってる奴も居るだろう。
なら、あの戦うそぶりは「見せかけ」……だったのか?
いや、違う。 彼らじゃない。
そうか、南原先輩が呼んだのか!!
「『ハイドローブ』を使え! 逃げるぞ、レオ!」
「わ、分かった!」
もう既に、広間には仲間達が合図を受けて続々と集合しつつある。
俺たち二人は「ハイドローブ」を使って透明になり、
「こっちだ! 一旦、迷宮の外に出るぞ!」
龍真に指示されるがまま、行動を開始した。
「逃がすなッ!」
「おい、迷宮の出口を封鎖しろっ! 近くのもだ!」
「……おい、連中は、どこ行った?」
「何で反応がない? どこに逃げられた?」
「誰か、迷宮の外に出て確認しろ!」
「ちゃんと、出口は塞いだのか?」
「塞いでるよ!」
「全員、『レオ』を探せ! スリーマンセルで行動しろよ!」
最終的に、入り口広場前に集まったPK集団「クリーピング・コインズ」は、最終的に10人以上にもなった。
「(……おい、バール。 マジで、こんなやり方で大丈夫なんだな、すげえな)」
「(ああ。 リスクの高い行動の裏側が、逆に安全なのさ)」
実は俺たちは、透明になった状態で、部屋の中にそのまま動かず待機していた。 もちろん、龍真の指示だ。
ダンジョンの中では、透明になっていても、足音はするらしい。
連中も、それを知っているはずだから、聞き耳を立てて俺たちを探しているはず。
だが連中と一緒に行動すれば、足音は混ざって分からない。
それに、逃げ出したはずの俺たちが、実は逃げずに敵のすぐ側に居るなど、普通は考えない。
「逃げるぞ、レオ!」と、バールがノーマルチャットを使って叫んだのはハッタリ、敵の心理的な盲点を付いた作戦だった。
連中は俺たちを探しているが、当然見つからない。
何せすぐ側に居るんだから。
「誰か、『エルキッド』に連絡しろ! 奴の魔法で探し出してもらえ!」
……!!
それを聞いて、俺の全身から一気に冷や汗が吹き出すが、
「ダメだ! 奴にも分からないらしい! ハイドローブを使って透明になってる間は、追えない仕様になってるってよ! くそっ、金の無駄だったぜ!」
そんな返事が返ってきたので、安堵のため息をついた。
「おいレオ、どうしたそのため息。 まさか、本当にエルキッドは、他人の居場所を把握できるのか?」
「ああ、そうなんだ。 奴は『リコネッサンス・オービター』っていう、他プレイヤーの位置を特定できる魔法を持ってる。 一瞬焦ったけど、助かった」
「それは……。 位置を特定できる、か」
その後、龍真は「なら、バトルの時には……」と小さく呟いたが、俺は目の前の趨勢がどうなるのか気が気でなくて、その言葉を吟味する気にはなれなかった。
連中は、俺たちが広場には居ないものと思い始めたようで、徐々に捜索の網を広げ始める。
俺たちはそのうちの1グループを見定め、その後についていって待避する事にした。
「見つからねぇなぁ、くそ!」
俺たちが後を追う連中が、イラだつ様子を見せて、そこかしこに投石を仕掛ける。
「何やってんだ、あれ?」
「あれはな、ハイドローブで隠れている僕らにダメージを与えて、なんとか見つけようとしてるんだよ」
もちろん俺たちは、シングルチャットで会話をしているし、距離を取りつつ壁に隠れながら後を付けているので、不意の投石に当たったりなんてしない。
「スクロール! スイーブル・エタンセル!」
突如、敵の一人がじれたように、広範囲の炎攻撃スクロールを展開する。
広範囲魔法でダメージを与えて見つけだそうという思惑か。
通路があっという間に火の海になるが、もちろんそこに俺たちは居ない。
「畜生、やっぱ居ねぇ!」
「おいおい、スクロールの無駄使いするなよ」
その光景を後ろから見つつ、俺はシングルチャットで龍真に耳打ちした。
「……危ない連中だな」
「ああ。 そろそろ、ここらで離脱しよう。 連中も、他の獲物のことがあるから、僕たちに固執することはないはずだ」
「……だな」
そして龍真の読みどおり、連中は俺たちの捜索を諦め……というより、他の獲物を狩ることに注力するため、持ち場に戻りつつあった。
そうして、俺と龍真は、連中の捜索網から完全離脱。
龍真の策略のおかげで、あの絶対的な窮地を無事に乗り切れた。
「助かったな、レオ!」
「……ああ」
「……どうした? 随分沈んでるみたいだが」
「うん……まぁ……」
さっきの出来事は、予想以上に俺の中で尾を引いていたらしい。
気が抜けたと同時に、どっとやるせない気分が全身に襲いかかってきた。
「……金の魔力の前には、今まで培ってきた友情だなんて無意味だったのか、と思って」
さっきの先輩達の行動。
デジタルメディア研究会での2年間の、大学生活のサークル活動。
先輩方と飯食ったり、思うがままにホビーに興じたり、時には旅行に行ったりとか。
あれの大半が嘘……いや、虚像にすら等しい関係だったなんて……。
「なんだったんだろう、この2年間……。 こんな簡単に、人間関係って、壊れるもんなのかな」
しばらく龍真は黙っていたが、優しく、静かに口を開いた。
「残念だったな。 でも、人間関係を壊すのは確かに利害だよ。 よくある話だ。 気を落とすな」
「バール……」
「再婚して、赤子が邪魔になった途端、殺してしまう親。 遺産相続となった途端、争い続ける兄弟。 悲惨だけど、ありふれた話さ」
「でも……でもさ……」
そして、俺の脳天が揺さぶられるような事を、龍真は言った。
「君の家は、違うのか?」
俺に厳しかった兄。
そして母。
俺を毛嫌いする妹。
理由が何かはもう分かってる。
俺が。
バカだったから。
ゲームばっかりやっていたから。
「違わない。 ……確かに」
こんな奴の面倒を見る家族の胸中は、どんなものだったのだろう。 でも……。
「信じたくないんだ。 俺の家はそうかもしれない。 でも、この世界全てが、全部はそんなんじゃないって……信じたいんだ!」
「……不思議だよな。 君は他人に冷たく扱われても、なお人間の善性を信じていられるんだから。 僕ならとっくに人間不信になってるよ」
「バール……」
俺自身も、確固たるこの気持ちが、どこから来るのかは分からない。
だけど、これを認めてしまう気にはどうしてもなれない。
もしもそれを認めれば、俺の中でこの世界は、本物のクソッタレな世界になってしまうから……。
「でも、狩ろう」
「え?」
「準備しよう。 君の気持ちはどうあれ、今、僕たちがすべき事は、このイベントで他人を踏みにじって勝ち残ること。 そうだな?」
「あ、ああ……」
僕は君に生き残って欲しいから手伝ってるんだぞ、とダメ押しの一言を言われ、さっきのイヤな出来事は心の隅に押しやって、行動を開始する。
「どうやって、相手を狩るんだ?」
「もちろん、宝箱の罠で釣る。 まだ開けられてないものを、罠の宝箱とすりかえる」
「……分かった」
足りないものを奪い合うから、争いは発生する。
その結果、弱者は淘汰される。
……悲しいな。
子供の頃に読んだ本には、そうは書かれていなかったのに。




