(106)アンシーン・エンティティ
「コマンド。 スリープ・クラウド」
誰も居ない迷宮の中で、俺たちを襲う魔法の詠唱が聞こえた。
「ああっ!?」
「何ッ!?」
俺たちは突如現れた、眠りの雲に巻き込まれ、瞬く間にバタバタと倒れる。
そして、闇の中で微かに輝く俺たちのアバター。
……「エネミー・アナライズ」か!?
「何だよ、お前等か……」
俺たちの素性を知ってか、失望した声。
それと共に、その見えない相手は、次々と今まで何も無かった空間から現れた。
……ハイドローブで隠れていたのか!?
でも、この「まきびし」が撒いてある空間じゃ、ダメージを受けて解除されるはずじゃ……?
「しかも何だよ、このクソ装備。 お前、一回誰かに負けてんな」
「その声……まさか!?」
相手のアバター達に次々とフォーカスし、顔ウインドウを確認する。
そこに居たのは、南原先輩こと「Bara」と、西川先輩の「GunーBlaze」、東先輩の「バストーク」、そして、両手剣使いの侍アバター「ヤツフネ」。
PK集団「クリーピング・コインズ」に加入している、デジタル研究会の先輩たちだった。
「……そうか、『まきびし』でハイドローブはないものと思わせておいて、自分達は魔法『レビテーション』で浮いていたのか」
龍真が、先輩方が突如現れた謎に、合点が言ったという口調で呟いた。
「そういうことだよ」
そして、それを「レビテーション」の所有者である、西川先輩が肯定した。
……なんて、周到な罠。
俺は内心で歯がみした。
これは、前回のイベントで参加したベテランを騙すための罠。
校庭に残っていた連中がベテランだと知っている彼らは、前回イベントの知識を再利用して罠を仕掛けてきた。
ルーキーよりも、ベテランを罠に掛けた方が儲かる、という見込みで。
「殺してしまうのか、Bara」
「しょうがないですよ、資材がもったいないし」
そう言って、南原先輩のアバターが一歩前に出たその瞬間、
「……待って下さい!」
俺のアバター「レオ」は、眠りの雲を自力で破り、目を覚ました。
「おいレオ。 お前、今何をした?」
その質問に、俺は内心で肝を冷やした。
俺の秘中の秘である、鶴羽先輩が授けてくれた剣技。
そのうちの一つを使って、眠りの状態異常を破ったのだが、いささか早すぎたか。
「それよりも、お願いがあるんです! なん……『Bara』さん」
「お願い? 何だよ、レオ」
「俺、今日のイベントに参加した理由は、戦わなきゃいけない相手が居るからなんです。 お願いですから、手を引いて下さい……!」
「戦わなきゃいけない相手? ……って、誰だよ?」
俺は唾を飲み込み、
「ゼファーと……オリオンです……」
そう答えた。
「ふーん……。 その装備で? 勝ち目ねぇだろ」
「勝ち負けは問題じゃないんです! 奴らに一泡吹かせないと、俺の気が済まないんです!」
「意味が分からねぇなぁ……。 わざわざ負ける戦いを挑んで、何か得るものあるか? また負けて、悔しい思いをするだけだと思うがな」
南原先輩はそう答えた。
先輩らしい、利害関係だけを重視した、感情のない返事。
「だからさ、俺たちに素直に倒されろ。 そうすれば諦めもつくだろ?」
だから、最初はその言葉の意味を少し理解しかねたが、
「……自主的にアイテムを全部寄越せ、ってことですよね」
多分こういう意味だろう、と解釈して確認したら、
「もちろんだとも!」
満面の肯定の返事。
心なし、言葉尻も少し楽しそうだった。
ふざけんな、と内心で思った。
絶対的に優位だと思ってる連中は、どんな理不尽な事でも平気で口にする。
「だから、戦いたくないんですって!」
「どっちにせよ、俺たちを倒していく実力がなければ、先には進めないだろ? でも、俺たち4人とお前一人……勝てると思ってんのか?」
「勝ち負けの問題じゃ、ないんですよ!」
状況は圧倒的に不利。
鶴羽先輩から授かったブレードアーツを駆使しても、倒せる状況では……ない。
まして、寝ている龍真を殺されたら、この先の展開で、有効な助言は貰えなくなる。
「俺……ここで負けたら、実家に帰らなくちゃいけないんです!」
戦闘は無理だ。
でも絶対に死ねない。
どうにかして、この先輩に、道を開けてもらわないと。
「実家? どういう事だよ、レオ」
すると、西川先輩が食いつく様子を見せたので、俺は慌てて説明した。
家庭の事情で、家に帰らなければならないこと。
この状況を打破するには、短時間で大金を作らなければならないこと。
そしてその原因を作った、ゼファーとオリオン……。
連中を倒さなくては、死ぬに死ねないこと。
「あははは! それさ、原因はゼファーじゃなくて、お前だろ? 真面目に勉強して、真面目にバイトしてりゃ済む話だったんじゃね?」
「……」
西川先輩の、真っ当な指摘に、俺はぐうの音も出ない。
でも……。
人間は失敗するものなんだ。
人間は誘惑に負けるものなんだ。
むしろ、居るのか?
そんな完璧な人間が。
「……なるほどな、分かった。 まぁ行けよ、レオ。 ここは見逃してやる」
「え?」
「見逃してやるって言ってるんだよ、二度も言わせんな」
「あ、ありがとうございます!!」
まさか、本当に南原先輩が見逃してくれるとは、思ってもいなかった。
「ありがとうございます! 本当に助かります! おい、起きろ、バール!」
「おい、勝手な事をするな、Bara!」
「ヤツフネさん、良いじゃないですか。 こいつらのパラメータ、見たでしょ? 狩っても儲けになりませんし……。 次の獲物を探しましょうよ」
「Bara……! お前……!」
「まぁまぁ……。 というかですね……」
ヤツフネは納得しない様子だったが、南原先輩に何事か言われ、考え直したのか、剣を納めた。
「行けよレオ。 ゼファーに勝てると良いな」
先輩は、俺に先に行くよう促してくれた。
「あ、ありがとうございます!」
「……良かったな、レオ。 話の分かる先輩で。 助かったぞ」
「ああ、本当に良かった、バール」
俺は、寝ているバールをコミュニケートアクションの「キック」で蹴り起こす。
「ちょっと待て、レオ。 地面に散った『まきびし』は回収させてくれ。 もったいないからな」
「あ、はい」
そして、俺達は「まきびし」を拾う南原先輩の前を素通りしようとした。
すると……。
ゲームだと分かっている。
デジタルデータだと分かっている。
だけど、南原先輩のアバターから、猛烈な殺気が噴出したのを、俺は間違いなく感じた。
「!?」
その動物的勘に間違いはなかった。
「Bara」は「レオ」の背中めがけて、一直線に突撃し、切りかかってきたのだ。
俺たちの片手剣が、共に相殺し、そのままブレードアーツの撃ち合いになった。
ガキンガキンと、相殺による剣の火花のエフェクトが散る。
「……先輩!?」
「……なんだよ、レオ。 裏切りやがって」
……!?
「何で、俺の言葉を信じない? 俺を信用しない? そのまま素直に斬られてりゃ、お前はまだ可愛げのある後輩だったのによ……」
「……先輩! これは!?」
「よーく分かった。 お前が、俺をどう思っていたかがな」
デジタルデータで構成された、剣と魔法の迷宮世界。
その中で、その俺たちの隠されていた人間性は、ありありと露呈した。




