(104)背反の摂理
イベント「チョコレートレード」の前に、龍真は瓜生先輩の話をしてきた。
瓜生先輩は、俺たちの高校では不良生徒の頂点に立つ男であり、学園祭で目立ち過ぎた龍真をリンチにかける。
精神的に追い込まれた龍真は俺に助けを求めてきて、それが俺たちが友人になるきっかけだった。
俺のアドバイスを元に、動画撮影という方法で反撃に移る龍真だったが、それは功を奏さず、最終的に警察の介入という方法で幕を閉じる。
瓜生先輩の最後の反撃により、龍真は瀕死の重傷を負うが、引き替えとして先輩は少年院送致となり、院内で首を吊って自殺した。
「礼雄、あの時、お前が言ってくれたこと、覚えてるか?」
「あの時?」
「瓜生先輩が死んだと聞かされて、僕にかけてくれた言葉さ」
……え、何か言ったっけ、俺?
「覚えてないのか!? 全く、お前って奴は……! いや、今のお前を見ていれば、あの時の言葉は、僕への慰めだと分かるんだが。 僕は忘れていないぞ。 お前には感謝してるんだ。 心の底から」
俺は必死で、当時何を言ったか思いだそうとした。
瓜生先輩が自殺した後、俺たちには平和が戻ってくるものと思っていた。
だが、そんな思惑とは裏腹に、まだ龍真には受難が続いた。
龍真の友人は一人もいなくなった事(俺以外)もそうだし、この頃ようやく、俺たちは瓜生先輩の家が学校の有力スポンサーだと知った。
そのため、龍真の内申点や素行評価は最悪に近く、センターと二次試験に手応えはあったはずなのに、龍真は第一希望の帝国大学に行くことは出来なかった。
官僚を夢見ていた龍真の人生もまた、大きく傷つき……あまり偏差値の高いと言えない宇園大学に、俺と共に入学する事になった。
……あ、思い出した!
そう、この時、龍真は、酷く落ち込んでいた。
瓜生先輩を死に追いこんだのは、自分のせいかもしれないとか言っていた。
帝国大学に行けなかったのは、自殺した彼の呪いなのか、と。
そして俺はこう言った、はずだ。
『気にすんな、龍真! 悪いのは瓜生先輩だよ! お前は、降り懸かる火の粉を払っただけさ! そのままだったら、お前が死んでたんだぞ!? 気を強く持てよ! 自分の人生を生きるんだろ!? お前、こんな所で終わる気か!?』
「そうだよ、そう言ってくれたんだ、礼雄」
「ごめん、今思い出した」
「全く……。 だけど、そのおかげで、僕はまた立ち上がれたんだぞ。 君には二度も、人生の危機を救われた。 そのうち一度の自覚はなかったみたいだがな」
「はは……」
「今度は僕が、お前に言う番だ」
龍真は「バールハイト」のアバターを通して、俺に伝えてくれた。
「レオ……。 生きろ。 今を戦って、勝ち抜け。 オリオン達を倒して……未来を手に入れろ」
俺も「レオ」のアバターを通して、龍真に伝えた。
「分かった。 絶対に勝つ」
「僕の前から消えないでくれ。 いつかまた、飯でも食べに行こう」
「ああ」
龍真の気持ちは痛いほどに伝わってきた。
友達って……本当に、ありがたい。
「(そうだよな……今度は、俺の番なんだ。 俺は、俺の未来を……手に入れるんだ……)」
と、改めてそう思ったその時。
「それでは、露天での販売を開始しまぁーす! 準備はよろしいですかぁー!? カウントスタート10秒前ー! 9、8、7……」
「始まったぞ、レオ!」
「分かった、バール!」
イベント開始5分前にして、遂に罠の販売が可能となるアナウンスがあった。
「3、2、1……!」
準備は万全。
俺は完璧なタイミングで画面をタップ。
多分誤差は0.001秒もなかった。
「(……よし!)」
無事、「ハイドローブ」を購入!
アイテムの残数が見る見るうちに減っていくのが視界の隅に入るが、気にせず最速で2つ、3つと購入。
開始3秒も経たずに、自分を透明化できる「ハイドローブ」の残数は0になった。
購入できたのは3つ。
元の数が100だから、まともに戦える有効プレイヤー数は30名前後か。
「レオ、次は罠だ!」
「分かった!」
他の罠の数も、みるみるうちに減っていく。
特に「携帯けむり玉」と「シビレ網」の減り方が早い。
それはすなわち、このイベントの元ネタ「トレジャートレード」の参加者……つまり経験者が少なからず居る、という証左に他ならなかった。
俺は手あたり次第に罠を購入するが、他の連中も早い。
「ああっ!?」
「何で!? 何でこんなにすぐに罠がなくなる!?」
「えっ、もしかして、これ必要なの!?」
「何でみんなこんなに急いでるんだ!?」
何も知らない、情弱の新参プレイヤーが、異常に気づき悲鳴を上げる。
可愛そうだが、こいつらにかける慈悲はない。
戦場に何の心構えもなく、手ぶらで参加する方がどうかしているのだ。
「罠が無くなった!」
「急げ!」
「校舎に行くぞ!」
そして、罠の残数が0になると共に、店頭に群がっていたプレイヤーは、一気にダンジョン……「私立きらめき高校」の中に大挙して飛び込んでいった。
「おいバール、皆がダンジョンに突撃しているぞ! 俺たちも行かなきゃ!」
と、俺は皆に吊られて慌てて出ようとしたが、
「その必要はない! 今回の僕らは、持久戦になる!」
「……え、持久戦? ……って、どういうこと?」
龍真に制止させられた。
「今回のイベントに、先行者利益はない。 つまり、今駆けだしたプレイヤーは、素人側だよ」
まさか、じゃあ、罠を買った連中は……。
こっちの「まだ校庭に残っている方」か?
「そうだ。 あいつらは『罠が買えなかったから、せめて宝だけでも先に確保しよう』という思惑で駆けだしただけだ」
でも、やっぱり先に動いた方が、何かと得なんじゃ……?
「大丈夫だ。 『トレジャートレード』と同じなら、あの中にある宝は、殆ど非消費アイテムだから、必ずプレイヤーの誰かが所持している事になる。 むしろ、それを奪うための戦力の充実が先だ」
それに、と一言置いて、龍真は続けた。
「今は待つんだ。 あの校舎の中で皆がバトルしていくうちに、資材や罠は消費され、プレイヤーも淘汰されていく。 ……レオ」
「何だよ、バール?」
「お前はどっちにせよ、最後には強い相手と戦うつもりなんだろう?」
「……あ、ああ」
「極端な話、最後に残るのが、オリオンという可能性もありえる。 装備を整えよう。 準備するんだ」
「分かった。 ……いや、ちょっと待ってくれ」
「どうした?」
今、龍真からオリオンの名前を聞かされて、唐突に思い出したことがあった。
俺はシステムタブから、有料メール欄を開く。
今まで出会ったプレイヤー名が一覧となって記載されているので、ゲームにログインしているなら、それで状況が分かる。
「(オリオンは……)」
「……居た。 しかも、全員参加してやがる」
メール欄を確認すると、オリオンはもちろん、ミルフィーユ、フィールドマウス、そしてゼファー。
連中の名前の前には、参加を示すランプが点灯していた。
「そうか。 じゃあ連中も、この『チョコレートレード』を、デスバトルイベントとして認識しているということか」
龍真は、「今日はバレンタインデーなのにな」と、俺と同じ意見を口にした。
恋人同士と過ごしたいはずのバレンタインデーに、わざわざゲーム。 しかも、全員揃って。
「これは、誰かにイベントの内容を聞いた可能性が高いな」
「……多分、あいつだろうな」
龍真の推論を聞いて、俺の脳裏に、すぐさまエルキッドのピエロ顔が浮かぶ。
俺の目は、メール一覧の中から、エルキッドの名前を探した。
「やっぱり参加してやがる……」
エルキッドは、(当然といえば当然なのだが)このイベントにも参加していた。
他にも、気になる連中のログイン状況を確認。
南原先輩……参加。
キリエとアマダム……参加。
ヤツフネ……参加。
ムラサメは……不参加。
ルナは……やっぱり不参加。
PKプレイヤー、リアルのバレンタインイベントに縁薄そうな奴は全員参加していた。
「なぁ、龍真、このイベントで死んだらどうなるんだ?」
「このバトルでは、普通に死亡宣告を受けて教会行き、そしてイベント失格となる」
「装備は?」
「普通に奪えるはずだ」
「そっか、ここは通常フィールド扱いなんだな……」
ということは、必ずしもデスペナルティデュエルに持ち込む必要性はない。
そして他プレイヤーの生存状況は、このメール欄で随時チェックが出来る。
「なるほどな……しかし、世知辛いもんだな」
「? どういう事だ、バール?」
「僕の知り合いのランプが次々と消えていってる」
「そっ、か……」
俺は、今回のバトルフィールド……。
赤土の校庭のど真ん中に無造作に建てられた、地上4階建ての校舎を眺める。
一見平和に見えるこの中では、強い者が弱い者を喰らい尽くす、殺戮の宴が始まっている事は間違いなかった。
「殺し合い、なんだな。 それも一方的な」
「そうだな」
「生きるって、こういうことなのか」
「こういう事さ。 レオ、瓜生先輩が無くなった時、君が僕に教えてくれただろう? これこそが生きることだと」
「そうだな……」
確かにそうだけど……。
そう言ったけど……。
人は、何かを犠牲にしながら生きているけど……。
俺の脳裏に、格闘ゲームで対戦しまくって、周囲のプレイヤーを全員駆逐した時の事が思い出された。
「(周りを全員ぶっ殺したら、自分一人だけなんだぞ、龍真……。 今、俺とお前がそうであるように)」
毎回毎回お待たせして申し訳ないです!
なるべく急ぐように頑張ります!




