(100)隙とか気合いとか最初に言いだしたのは誰なのかしら
俺は親父から貰ったクレジットカードをスキャンすると、残る生活費……残額5万8千円のそれを、全部「還魂のリヴァイアサン」の課金に突っ込んだ。
「ふう……」
俺は目を瞑って、ため息をついた。
やった。
遂にやってしまった。
課金して、しまった。
つい直前までは、課金する気なんて、これっぽっちもなかった。
俺にとっては、ゲームとは、相手とのフェアな戦いを提供してくれるもの。
偏見のない、正当な評価をもたらしてくれるもの。
本当の自分を教えてくれるもの。
だから、課金なんて安直な手段で、その公平性を安易に覆そうとする連中は許せなかった。 無課金でも課金厨をブッ倒す事に血道を上げてたし、匿名掲示板でも相当に罵りあった。
課金の一番恐ろしい所は「サンクコスト」だ。
一度課金(投資)してしまうと、それによって得た地位(利益)を手放すことが惜しくなって、また課金(投資)してしまう。
投資を惜しむがゆえの無駄な再投資の繰り返し、それが「サンクコスト」。
だから、意外なことにソーシャルゲームの寿命は買い切り型の家庭用ゲームより長く、セルランキングには昔のゲームが未だに顔を出している。
なお「サンクコスト」は人間の損得感情に関わる心理的要因なので、経済活動のほぼ全てに散見される。
国の公共事業……今さら作る必要があるのか疑わしいダムや干拓事業など、この心理が作用していると思われる例は非常に多い。
「課金の連中に負けるのが悔しかったからなぁ……」
そんな事をわざわざネットで調べて、相手を論破しまくったり、自分への戒めにしていた日々が懐かしい。
「でも……」
視線をスマートタブレットに落とせば、そこには、580,000Cenの大金があった。
「あはっ……」
その金額を見て、我知らず興奮の声が漏れた。
そして、そんな声を漏らした自分に愕然とした。
「ダメじゃん、俺……」
こんな事で興奮してどうすんだよ。
親の金、しかも生活費を全部使い込んでゲームとか、最悪だろ。
なのに、パラメータが上昇すると……。
結局は嬉しいんだよな、俺……。
あんな事さんざ言っておきながら、本当は俺も課金厨と全然変わらなかったんだなぁ……。
「本物のクズじゃん……」
だけど、そんな自虐的な気分に浸っている時間はもう終わりだ。 今度こそ、連中は全員殺す。 そうしないと、俺が社会的に死ぬ。
明日は水曜日。
臨時イベントの日だ。
時間的に……明日がラストチャンスとなる。
「どんな、イベントになるんだろ……」
そう。
これが一番の問題だ。
今までの経験上、このゲームのイベントには大抵仕掛けがあって、それに気づいた奴ほど優位になれる仕組みだ。
そして、俺はそれに気づいて先手を打てた経験がない。
バカだから。
バカだから……賢い奴に、先を越されて、搾取されちまう。
「龍真……」
そうだ。
もう、なりふり構って居られないんだ。
仲間を募ろう。
明日の決戦で、俺と共に戦ってくれる奴。
俺はスマートタブレットを通話画面に切り替えると、龍真の番号をタップした。
「……事情は分かった。 だけど、僕が礼雄の力になれるとは思えない。 明日のイベントが、クイズ大会みたいなものなら協力するが、バトルが絡むものなら、多分足を引っ張るだけだからな」
だが、龍真の返答は、ある意味当然のものだった。
「そこを、何とか……!」
「分かってる。 僕に出来る事はする。 でも……お前は、あのオリオン達を倒すつもりなんだろう? その目的に、僕の力が役立つとは思えない。 期待は……しないでくれないか」
「わ、分かった……じゃあ、また、明日な」
仕方ない事とはいえ、龍真の協力は望めそうになかった。 ならば次と、俺はムラサメの番号をタップする。
「悪いけど、無理だよ。 こないだ装備を剥がされたのは、お前も知ってるだろ……?」
「ああ、すまない……」
そうだ。 そして、ムラサメは俺に装備を取り返してくれと懇願したが、俺まで倒された。
「謝る必要はないよ。 また、1から出直すだけさ。 というか、あいつら相手によくリベンジする気になれるな、レオ」
「課金……したんだ。 負けたくないから」
「そりゃ凄い! あれだけ色々言ってた割には、あっさり前言を撤回したな」
「皮肉るなよ。 で、無理なのか」
「悪いけど、無理だって。 生活費をギリギリまで使って課金してたんだ。 リヴァイアサンは、来月までお休みだよ」
ムラサメも無理だった。
仕方ないと言えば、これも仕方ないのだが……。
後、協力できそうな人と言えば、ルナとマキア。
しかし、ゲームにログインしても、肝心のルナはログインしていなかった。 これでは、マキアを呼んでもらう事はできない。
南原先輩達は論外だ。
義理人情より利害で動くタイプなので、最初から圧倒的に不利な俺の味方になる理由がない。
「くそ……」
何で、こんな時に限って、誰も俺を助けようってしてくれないんだ。 こっちは生き死にの問題なんだぞ……!
……分かってる。
俺に、人間的な魅力がないって事くらい。
助けたいと思える人間じゃないって事くらい。
ぼっちなんだ、俺は。
「だから、誰にも頼らず戦うしか、ねぇだろ……!!」
不安でくじけそうな心を、そう奮い立たせた。
決戦は明日の夕方6時。
イベントの発表も、その1時間前。
特別な装備や道具も、その時販売されるだろう。
「(今、装備を買って、例の小島で稼ぐか……?)」
一瞬、そう考えたが、罠とかで凡ミスしたら詰む。
ここは大人しくイベントまで待とう。
それまで、英気を養っておこう。
俺は、全く寝付けなかったが、明日のために無理矢理に目を瞑った。
DATE : H27.2.14
TIME : 13:50
STID : 00941724
昼前に目を覚ました俺は、昼食を頂くと、大学の掲示板を確認してから、琴莉さんのお見舞いに行った。
体調は随分安定してきているようだが、まだ意識は戻らないとのことだった。
俺は看護師さんに無理を言って、琴莉さんに会わせてもらった。
「あの……手を握っても良いですか。 彼女の意識が回復するように」
「いいけど、体を揺さぶったりしちゃダメよ。 そっと握ってね」
俺は、側臥の状態で寝息を立てている琴莉さんの手を、僅かにも動かさないように、そっと握った。
小さくて、少し冷たい手。
彼女が寝ている事を良いことに、勝手に手を握る事に、少し罪悪感を感じたが、これが最後なのだ。
顔の腫れや内出血は、心なし引いたようにも思える。
また、あの可愛らしい顔に戻ってくれると良いけど。
俺は彼女の手をゆっくり握りしめ、彼女の顔に、傷が残らないよう祈った。
「桐嶋くん、そろそろ」
「……はい」
「またね、琴莉さん」
もしかすると、これでさよならかもしれない。
ありがとう、琴莉さん。
ほんの僅かな間だったけど……逢えて良かった。
そして怪我させてごめん。
本当にごめん。
「また、来るよ。 必ず」
DATE : H27.2.14
TIME : 17:00
STID : 00941724
そして、俺は早めに夕食を済ませ、遂にイベントの開始時刻を迎えた。
時間かっきりに、「リヴァイアサンズ・メルヴィレイ」とゲームにログイン、イベントを通知しているはずの、ネージュ村の看板に速攻でスポットする。
『はぁっぴーーぃ! う゛ぁれんたいーーん!!』
いつもの、イベントガイド役のポップロイド「響希カノン」と「漣波ルカ」達の声。
え?
ハッピー……。
バレンタイン……?
部屋の壁掛けカレンダーを見たら、確かに今日は2月14日だった。
バレンタインデーだった。
そして画面の中のポップロイド達は、可愛らしい私服姿で、チョコレートを作ったりリボンをかけたりしている、いかにもバレンタイン然とした格好で出てきた。
ホワイトチョコレートの飛び散ってる場所があざとかったり、リボンが妙におっぱ……に食い込み過ぎてるのは気にしない事にする。
「この聖なる日に、わざわざログインしてくれてありがとう! 紳士の皆さん!」
なんだか、メチャ煽られてるような気がする。
気のせいだよな。
「そんな皆さんに、大正製菓さんと、木林永さんからビッグボーナスでぇーす!」
「今回のイベントは、な、なんと学校でのチョコレート探し! あげるも自由、もらうも自由! 貴方は、どれだけチョコ貰えるかなぁ!?」
チョコ探し……?
マジかよ。
今回、バトルイベントじゃないのか!?
「ああん……! 好きとか、嫌いとか、言いだしたのは、誰なのかしら……!?」
「駆け抜けていくせつなさメモリアル! イベント『チョコレートレード!』 ここに大・開・催! 楽しんでねぇー!!」
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『チョコレートレード』
日 時:平成27年2月14日(水) 18:00~20:00
場 所:インスタンスマップ「私立ときめき高校」
内 容:マップに配置されたチョコレートの収集
報奨金:なし (※ただし、チョコレートは現物化が可能です)
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「何これ……!?」
それが俺の率直な感想だった。
確かに今日、2月14日だしぃ……。
俺の希望どおりの、血で血を洗うようなバトルイベントが、毎回くるとも思ってなかったけどぉ……。
「マジかよ……」
冗談だろ。 夢なら覚めてくれ。 イベントの趣旨がチョコレート集めでは、オリオン達を倒せない。 だって、こんなお一人様向けのイベントで、妻や彼女が居る連中が参加してくるものか。
「おい、レオ、何してる? ボーッとしてるんじゃない!」
「はぁっ!?」
そ、その声は……龍真!?
気づけば、龍真のアバターが、俺のすぐ側に居た。
「バールハイトだ。 それより、レオ、急げ! 早く露天を確認するんだ!」
「何で? 何があったって言うんだ……?」
まさか。
もしかして、これも、見た目どおりのイベントじゃない、のか。
「もちろんだとも、レオ。 一見楽しそうなイベントだが、露天で売ってる品を見れば、その本質が分かる。 かなり極悪なバトルイベントだぞ、これは」




