(97)失意の彼方で
「(どうすれば……。 一体、どうすれば良いってんだ……!!)」
俺は自室で、一人身悶え、必死に思考を巡らせていた。
宇園市立総合病院で、琴莉さんのお兄さんに出会っての叱責。
「喋れッ! 一体どういう事だ! 君もそうだろうが、琴莉も試験を受けられなかったんだぞ! 留年だって!? 冗談言わせるな! 人の人生を狂わせておいて、黙りか、お前ッ!!」
……そうだよな。
自分だけのことなら、一人で責任を取れば良いけど、俺は琴莉さんの人生までをも狂わせているんだ。
なのに、それに考えが及ばず、自分の事ばかり……。
でも、まずは自分のことをどうにかしなきゃ、この町には居られない。琴莉さんのお見舞いにだって行けない。
自分がクズだって事は分かってる。
でも、生き延びなきゃいけないんだ。
どうすれば良い。
どうすれば良いんだ。
とにかく、時間がない。
ここで兄貴を黙らせられるような、一気に金を稼ぐ方法……。
他人から借りる?
いや、却下だ。
兄貴なら、その可能性を真っ先に検証するはず。
サラ金や他人から借りたって事が分かれば、それを理由にして、地元に連れ戻されるはずだ。
本当に必要なのは、自力で稼げるという証明。
「リヴァイアサン……」
何度考えても、結論はそこにしか行き着かなかった。
仮に好条件のバイトを見つける事ができたとしても、給料が入るのは一ヶ月先になる。
今日は、火曜日。
明日は、臨時イベントの日。
「……明日のイベントはクイズ大会かもしれない」
もしかしたら、全くの無課金でも勝てるイベントが開催されるかもしれない。
「……で、クイズ大会だったら、勝てるって思ってるのか、俺は?」
一瞬、自分のバカさ加減に笑ってしまった。
まさか、俺みたいな凡人が、クイズに連続で正解する、とでも? あるいは運良く?
実際は、龍真みたいな奴が何人も出場して、俺は予選落ちが良いところだ。
俺のアドバンテージは、戦闘にしかないんだから。
「……そうだ」
ネージュ村の近くにある、あの小屋。
ルナと一緒に言った地下迷宮。
あそこなら、どうクリアすれば良いのか分かるし、まだ探していない部屋もある!
そう思った俺は、勢い勇んでスマートタブレットの電源を入れ「還魂のリヴァイアサン」にログイン、例の小島へ向かう事にした。
「……えっ!?」
だが、俺は装備を剥がされた状態という事を失念していた。 いや、忘れているつもりはなかったのだが、意識していなかったのだろう。
小島に近づいた途端、近くの草むらに隠れていたワニ……「バイペダル・クロコダイル」に噛まれて体力の7割が減り、慌てた隙に、近くからさらにもう一匹が出てきて、二匹に噛まれあっさりと倒されたのだ。
俺は小島にたどり着く事すらなく、死亡宣告を受けて、教会に転送された。
「なんだよ……」
それでも諦めずに、もう一度戦いに出た。
だが、イノシシ……「ワイルドボア」を倒すのに8発も掛かった。
そして無理攻めが裏目に出て、囲まれて倒された。
今日2度目の死亡宣告。
「……」
雑魚キャラに倒された俺は、スマートタブレットを投げ出した。
「もう、ダメだ……」
取りうる手段は、もう何もない。
俺の人生。
ここで、終わりなのか……?
俺は、古びた天井の板目模様と、傘を被った蛍光灯の光を眺め続けた。
ルルルルル……。 ルルルルル……。
投げ出したスマートタブレットから、小さく電話の呼び出し音が鳴った。
……誰からだ?
タブレットを掴んで見れば、そこには「実家」の文字があった。 家の固定電話からだ。
「……」
兄貴か……。
俺は、覚悟して電話を取った。
「……もしもし」
「礼、ちゃんか」
「……親父!?」
「久しぶり、だなぁ。 元気して、いたか」
電話の先に居たのは、俺の親父……桐嶋恭朗だった。
脳梗塞で倒れた予後のせいか、口調が以前と全然違う。
随分と弱々しく、途切れがちな喋り方。
「ああ、体は元気だけど……」
「そうか。 話は、天麒から、聞いたぞ」
「……ああ」
「彼女が、居るん、だってな。 だから、帰ってきたく、ないそうじゃ、ないか」
「い、いや、それだけじゃないけど……」
「意外だなぁ。 礼ちゃんに、彼女が、出来る、なんて」
「だから、彼女って仲じゃないって。 知り合いだよ」
「そうかそうか、うーん……」
親父の脳内では、もう既に彼女という位置づけになってるらしい。 おいおい、止めてくれよ……。
知らないからしょうがないけどさ、俺、今日、琴莉さんのお兄さんにメタクソに言われたばかりなんだぞ……。
「お父さん、嬉しいよ。 礼ちゃん、昔から、変わった子って、良く言われてた、からなぁ……」
自覚はあったけど、周囲からもやっぱり変わった子だって思われてたんだろうか……。 いや、そうだろうな。
「だから、彼女じゃないって」
「いや、彼女じゃ、なくても、良いんだ。 礼ちゃんと、一緒に居てくれる人が、ちゃんと居るって分かった事が、嬉しいんだよ」
……?
「礼ちゃん、あまり友達いなかった、だろう? 昔から、ずっと、心配して、いたんだぞ」
ほっとけよ、と言おうとして、思いとどまった。
親父が元気な時ならいざ知らず、病身で弱気の父にそこまで言ったら人間失格だ。
「俺だって、普通に人付き合いできるよ。 あまり知らせないだけで」
「そうかそうか、よかった……」
俺はこの話を続けたくなくて、話題を変えた。
「それより、親父は大丈夫なのかよ? ……その、仕事とか……」
ダメになったんじゃないのか、と言おうとして、思いとどまった。
「ああ、流石に、クビになったよ。 お前たちに、迷惑をかけて、すまない」
だが、親父は気にしたふうでもないと言った口調で返事してきた。
「これから……どうするんだよ」
「これからは……分からんなぁ」
そうか……と俺が思った矢先、父は思わぬ言葉を続けた。
「でもな、お父さんは、自分なりに、何かできる事をやろうと、思ってる。 せめて、お前が、大学を卒業する、くらいまで、は」
「親父……。 でも、兄貴はそんな事は……」
「ああ、天麒は、お前に、帰ってこい、って言ってる、な」
「うん……」
「でもな……。 お父さんは、お前にな、できるだけ、可能性を、追い求めて欲しいんだ」
「何で……?」
そんなに、俺を庇ってくれるんだ。
そう言いたかったが、言葉にならなかった。
だが、親父はそれを察知したみたいに、ふふ、と笑って言った。
「礼ちゃん、お父さんもな、若い頃は礼ちゃんみたい、だったからだよ」
「……え?」
「周りの、話を、聞かない、やんちゃな、暴れん坊の、頑固者。 本当に、礼ちゃんは、お父さんと、似てる」
そうか……それで、昔から俺に対しては……
「ああ、礼ちゃんが、母さんや、天麒に、責められてるのを見ると、つい、昔の自分を思い出してな」
「そうか……。 じゃあ、親父も、昔は、友達居なかったのかよ?」
そう言うと、親父は少し間を置いて、
「あんまりな」
と言った。 俺たちは、互いに薄く笑ってしまった。
「そしてな、お父さんが高校卒業の頃、母さん……お前の婆ちゃんだけど……が、病気に、なったんだ」
「進学か、地元に、帰ってきての、就職か。 急にそれを迫られて、相当に悩んだよ。 絶対に進学、するんだ、って思ってたから、な」
そして少しの間があり、
「お父さんは、結局、地元に帰っての、就職を選んだ」
親父は、少しだけ寂しげにそう言った。
「……そうなんだ」
「そのおかげで、母さんに出会って、お前たちが生まれたから、それはそれで良かった、って、思ってる。 でもな……」
「……でも?」
「そう思えるようになるのに、相当な時間が、掛かった。 自分は、これで良いんだ、この生活が身の丈に合ってる、って自分を納得、させるのに、な」
親父にも、そういう時代があったのか。
「毎日、仮の自分を、生きてるような、苦痛……」
親父は、喉の奥から絞り出すように言った。
「それが分かるから、お父さんは、礼ちゃんには、そういう思いを、して欲しくない、って思ってる」
「親父……」
「礼ちゃん。 礼ちゃんは、もう立派な大人だ。 自分で考えて、自分で行動できるはず……」
「親父……」
「何が一番大切なのか……よく考えなさい」
「分かった」
「ごめんな、もっと、礼ちゃんと話したかったけど……。 ちょっと、体調が……」
「分かった、親父、無理すんな! ゆっくり休んでくれ! 電話してくれて、ありがとう!」
「ふふ、ありがとう。 お父さんも、礼ちゃんの声を、久しぶりに聞けて、良かった……」
そう言って、電話は唐突に切れた。
「大丈夫かな……」
即、死ぬような病気じゃないから、本当に具合を悪くしただけ、だろうけど……。
だが、親父の心配をしていたのはほんの僅かな間だけて、またすぐに俺の心を支配していた問題が、暗闇のように俺を覆い尽くす。
どうやって、生活費を作れば良いのか。
兄貴の提示した期間までに、その手段としてもっとも可能性があるのは、リヴァイアサンだけ……。
でも、今の俺がリヴァイアサンで勝つのは、もう不可能だ。
一度勝負の世界から滑落したプレイヤーが、同じ土俵に再び上がった事例など、こまめにセカンドキャラを育てていない限り、まずありえない。
「畜生……どうすれば良いんだよ……」
俺が再び悩み始めると、また電話が掛かってきた。
……親父か?
「はいもしもし! 何だよ親父、また電話してきて大丈夫なのか?」
だが、親父は何も返事しなかった。
「……おい、どうした!? 親父!!」
「誰がお前の親父だよ、礼雄」
代わりに、無機質かつぶっきらぼうな返答。
……え?
この声、まさか……?
でも、何で、こんな時に……!?
「久しぶりだな。 僕だよ、鶴羽和哉。 忘れたワケじゃないだろう?」




