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幕間劇(6) 宇園市立総合病院 院内レストラン

「いや、感情に任せて殴って悪かった、桐嶋君」

「……こちらこそ、申し訳ありませんでした、琴莉さんを守れなくて」


 茅原昭彦と桐嶋礼雄は、集中治療室前の騒動を医師と看護師に止められた後、互いに素性を知ることとなった。


 茅原昭彦は、茅原琴莉の兄。

 桐嶋礼雄は、茅原琴莉の恋人。


 それが、看護師からそれぞれが聞かされた、互いのプロフィール。

 平静を取り戻した茅原昭彦は、妹の恋人であるらしい礼雄に「お詫びに食事でもどうかね」と誘った。


「病院の食堂で悪いが、好きなものを食べてくれ」

「あ、ありがとうございます……」


 礼雄の注文は、ハンバーグセット。

 茅原の注文は、大量のパンケーキとアイスクリーム。


「あの、そのアイス、デザートですか? にしても、凄い量ですね……」

「デザートじゃなくて、普通の食事だよ。 気にしないでくれ、僕は自分が好きなものを食べてるだけなんだ」

「は、はぁ……」


 そして、二人は黙々と食事を始める。

 それなりに皿に空きが見え始めたところで、茅原が口を開いた。


「それで、桐嶋君。 君に聞きたいことがあるんだが」

「……はい、何でしょうか?」

「琴莉はどういうシチュエーションで襲われたんだ?」

「それは、警察にも話したんですが……。」

「一応、電話で警察から説明は受けた。 だが、君の口から聞きたいんだ。 人を介すると情報の精度が下がるからね」


 茅原はパンケーキとアイスを切るナイフの動きを一段落させると、礼雄の目を見てそう問うた。


「情報、ですか……」


 礼雄は、何やら思わしげにそう呟いてから、あの日あった出来事を語り始めた。


 茅原琴莉と大学構内のメインストリートを歩いていたら、突然学内に見知らぬ人物が入り込んできた。

 それで逃げようとした所、二人共々に暴行を受けて倒れ、琴莉を救うこともままならなかった、と。


「なるほど。 で、桐嶋君、何故君は、彼らにそんなに恨まれていたんだ?」

「いや、恨みなんて……。 思い当たらないんですが……」

「嘘を付くな。 君が今言ったその状況が正確なのなら、そこに集まった連中は、かなり計画的に行動している。 通り魔的行動や愉快班では断じてない。 強烈な恨みを以ての行動、しかも君目当て。 違うかね? 違わないだろう?」


 そう茅原に断言され、礼雄はあたふたしながら弁解した。


「いや、だから、俺は知らな……」


「琴莉はね、争いを極度に嫌うんだ。 そんな連中とは、最大限の距離を取って生きてきたんだよ。 抗争になんて巻き込まれるはずがない。 しかしながら、琴莉を狙った、乱暴目的の拉致にも思えない。 なら、原因は君しかない」


「……。」


 だが、礼雄がそれでも黙っていると、茅原がいきなり激昂した。


「喋れッ! 一体どういう事だ! 君もそうだろうが、琴莉も試験を受けられなかったんだぞ! 留年だって!? 冗談言わせるな! 人の人生を狂わせておいて、だんまりか、お前ッ!!」


 茅原は、手に持っていたナイフを、パンケーキの山に垂直に突き刺す。皿にヒビが入り、ガキッという音がした。

 その剣幕に、院内レストランの客が何事かと視線を集める。


 怒声を受けて青ざめ、冷や汗まみれとなった礼雄は、観念したように口を開いた。


「そ……そうです。 俺が、恨みを買ったのが、原因で……」

「だろう? 隠すんじゃない、時間の無駄だ。 それで、何で恨みを買ったんだ?」


 礼雄は、ほんの僅か視線を泳がせた後、言った。


「『還魂のリヴァイアサン』のせいです」


 それを聞いて、茅原は一瞬目を剥いた。


「何……だって!?」


「あ、すいません……。 『還魂のリヴァイアサン』ってソシャゲ……いえ、スマートタブレットでプレイできるゲームがあるんです。 そのゲームはですね、RPGなんですけど、webマネーを実際の現金に……」

「説明は不要だ、中身は知っている! それで恨み、というのはどういう事だ!?」


「……琴莉さんは、俺と一緒に、イベントに出てくれたんです。俺を勝たせるために。 そこで、ゼファーと……」


「本当か……!?」


 礼雄の言葉を聞いて、茅原は信じられない、と言った表情で天を仰いだ。


「それで……」

「いや、待った。もう一度聞かせてくれ」

「え? だから、還魂のリヴァイアサンは……」

「そこじゃない! 君と、琴莉との出会いからだ! まずそもそも、君はどうやって琴莉と知り合った?」


「あ、同じ学部なんです」


 礼雄の回答に、茅原はなんと礼雄の目の前で舌打ちした。


「我が妹ながら、琴莉は相当特殊な性格なんだが……?」


 その言には、そんな平凡な出会いで琴莉が友達になるはずがない、という意味を含んでおり、礼雄もそれに気づいた。


「あ、えっと、まず俺の携帯を見られたんです。それで、俺がリヴァイアサンプレイヤーってことがバレて、彼女もリヴァイアサンプレイヤーだって事が分かったんです」

「……それは変だぞ。 妹は、リヴァイアサンを嫌っていた。 ゲームはプレイしていないはずだ」


 礼雄は、茅原の断定的な言い方が不思議だったのか、僅かに首を傾げた。


「いえ、琴莉さんは普通にプレイしていましたよ。 ルナとマキアって人と一緒に……」

「普通にプレイ? ルナとマキア、だと?」

「ええ、友達みたいでしたけど」


 茅原は、内心で妹の心情に思いを馳せたが、理解できなかった。

 妹は「自分の世界」を勝手に借用した事を酷く怒っていたのに。

 改造された自分の城を、容認する気になったのだろうか……? どういう心境の変化があったのだ?


「あの、ところで、お兄さんもリヴァイアサンのプレイヤーなんですか? 結構、ゲームにお詳しそうですけど」

「……あのゲームを使って遊んでる、という意味ではな。 ところで、妹のユニット名は何だった?」

「ユニット……? あ、アバター名ですか?」

「そうだ、キャラクターの名前だ」


「『ティアリ』ですけど」


 その言葉を聞いて、再び茅原は目を剥いた。

 動揺を悟られないよう、慌てて顔を下げるのが精一杯だった。


 ……「ティアリ」!?

 まさか、通常プレイで、コーディネイションユニットを使っていたのか!?

 なんと迂闊な……いや、この青年「桐嶋礼雄」を、本当にイベントで勝たせるためなのか?


 ……まさか、本当に。

 この目の前の青年が、妹の恋人、なのか……!?


 そう思った茅原は、顔を上げると、礼雄に問うた。


「……桐嶋君。 君のアバター名は何だね」

「あ、俺ですか? レオって言います」

「……レオ?」

「そうです、礼儀の礼に、雄々しいの雄で、レオ。 本名がそのままアバターネームになってます」


 それを聞かされると、茅原は再び天を仰いだ。


「そうか……。 そうだったのか。 ……桐嶋君、君は、琴莉から、『黄金の獅子』とか言われたりしたかい?」

「え? 黄金の……? いえ、言われてないですけど……」

「そうか、言われてないなら良い」

「な、何故です?」

「もしかすると、琴莉は本当に君のことが気に入っていたのかもしれない、と思ったからさ」

「そ、そうですか?」


 一瞬、礼雄が顔を輝かせるが、茅原はピシャリと言う。


「調子に乗るな。 琴莉が本当に気に入ってるのなら、君らの仲に口出しする権利はないが、兄としてはな、もっと良い男を選んで欲しいと思っているんだ!」

「え、ええっ……」

「そうだろうが。 将来、君と僕とが義兄弟になるかもしれない、と思ったら、どう思う?」

「……」

「少なくとも、君と一緒には旨い酒が飲めそうにない」

「そ、そこまで……」


 言わなくても良いじゃないですか、と礼雄が言おうとした矢先に、茅原はそれを遮って、自分の話を続けた。


「そして、話を戻そう。 君たちは、何故リヴァイアサンで、そのような事件に巻き込まれたんだ?」

「それは……」


 礼雄は、誰にも喋らなかった事の経緯を、包み隠さず喋った。


「『ゼファー』と『オリオン』……。 そいつらが、琴莉を襲った犯人なのか?」

「そうです。 ……あの、これ、警察に言うんですか?」


 だが、警察沙汰にするのは、茅原にとっても大変に都合が悪い。


「……止めておこう。 君もこれ以上責められたくはないだろうし、ゲームの中の出来事を、刑事事件として立証するのは不可能だろうしな」


 だから、恩を着せるように、話を濁した。


「あ、ありがとうございます……!」

「ただしだ! 妹をゲームに誘うのは、金輪際止めてくれ! 今、僕がどんな気持ちが分かっているのか!?」

「は、はい……。 スイマセン、もう、琴莉さんには甘えたり、しません……」


 茅原は後悔していた。


 「還魂のリヴァイアサン」の利益率を上げる試験……すわなち、ストレス強度を上げる試験の中で、テスト地区はスクリーニング作業によって、いくつか無作為に選ばれた。


 選んだ結果に、琴莉の住んでいる地区が混じっているのは分かっていたが、一度抽出した結果に手を入れるのは、研究者として好ましい態度ではない。

 だから、そのまま試験を続行した。

 ストレス強度を上げる試験の中で、争いが激化すること、結果としてこういう事が起こる可能性も予見していた。


 だがまさか、そんな事件が真っ先に、自分の身内に起こるとは思ってもいなかった。

 万一の保険として、管理者権限を有するコーディネイションユニットを持たせていたのに、それでなお破れ、遺恨を残すとは……。


 なんという運命の皮肉。

 まるで神の断罪のようだ、と茅原は感じた。


「(これは……僕への試練、なのか?)」


 琴莉の犠牲は、今の日本を完全に破壊し、創世しなおそうという僕に対する試練なんだろうか……。 茅原は、そう考えた。


「(私は……必ず勝つ)」


 だが、一流の人間は、どんなストレスにも耐える。

 その苦しみと悲しみを心から愛し、魂の糧としてさらに成長する。


「(必ず……超人計画を成功させてみせる。そうでなくては……この、琴莉の犠牲が無駄になってしまう)」


 茅原はそう決心すると、「ありがとう、桐嶋君。 君から、包み隠さず話を聞けて、良かったよ」と、食事の会話を終わらせにかかった。


「いえ、こちらこそ、本当にすいませんでした……」


「今後とも、妹をよろしく。 僕はもう、今日中に会社に戻らなくちゃいけないから……。 そうだ、電話番号を教えてくれるかな? 琴莉が目を覚ましたら、連絡をくれないか?」

「あ、はい、分かりました……」


 礼雄は、もう今日明日にはこの町には居ないかもしれない、と思いながらも、茅原の申し出を断れず、電話番号を交換する。


 そして茅原は、礼雄と共に琴莉の様子もう一度確認すると「さようなら、琴莉」と言い残し、振り返りもせず病院を去った。



  *   *



 帰りの新幹線、その中で茅原は「超人計画」のプレゼン資料を作成すべく、管理用アプリケーション「アマテラス・エイダ」を起動し、今度は先週に行われた「薔薇戦争」のレポートに目を通す。


「白薔薇姫、だと……」


 なんと、琴莉は白薔薇姫のクラスを選択して戦っていた。

 負けないようにという用心からかもしれないが、妹らしからぬ、派手かつ軽率な行動に、思わずため息が出る。


 ゼファー、フィールドマウス、オリオン、ミルフィーユ。


 琴莉を襲ったグループの素性と行動のログを確認し、その素行を確認する。

 「アマテラス・エイダ」は、「リヴァイアサン」に登録された本名を利用し、インターネット上から関連記事を拾ってくる。

 人工知能によって関連するだろうと選択された記事を呼んでいくうちに、茅原は全員の素性をほぼ掴んでいった。

 彼らが、宇園氏の繁華街近くにあるコンビニの店長と、その店員である事まで。


「ふん……という事は、彼らの成功は、この『ゼファー』の人生経験と指揮に依るところが大、だな」


 若くして、コンビニを3店舗も経営するやり手経営者。

 それなりに苦労もしているだろう。


「(だが……ダメだな)」


 「超人計画」の候補者からは、残念ながら外れる。

 人格や生活習慣が完成してからのストレス負荷は、精神に悪影響を及ぼす事が多い。

 できれば、精神も成長途中の若者である事が望ましいのだ。


 最後に、茅原は「レオ」のレポートログを追っていく。


「む……ネットに名前が出てこない……? SNSはやってないのか?」


 検索の候補条件を緩くして再検索するが、該当しそうな記事は出てこない。 「桐嶋礼雄」の素性は不明だった。


 ならばと、茅原は礼雄のアバター「レオ」の行動を細かくチェックしていくことにした。


「……うん? 何だ、これは?」


 だが、「レオ」のパラメータは、極めて平凡だった。

 装備、スキル構成共に、ゼファー達と互角に戦えるようなステータスではない。


「携帯電話番号は……間違いないのに」


 聞き出した登録電話番号は一致していた。 その凡庸なキャラクターは、間違いなく桐嶋礼雄のアバターだった。


 これには何か理由があるのかと、茅原はレコメンダシステムで「レオ」の行動をグラフで表示する。


 プレイ時間は深夜が主。 推測された社会的身分は、高確率で単身の学生、低確率で社会人。

 視聴されたCFコマーシャルフィルムで、気になるものの上位リストは……。


 ゲーム、マンガ、アニメ、ジャンクフード、お菓子、声優……?


「なんだコイツ」


 それは世に言う、典型的なオタクの嗜好と同じだった。


「いや……だが、女性プレイヤーとの接触数は、意外にある」


 その図形パターンは、完全に一致してはいない。

 全くの引きこもりという訳ではなさそうだった。


 接触した女性プレイヤーの名前は、「トラウム」「ルナ」「マキア」そして「ティアリ」。

 一緒にプレイした時間も、会話の回数もそこそこある。

 なのに、ハラスメントコード抵触率は0%。


 当然のことながら、それは女性に対し性的・暴力的発言をした数が0回、という意味だった。


「……意外と紳士なのか?」


 悪い奴ではなさそうだ、と茅原は思った。


「(これなら、あの琴莉が、悪い印象を持たなかったのも理解できない訳ではない……)」


 しかし、本人の性格と嗜好はともかく、何故、ゼファー達と因縁を持つに至ったのか、よく分からない。

 話を聞いた限りでは、戦いの最中の確執だということになっている。

 行動ログもそれを示している。

 だが、パラメータはあまりに凡庸なのに……


「……何だ、これは?」


 茅原は、レオのレコメンダレポートの中に、通常見かける事のない、異常な数値を発見した。


……戦闘バトル偏差値ディビエーション、83.2!?


「バカな!?」


 慌てて他のプレイヤーを確認するが、「ゼファー」や「フィールドマウス」達でも40~50、最も高い「鋼鉄戦鬼ムラサメ」でも、62.7だった。 それが普通だ。


 だが、「83.2」というのは、遙か格上……即死しかねない相手と次々に戦い続け、かつ生き残り続けないと叩き出せない数字だ。


「凄いなこれは……。 本物の戦闘狂だな」


 これで、やっと「レオ」が「ゼファー」達と戦える理由が分かった。

 これは戦法が云々なのではなく、ただ単純に「レオ」の本体である「桐嶋礼雄」の操作能力と反射神経が、圧倒的に他者より抜きんでているのだ。


「(人は……見かけでは分からないものだな)」


 「83.2」ともなると、リヴァイアサンの全プレイヤー、500万人のうちの上位3%しか出せない。


 それがこんな、地方都市に再び現れるとは……。


「ふふふ……。 『アーツクルス』以来だな、この数字は。 まさか、同じような素材が、同じ土地から現れるとはな……」

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