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幕間劇(5) 新大阪~小倉行き新幹線自由席


 イベント「第二次薔薇戦争」終了後、茅原昭彦は朝一番の新幹線……新大阪発小倉行きに飛び乗った。


 本当なら、連絡を受けてすぐにでも、妹の居る病院まで直行したかった。

 だが、病院からは様態は既に安定しているという意外な返事があった。

 それもそのはずで、妹である茅原琴莉が入院してから、連絡先として自分の所に電話が繋がるまで一週間もの間があったのだ。


「琴莉……」


 連絡先は持たせていたはずだが、琴莉はそれを携帯していなかったらしい。


 茅原はコンビニで買ったコーヒーに、別途用意していたガムシロップを数個落とすと、それをすすりながら、今日の朝一日のスケジュールを思い出す。


「(今日の予定は……妹の看護)」


 やはり、それだけしか予定は組めなかった。

 いつもなら、もっと効率的なスケジュールが組めたはずなのに。

 しかも、病院まで行って自分の目で確認しなければ、看護師の説明だけではどういう状況なのか正確に把握できない。


「(こんなに……非能率な一日を送るとはな)」


 一日の予定がすっきり決まらないのは、茅原にとって大きな苦痛だった。


 補足すると、茅原は、新幹線に乗る何時間もの間、妹の身をを案じ続けるような男ではない。

 妹を溺愛しているが、同時に完全な実理主義者プラグマティストであり、感情に流されて悩み続けるという事がないのだ。

 この場面では、「自分が妹の身を案じようと案ずるまいと、病院にたどり着いた時、妹の様態に差は生じない」と考えるタイプの人間なのである。


「……」


 だからせめて、この非能率な一日に逆らうべく、茅原は鞄から業務用の大型タブレットとタッチペンを取り出した。

 移動に飛行機ではなく新幹線を選んだのは、通信環境が安定しているため、モバイルでも仕事が出来るからだ。

 移動時間は多少延びるが、仕事のできない飛行機を選ぶよりは茅原の好みに適していた。


「(第二次薔薇戦争の結末は……)」


 茅原は、管理用アプリケーション「アマテラスーエイダ」を立ち上げると、部下に任せてきた昨晩のイベント「第二次薔薇戦争」の結末を確認する。


 勝利者は、紅薔薇組の「フィールドマウス」。

 白薔薇組の「ユカ」を時間間際に倒してのフィニッシュだった。


 だが、そんな結果はどうでもよく、茅原が見たいのは、全プレイヤーの行動状況だった。

 誰がどんな思惑でどう行動し、どう戦ったかという。

 一応、ログを追えば個別のプレイヤーをそれぞれ追跡できるが、時間が掛かりすぎるため、「アマテラスーエイダ」の分析アプリケーションにより、まずは全体的な動きを把握する事に勤めた。


「……これは」


 それは、茅原の予測する結果とは、少し異なっていた。


 経済活動というものは、皆が財産を均等に所持するフラットな状態から、中流と下流層の差が生まれ、やがてそれは拡大し、超上流と最下流を作り上げる。

 イメージとしては、平たかった一枚の板が、食物連鎖のピラミッドのように、三角に変化していく感じ。

 茅原が思う、このイベントでのプレイヤー間の資産も、その様に推移するだろうと考えていた。


 だが、実際には中流の生産層を生む前に、一気に差別化が進んだ。

 つまり、少数のグループが、多数のプレイヤーを狩り尽くし、超勝ち組とそれ以外の敗者にはっきり分かれたのだ。


「(これは……してやられたな)」


 確認してみれば、原因はやはりあの「ゼファー」「フィールドマウス」率いる一派だった。


 こいつは、イベントに誘い込んで、NPCをぶつけて倒すか……。 それとも、


「(『超人計画』のサンプルとする……か?)」


 以前の「アーツクルス」の時もそうだったが、これならば、計画の試験対象としてふさわしい人材だ。

 ゼファーとフィールドマウスがどんな人物かを知るため、プレイログをイベントの開始時点から再生しようとしたところ……


 上着の内ポケットの中で、彼専用の携帯端末が、バイブ機能によって着信を知らせた。


「ヘロゥ、カヤハラァ」

「……ハロゥ、リチャード」


 茅原は上司に挨拶すると、端末を文字入力のメッセンジャーモードに切り替えた。


「どうした? いきなりメッセとは? 何か所用なのかい?」

「今、新幹線の中だ、リチャード」

「なるほど、それは困る。 周囲に聞き耳があるのは好ましくないからな」


「今回は、何の用件だ?」

「もちろん、君の実力を計る『チャレンジタイム』だよ」


 またか、と茅原は内心舌打ちをした。


「悪いが、チャレンジは後回しにしてくれ」

「何故に?」

「妹が大怪我で入院している」

「それは大変だ! 是非、側にいてあげたまえ。 ……ところで、チャレンジとは別の話があるんだが」


 ……別の話?


「何だそれは? リチャード」

「『超人計画』だよ」


 その文字列を見て、茅原は一瞬、躊躇した。

 何故、リチャードが今、この話題を取り上げる?


「いや、私はね、君の『超人計画』なるプロジェクトが、早々に完成するとは全く思っていないよ。 だが、上層部の一部に関心を示す方が居てね。 悪いが、早急に資料を提出してもらいたい。 いいかい、早急にだ」

「いや、しかし、私は妹の見舞いに……」

「カヤハラァ、君は、『彼』の時給を知ったうえで、なおそんな事を言っているのかね?」

「い、いえ……」


「『彼』の時間を失わしめるのは、我々にとって、非常に大きな損失だ。 それをよく熟慮した上で、可能な限り早急に提出したまえ。 一日24時間、全ての時間を妹さんの看護に費やすはずではなかろう? 短く空いた時間を利用したまえ」


「(こいつ……)」


 無茶を言う、と茅原は歯噛みした。

 しかし……だからと言って、この申し出前を蹴る訳にはいかない。



  *    *



「超超高齢化社会を迎える日本は、遠からず破綻する」


 それが、ググループラス日本法人、リチャード・ロアのよく口にする言葉だった。


 人工ボーナスを失い、老いる国家は、いずれ終焉を迎える。「縮小するマーケットの行き着く先は、何もない虚無だ」とまで言い切ったほどだ。


「だから、私が日本を救ってあげよう」


 茅原からすれば、容認しがたい言葉をリチャードは吐いた。

 それは、数ある日本企業をググループラスの経済力によって資本傘下におさめ、新たなる経済的枠組を作ろうと言うものだった。

 圧倒的経済力を持つ企業の発言力は、政府の運営にも影響を与える。

 複合的企業体が根幹にあるアメリカ経済人特有の発想だが、今の疲弊した日本にはまぎれもない脅威となる。


 経済侵略……今まで日本がやってきたそれを、ついに受ける立場となったのだ。


「いえ、日本はそんな簡単には破綻しません。 それに」


 茅原は、アメリカ人のリチャードよりも、自分の方が現体制を効率よく打破できると返した。


「まだ、日本再生への希望は残っています」

「希望? どんなだね? 言っておくが、老人に変革を期待するなよ。 彼らは変化を好まない……いや、変化できない。 創世の旗手は、常に若者なんだ」

「分かっていますよ、そんな事は」

「では、どうする? ドストエフスキーの『罪と罰』ではないが、役立たずの老人たちを殺してまわる訳にはいくまい? ……ああ、そういや、クールジャパンのコンテンツには、そんな作品がいくつかあったね」


 茅原は、苦笑しながら答える。


「もう、欧州では高齢化対策がなされているでしょう? それは貴方もご存じのはずですが」


 世界の高齢化は、日本だけに限った問題ではない。

 増大する老人層と、少数化していく若者層。

 いわば消費層と生産層のアンバランスを、どうやって是正するのか。


 答えは「生産層の効率を極大化する」ことにあった。

 若者の生産能力を、機械の力に頼ることで、無理なく最大化し、老人層を支える。


 それが世界の結論であり、事実、オランダやフランスはこの施策を採用し、経済を一定まで回復させている。

 当然、それをリチャードも知っている。


 ただ問題なのは……。

 日本においては、突出した個人による変革を望まない風潮が、異常に強いということ。

 個人主義、突出した個性がもてはやされる欧米と異なり、変化を嫌う性質が強いのだ。


 結果、疲弊化した指導者の旗下、レミングスのように全員で緩やかな死を迎える可能性が、他国に比べ異常に高いとされているし、茅原も肌でそれを感じている。


「日本の経済再生……それを可能にするのが『超人計画』です」


 そう言って、茅原はリチャードに自分の計画書を見せた。


 その達成のため、情報化社会の中では必須の情報端末……スマートタブレットのコンテンツ業務に参入することを決めた。

 そして、その最初の栄養に選んだのが「株式会社カプリコン」だった。


「カヤハラァ、超人計画は私も素晴らしいと思う。 適切なエデュケーションとソリューションの提供が、生産活動のあり方を変える……決して目新しくはないが、異論はない。 だが、この……」


 ……「ストレスの極大化」が果たして上手くいくのかね?


 と、リチャードは続けた。


 人間の能力を最大化するにはどうすればいいか?


 その問いに対して、茅原が選んだ答えは「火事場の馬鹿力」だった。

 死に際の集中力、絶対的な窮地から生き抜こうとする力こそが、人間を大きく成長させる。

 どのような偉人も、一流と呼ばれる人間も、圧倒的ストレスに晒され、だが克服して偉業を達成している。


 その「適切なストレスの掛け方」が方法論として確立できれば、素材の大幅な成長は可能だ。

 だが、それをどうやって方法論として体系化するか……その解を得るため、茅原は「還魂のリヴァイアサン」を制作した。


 人の窮地は、経済的苦境、あるいは第三者からの脅威によってもたらされる事が殆どだ。

 よって、「経済」と「人との競争ころしあい」を主題においたゲームを作った。

 人を一つの「企業」と見立てた時に、どのように成長・発展・終焉を迎えるのか。

 盛衰興亡の歴史が、短期間に無数のサンプルが取れる。


 そして、その戦いの中で生き残ったプレイヤーのログの中に、超人化計画の鍵は隠されている。

 どうすれば、自分を進化させ、他人を圧倒し、新しい戦い方を編み出せるのか。

 リチャード達が日本を買収しつくしてしまうその前に、超人を育成し、今の日本企業を内側から再生する。


 つまり、日本を買うのがリチャードか茅原かの違いだけで、やっている事は二人とも同じである。

 彼らは友人ではあるが、敵同士でもあった。


 そして、お互いの力が必須であることは重々理解していた。

 茅原が作った人工知能も、彼らが流通させてくれたオープンソースがなくては、最後のツメが届かなかった。


 この悪魔どもと、しばらくの間は仲良く接しなくてはならないのだ。



  *   *



「オーケー、リチャード。 『超人計画』の進捗について、最新のレポートを提出するよ。 先日、『薔薇戦争』なるイベントを開催したばかりで、分析が終われば興味深い結果を聞かせられると思う」

「それは楽しみだ! 『彼』も期待していると思うよ、待っているよ、カヤハラァ」

「ああ、待っていてくれ、リチャード」



 数時間の作業の後、新幹線を降りた茅原は、電車とバスを乗り継ぎ、琴莉の静養場所として選んだ田舎町へと向かった。


 平静を旨とする彼であったが、妹の所に近づくにつれ、心配する気持ちはやはり大きくなっていく。

 病院が見えた時は、足は既に駆けだしていた。


「ちょ、ちょっとお待ち下さい!!」

「琴莉! 琴莉は、どこなんだッ!! 急いで案内しろっ!!」


 病院に飛び込み、看護師に案内させ、集中治療室にたどり着いた時、彼女の部屋の前のガラス窓に張り付いて、泣いている青年が居た。


 なんだこいつは?

 全く知らない不確定要素。

 こいつのせいで、琴莉は大怪我をするはめに?


「琴莉ーーッッ!!」


 同じようにガラス窓に張り付いてみれば、愛する妹は、変わり果てた姿になっていた。

 長い髪の毛は無惨に剃られ、顔中に包帯を巻かれている。

 点滴と心電図のケーブルが、あまりにも痛々しかった。


「(何故……何故、こんなことに!?)」


 隣で放心したように突っ立っている、小柄な青年を見たとき、茅原の中で疑念と怒りと、リチャードから自分に科せられた理不尽とが一気に爆発し、


「お前は、誰だーーッッ!?」


 その青年をいきなり殴り飛ばしていた。

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