表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/25

先帝崩御事附蓮華王院事(「伊豆の流人」)

 さて、主上の御悩厚くおはしませば、やがて御位すべり給ひて、即ち東宮にゆづらせ給ふ。これは先帝には一子にてましませば、院の建春門院腹の御子にゆづらせ給ふべきとおぼしし事をいみじくそねみ給ふが故に、いとけなき御子を立て給ふなり。院には御勘気なのめならず。そもそも院と先帝とは父子にておはしませど、互いにあしうお思し召して、先帝の「天子に父ぞなき、院に子ぞなき」と、事々に仰せ給ふを、院も「げに」と思し召すとかや。

 時に、中納言清盛、院の御叡感賜はむずらむと思はれて、千体の観音を籠め奉るべき由奏す。院はなのめならず悦び給ひてこれを許し給ふ。人々「如何にや千の観音を籠むべき」と申せしが、平家の財の湯水の如くして、忽ち古今並びなき御堂を成し、一切衆生の救求を願い奉りて、蓮華王院と名付け給ふ。これを奉りければ、院の御叡感なのめならず、嫡子重盛に参議の位を授け給ひぬ。一門の栄華、甚だめでたき御有様なり。

 さて、院の先帝御幸を願い奉りしを、先帝いみじき事に思し給ひて、適はず。これに院は殊更に腹立ち給ひて、もとよりよろしからざる御仲の、いよいよ縺れ絡みたる悩みの艫綱の如く、互いに嫉み給ふ事限りなく、参議重盛もさまざまにもてなし奉りけるが、ついにかひなし。先帝、生年二十三の御年にて、すなはちはなかくならせ給ふ。

 若年とは申せども、御叡慮深く、御情深く、堯舜の習いに異ならず、古今並びなき名君にて、人臣高きも卑しきもおしなべて、先帝のはかなく失せ給ふを、悲しまざる者ぞなき。御忌には、公卿殿上人残らず列座して、御読経の声高らかに、先帝の極楽往生願い奉り給ふなり。

 然れども、俄かに読経の声かき消して、あさましげなる鼓・笛の音の、内裏にいみじく轟きて、人々肝を消し給ふ。「先帝はかなくならせ給ふ折、山門の強訴のあらんずらむは如何あらむ」と、げにげにあさましき有様と覚へて、色をなし給ふも理なり。

 やがて千の悪僧どもに担がれたる御輿の、廂にどうど乗りつけぬ。中納言清盛立ちはだかりて、「先帝の御忌にかくなる狼藉は何者の狂乱にや」と大音声にて呼ばはったり。然れども、御輿の御簾のするするとあがりて、廂に御出御し給ふ人の御有様見て、忽ち肝を消し色をなし、平伏し給ふ。

 参られたるは、院にておはしませり。

 これには列座の人々も、色をなして平伏し給ふ。心のうちに「如何にやあらむ、あさましき院の御出」と思へども、口に出したるは及ばずも道理、わななきわななき、時の過ぐを待つばかりなり。

 院は、中納言清盛の血の失せたる顔を見れば、からからと打ち笑ひ給ひて、仰せ給ひて曰く、「先帝の蓮華王院におはしませば、千の観音の千の御手にて救済あるべきを、かくもはかなくならせ給ひては、げにかひなき事にやあらむ。されば、朕の御自ら、千の僧をひき具して、これまで参り給ふぞ。有難き千の御法の声を奉れば、いよいよ悦び給へ、我が子よ」と。忽ち悪僧ども、あさましき声にて、いららかに読経奉れば、これにはさすがの中納言清盛も、いとど呆れ給ひて、いよいよその御前にて、恥をも知らず礼もなく、「これさすがの暗愚の闇主。かくなる者にいかが治天の務むべきか」とぞ申す。これには人々「あさまし」と思へども、院はからからと打ち笑ひて、中納言清盛に向かひて仰せ給ふには、「さてもさてもおもしろき、汝は朕を謀らむとせしに相違あらず。あさましや、あぶなしや」とて、御輿にのりて御還御し給ひぬ。

 院と中納言の御有様、先帝のはかなくならせ給ひし国家の暗雲に、かくもあさましき有様は、天下大乱の兆し、世も傾く末にやあらむと、人々の申し給ひぬ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ