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逃げるなだってさ、

クレアよ。

城に帰るわ。

明日、レイの部屋に突撃してあげるの。

待ってなさい!!

「じゃあ、どうせまたすぐに来るわっ」


「そうね。みんなも、またね」


 私たち四人は彼女の豪華な家を出た。

 すると、外では楽しそうに談笑する兄と、紳士、というよりは私の持っている執事のイメージにピッタリな男性が椅子に座ってお茶を飲んでいた。


「お兄様、終わりました」


 もちろん、兄には敬語なんて使ったことはないけれども、執事男性がいるので、イメージダウンにならないよう、兄に敬語を使う。

 そして、隣にいた執事風の男性に向かって、


「はじめまして、クレアと申します。以後お見知りおきを、」


 そういって、軽くお辞儀をする。

 もちろん、スカートをつまんで華麗に、お辞儀をしたのだ。

 これに名前がついてくれればいいんだけどな。


「ああ、クレアか。こちら、ジュピタちゃんのお父様だよ」


 ああ、なるほど。

 これが、成金の姿なのか。

 まあ、成金というか人の金で成功した人なわけだけど。


「それでは、失礼しますっ。本日は、ありがとうございます」


 あっという間だったような、長かったような。

 挨拶を済ませたら、もう帰宅だ。


「帰りどこに乗るか、じゃんけんで決めようぜっ」


 ユウが急にそんなことを言うけど、男子はこんなこと言いそう、と思いながらそれを眺めていたが、私も強制参加らしく、じゃんけんの輪に入り込む。


「最初はグー、じゃんけんぽんっ」


 ということで、実際に誰が何を出したか、とかは省略して、私はリュカの隣になった。


「じゃあ、クレアとそのお友達の皆さん、馬車に乗って下さい」


 私、なんだかんだ言って、こんなお出かけはおそらく五歳くらいの時に一回したくらいなんだよな。

 あとは、隣国から帰る途中のカイくんに会ったときくらいだ。

 私が先に馬車に乗り込み、そしてあとからリュカが入ってくる。

 どっちもまだ中学生だから、もう一人くらいのスペースは空いている。

 ラッパの音がなり、私たちは帰路につく。

 私の乗っている馬車の両端には衛兵が左右一人ずつついている。


「お姫様、あのさ、」


 リュカが、外の景色を見ながら私に話しかけてくる。


「・・・なによ、」


 まあ、今のところ彼との付き合いが一番長いのかな?

 まあ、リリカたちを除いてだ。


「さっき話してたときはなんとなく流れちゃったけど、妹は大丈夫なの?」

 

 痛いところをついて来る。


「別に、あんたは妹のことは知らないでしょ?」


 前世では、確かに「相談に乗る」と言われるのはあまり心地よくなかった。

 でも、今は立場があの時とは違うのだ。


「でもさ、未来の女王様が問題を抱えているのは、国民として心配だよ」


 そう言われてしまえば、言い返すことはできないな。


「性格悪いわね、」

 

 そんなこと、思っていないだろ。

 リュカは、ニコリ、と少しニヤける。


「それは、同じじゃないの?」


 兄とそっくりだ。

 ただやっぱり思うのは、彼も兄も、きっと夢を叶える側の人間だ。夢に向かって努力ができる側の人間だ。

 別に、努力から逃げてきたつもりはない。

 ただ、現実には二通りの大人がいるわけだ。

 「やればできる」という人と、「現実を見ろ」という人。

 まあ、その「やればできる」と言っている張本人は、「僕にも一三五キロメートルの玉が投げられますか?」と言われた時に、「あなたにとっての一三五キロメートルが投げれるようになります!」と答えて爆笑をかっさらったわけだ。

 そうだよ。

 努力は、無駄にはならないよ。

 いつか、なれるよ。

 自分で満足できる程度には。

 ただ問題なのは、「現実を見ろ」という大人だ。


 彼らは、総じて現実が見えていない。

 結局、そうなんだ。

 現実は厳しいけど、別に、あんたたちが言うほど厳しくはない。

 それが優しさだとか言うけど、ほんとにそうか?

 厳しく言うことが、長い間苦しめることにもなるんだぞ。

 あんたらの善意をけなしたいわけじゃない。

 所詮は、人の言葉を借りているからそうなるんだ。


「レイはね、ずっと勉強していたんだって。私は、知らなかったのよ」


 それを聞いてリュカは、「お姫様、言い訳ですか?」と煽ってくる。

 私は大人だけれども、ぶん殴ってやりたい気持ちになった。


「違うわよ、まだ続きがあるの」


 リュカは「ごめんなさいね」と、これまた楽しそうに言う。


「彼女は、その努力が不安だったんだよ。それはきっと、私が姉だからさ、」


「姉だから?」


「なんだろう、劣等感っていうとレイによくないし、自意識過剰に思われるかもしれないけど、」


「それは、自意識過剰ですよ」

 

 殺してえ。しかし、私にも非があるからな。


「彼女は、心のどこかで、自分の努力の責任を私に押し付けていたんだよ。それは、私だけじゃなくて、他の家族にも。でも、本当にその責任を背負っているのは彼女自身じゃない。だから、どっかでその責任を私にも押し付けたかったんだろうね」


 まあ、そんなことばっかり言っていても、結局の原因は私にあるわけだ。


「その、なんで妹さんは部屋から出てこなくなっちゃったわけ?」


「その、正直に言うからね」


 リュカは、相変わらず楽しそうに頷いた。


「レイが 『あんたのせいで、私はこんなに辛い思いをしてるのよ』って言ってきたのよ。私は、「辛い思いをしたくないなら、勉強をやめればいいわ」って言ったの」


「その、勉強ってお姫様もやってるんじゃないの?」


 ああ、

 まあ、やってはいますけどね。


「まあ、レイよりはやってないわ」


 もちろん、嘘ではない。


「そりゃ、普通の人はそういうの嫌いでしょ、」


「で、まあその「女王になるための勉強が苦しい」みたいなことを言ってたから、私が「あんたが勉強やめれば私が女王になるわ」って言ったのよ」


「そうだね」


 リュカは、うんうんと頷いた。

 やっぱ、そこらへんは普通の人と感性が異なる私には大きな障壁だったのだが、彼にはすんなりと伝わった。


「それで、レイは部屋から出なくなっちゃったんだよ。レイは、まだ自分の感情がちゃんとわかっていないのよ」


「それは、お姫様が悪いよ」


 まあ、きっとレイと今同じことを思っているんだろうけど、こっちが相談してるんだから、少しくらい気を使って「それは、あなたが正しいよね」と言ってくれればいいのに。

 リップサービスだとしても。



「あんたは、本当に正直ね。生きづらくないの?」


「またそうやって怒ってさ、これだから女の子は怖いんだよ」


「あら、別に怒ってないわよ」


 世の中には、人を怒らせるのが好きな人が一定数いるものだ。


「まあ、そういうことだったの。そりゃ、私にもやることはあるけど、でも根本的な解決にはならないじゃない」


「まあ、厳しいこと言わせてもらうとね、」


 リュカが、私のことをまっすぐと見つめる。


「あなたが、謝りなさいっ」


 結局、大人じゃなくても、こんなのばっかりだ。

 でも、効果的なのはわかってますよ。

 私は、そういうのがわかるから、全部踏まえたうえでどうするか決めなければいけない。

 自分の感情を取るのか、それとも現実を取るのか。

 これは、逃げなのだろうか。

 見ていますよ、しっかりと。

 一応、合理的に判断しているつもりなんですけどね。

 でも、他人から見れば、全部言い訳なんだ。

 この世界は実に都合が悪く作られている。

 なんでも、逃げる逃げないの話に持ち込んでくる。

 夢を追ってますよ。現実も見てますよ。

 どっちも持ってます、私は。

 でも、逃げてるんでしょうね。

 まあ、どうせ自分だけの力じゃ認められないですから、家族や友達の力を借りるしかない。

 夢も、現実も、今は関係無い。


「あ〜、もう、ホントにそんなやつばっかりで嫌いだわっ」


 異世界まで追いかけてきますか。


「現実逃避なんて、してないつもりなんだけどね」


「あれは、いいんだよ」


 実に、予想外の返答だ。


「あら、どうしてなの?」


「あれは、現実を見ていると思っている人のための言葉なんだから」


「一応、それには同意しているつもりなんだけどね」


「まあ、俺が言いたいのは、確かにお姫様にはその妹さんの問題に関わる理由が無いと思うんだけども、」


「無いけども?」


「それだと、妹が可哀想だと思わない?」


 それが、現実ですね。

 現実を無視してはダメだ。

 そりゃ、不平等だし、誰かに助けてもらえるわけじゃないけど、

 でも、誰も助けてくれないわけじゃない。

 私は、ずっと言ってたじゃないの。

 現実は厳しいだけじゃないって。


「思いたくはないけど、確かにそうだわっ」


「それに、もっと嫌なことを言うとさ、」


 まあ、わかるよ。言わなくても。

 馬車の車輪が、道に落ちていた小石を弾き、少し車体が揺れる。

 私とリュカは、掴まるところもないので、隅の方に追いやられる。

 その衝撃で、彼がなんと言ったかは聞こえなかったが、


「私からも言わせてもらうけど、」


 と言って、私は体勢を立て直す。


「そんなんじゃ、モテないわよっ」


 さっきの衝撃などもう忘れて、馬車はまっすぐと走り続けていた。


また見てね

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