なんで、異世界に来たのになんにも思い通りにならないのよっ!!
これは、私とカイくんの物語なの。
それなのに、こんなのはおかしいわっ。
いい、レイ。あんた、見てなさいよ!!
絶対に、私がカイくんを勝ち取ってみせるわ。
「お兄ちゃんっ」
翌日、そろそろ世界征服の計画を始動しようかと思い、私は外に出て兄を召喚する。
すると、突然メタルな音楽が流れ始める。
お兄ちゃん、それはあと三〇〇年は先の技術よっ。
ギターの音が、城に反響し、はち切れんばかりのドラムの音がボワンボワンと散漫する。
申し訳ないが、生前からメタルにはまったく馴染みがないのだ。見た目も怖いし、音も耳をつんざくような音だから、どうも敬遠していたのだが、敬遠していたバチなのか、異世界で聞かされるハメになるとは。
スネアの音が加速するのと同時に、空気にヒビが入るように感じる。そして、本当に空気に大きな亀裂が入ったところで、もうなんと表現すればいいのかわからないが、本当に私の目の前の空間がパックリと二つに裂けて、中から二人の女の子が現れる。
すると、二人の女の子が突然踊りだす。踊りとも無縁だった私は、ただそれを眺めていた。
ギターのメロディが一番盛り上がるところ?(私の主観で)に差し掛かったところで、もう一度空間に先程より大きな裂け目ができて、そこから兄が現れた。
「どうしたんだい。我が愛しの妹よっ」
スタっと兄が私の前に現れる。
「お兄ちゃん、そろそろ世界征服するわよっ」
「なんだ、そういうことか。もちろん、いいさっ」
「いい。私はここにいるから、お兄ちゃん全部頼むわよっ。この前あそこの森は征服したものねっ」
まあ、あれからあの森にはまったく行っていないけれども、まあ仕方ない。
「そうだな。一応、ときどき僕も見回りに行ってるんだっ」
あら、そうだったの。でも、そんな自慢するみたいに言われてもね。
「だから、そこから私の領土を更に広げるわよっ」
「もちろん、クレアの願いなら僕は何でも叶えるよっ」
これで、世界征服の夢は達成されたも同然だ。とすると、結局私はこれから暇になってしまうわけだ。
なにをしようか。暇になってしまっては、転生してきた意味がない。ガキどもも、そろそろ中学生の年齢になるのだ。今は、女子としての若干の発育の速さのアドバンテージでなんとかなっていたけれども、これからはそう簡単には行かないかもしれない。
「世界征服って、どのくらい時間かかるの?」
「そうだな。まだ地図に載っていない場所も沢山あるしなっ」
今までの発言から、今の時代はだいたい中世くらいなもんだと思っていた。まあ、今を生きているのだから、もともといた二一世紀から引き算で年代を考えるのは、もしかするとナンセンスなのかもしれないが、私としてはそれがどうも標準的な考え方になってしまっているのだ。
でも、一五世紀くらいには大航海時代やらで、まあ、未開の部族とか変な離島とかは地図に載っていないとしても、地球が丸いことはなんとなく把握して、大まかな地図くらいは完成しているものだと思っていたのだが、この世界ではまだなのか。
「なにそれ。じゃあ、まずは地図を作るわよっ」
「ああ、もちろんさっ」
そう言って、兄はいなくなった。いつもなら、「もちろん」と言った直後には兄は戻ってきていたが、今回はそうではない。本当に、時間のかかる業務なのだろう。
それに、兄はちょくちょく私の頼み事を後回しにしている節もある。
定期的に言っておかないとだわ。
それにしても、結局、暇になってしまった。
冒険にでも行くか?
なんか、新しいことに挑戦してみたいな。
だがしかし、
新しいことをする前に、カイくんに一度会っておくことにした。朝食を食べる時とか、そういうときに見かけるくらいの関係になってしまい、どうも最近寂しいな、と思っていたところ、ちょうど暇になったのだ。
これこそ、ご都合主義なのだろう。
ご都合が合うときに。
「ちょっと、カイくん!!私よっ」
レイの部屋の前に来た。扉の少し横で、仁王立ちし、出てくる人を待ち構える。
「あ、あの〜」
あ、カイくんだっ。
私は、両手を精一杯広げて彼を迎えに行くけれども、彼は右足を下げ左足を下げ、と華麗なステップで私をかわす。
「あの、今レイ様が着替えているので、ちょっと駄目です」
「じゃあ、カイくん。たまには一緒に遊ばない?」
カイくんの目が右、左、と振り子運動をする。
「いや、俺も仕事があるんですよ。ちょっと、」
これ、押せばいけるか?
「カイくん、仕事はね、サボってもいいのよ」
そうだっ。私は仕事なんてしたことがないけど。
「でも、レイ様を守らないと」
「なによ。あんなやつは、私の影武者でしかないんだから、本体の私が生きていれば、大丈夫よっ」
「ちょっとっ」
扉の向こうから声が聞こえる。そして、扉がちょうど人一人分くらいの隙間が出来て、そこから私そっくりな顔が生えてきた。ただ、私は最近ショートヘアにしたので、彼女との区別は、彼女のもう腰の辺りまで伸びた長い髪とで一瞬で区別することができる。
「最近来ないと思ったら、なんなのよっ。あんた、邪魔なのよっ」
カイくんが、気まずそうに私の足元を見ている。
「ちょっと、なに顔だけで話してんのよっ」
私が、レイの両耳を思い切り引っ張ると、下着姿のレイの体が頭と一緒についてきた。
「ああ、ちょっと、」
一応、カイくんがボディーガードらしくレイの盾となって私にレイの体が見えないようにするけれども、レイはそんなことに臆すること無く私の前に仁王立ちして、「うちのカイに何の用なの?」とガンをとばしてくる。
「あんたばっかり、カイくんを独り占めしていてずるいわっ」
自分より一歩前にでた主人の下着姿を見たい、という思春期ならではの自分に正直な行動と、彼の仕事としてやるべきこととの境で、今カイくんがものすごい葛藤をしている。
それにしても、なんで双子(一卵性なのかはわからないけれど、顔は似ているんだしきっと一卵性なのだろう)なのに、こんなにも胸のサイズが違うのだ。
まあ、何度も言わせてもらうけど、
「あんた、夢や希望では胸は膨らまないんだわっ」
だいたい乳首があるであろう位置に、私は人差し指を突き立てる。レイが、無様にもカイくんの前で「あんっ」という情けない声を出す。
カイくんは、さすがに無理があると思うのだが、それは聞こえないふりをして、何かゴニョゴニョと口を動かしていた。
「何するのよっ」
レイは怒号という程ではないが、怒りの声を上げた。
私は、先程彼女の胸に触れて確信したので、ニッと唇の端を上げながら彼女に
「あら、その胸につけてるの、誰が発明したか知ってるの?」と伝えた。
結局、みんな着けてるんだ。
「は?お兄様でしょ?」
「レイ、なんであんたは男にこの悩みがわかると思ってるの?そんなわけ、ないじゃないっ」
じゃあ誰が、という目でこちらを見てきたので、私は大きく虚胸を張って、自分自身に右手の親指を向ける。ブルン、という効果無音が虚しく虚空を舞う。
「あんたこそ、そんな胸で思いつくわけないでしょ」
「じゃあ、あんたにはそれを売らないようにお兄ちゃんにお願いするわっ」
「あんたのその「お兄ちゃん」っていう呼び方気に入らないのよっ。お兄様にしなさいっ。一族の恥さらしだわ」
「そっちこそ、王家の厳粛な城の廊下に下着だけで出てくるって、どういう神経しているのかしら」
とはいいつつも、見た目こそ厳粛であれど、たまに排泄物がそこら辺に落ちていたりするのがこの城の廊下なのだから、下着くらい別に大したことはない。
もちろん、基本は落ちていない。本当にたまに、落ちているんだ。
私は、ちゃんとトイレでしてますから。
「まあ、毎回悪口ばっかり言っててもなににもならないですよ」
「そうね、戻りましょうか。カイ、行くわよ」
私はカイくんの手を握って、部屋の中へ入ろうとする。カイくんは、レイの下着姿を見ないために目を伏せているので、声も顔もそっくりな私とレイの見分けがついていないみたいだった。
カイくんが、下を向いたまま部屋の扉を閉める。
「あ、ちょっと、カイ!!そっちは私じゃないわっ」
その声で、はっとしたようにカイくんが顔をあげる。その上げた顔には、下着姿を見れなかったことに対する落胆と、自身が犯してしまった過失への自己叱責の二つが、絶妙な配分で含まれており、唇が、横一文字に広結ばれていた。
「ちょっと、っと」
もちろん、ここまで来たら私はチャンスを逃さない。まずは、部屋の扉のドアノブのところに、本当にたまたま私が持っていた南京錠をかけて施錠する。
そして、私はカイくんにのしかかる。所詮は、モデル体中学生女子ではあるのだが、それでも、カイくんもまだまだ小柄な少年だ。
彼の頭のてっぺんは私の眉毛くらいまで伸びてはいるくらいの大きさだが、あと少しで追い越されてしまう、という制約と誓約によって、彼を押し倒すことに成功する。
「ちょっと、お姉様っ。駄目ですっ。・・・ちょ、」
段々と、彼から感情が溢れ出してくることがわかった。
彼が、身を守るでもなく、顔を両手で覆っている。
私は、自分の服を脱ぐのを一度やめる。
「あ、ごめん。ちょっと、」
そういえば、前もこんなことがあったような、。あの時は、お兄ちゃんに謝ってもらったんだもんな。私、経験年齢で言うともう三五くらいなんだけど、まあなんと情けない。年下の世界で暴れまわって、人を泣かせて。
「もう、・・・なんなんですか、あなたは」
カイくんが、ベッドから起き上がって、そして下を向いてそう言った。
「いや、グスン、でつに、・・・別に、」
ああ、一三歳の体よ。なんで、そんなに涙もろいんだよっ。もう、恥ずかしいよ。つい、もらい泣きしてしまった。
まあ、原因は私にあるのだが。
「勝手に泣いたのは、そっちでしょっっっっ!!!!!」
とっさに、私はそう叫んだ。
カイくんが引いてる。涙も、その反動で止まっている。
「私たちって、どういう関係なのっ」
そういえば、私たちってどういう関係なんだろうな。
「それは、・・・ただ俺は、レイ様の召使いをやっているだけです。だから、お姉様の方には別になんにも、」
カイくんは、実に正直にそう答えた。
「なによ、それはっ。レイだけずるいじゃないっ」
そうだそうだ。どちらかというと、カイくんを姉である私につけるべきだろ!!
「ずるいって、別に、お姉様には」
「そのお姉様っていうのも、なんなの?」
アニメとかで「名前で呼んで」という場面を見る度に、呼ばれ方なんてどうでもいいだろ、と思っていたんだけどな、と思いつつもついそんな言葉が口から出てしまっていた。
クレアちゃん愛してるって、口づけしながら言ってほしい。
舌を絡めながらそう言ってほしい。
その言葉を、挿入してほしい。
「それは、なんとなくっていうか、」
「じゃあ、クレアでいいわ。ていうか、レイのことはいつもなんて呼んでるのっ」
本当は彼の手を握りたかったが、それは一旦控えて、ただ彼の目を真っ直ぐと見て言った。彼は、私から少し目をそらして、
「それは、お嬢様とか、レイ様とか、」と言う。
本当に、なんで私には可愛い執事がいないのよっ。
「本当に?」
「そりゃそうですよ。別に、普通ですよね。仕事として」
「じゃあ、私には仕事じゃなくていいよねっ。じゃあ、クレアって呼んでみてよっ。今、早くっ」
ドアがゴンと大きな音を立てる。そして、レイの「開けなさいよ」という声が扉越しに聞こえてくる。せっかくの良いところなのに、まあ邪魔で仕方がない。レイとの揉め事のときには、お兄ちゃんはあんまり役に立たないだろうし。
「え、それはちょっと、」
「いいから、呼びなさいっ」
私は、喉の奥から声を絞り出すように、彼に言った。
涙の跡が乾いてヒリヒリとするけれども、それでも、どうしても言ってほしい。言ってくれれば、当分困らなくて済む。
「じゃあ、・・・・・く、れあ、・・・・・・様」
「あ〜、もうっ。いい、ちゃんと呼んで。そしたら、解放してあげるわっ」
まあ、情けないけど、泣いている彼に体を迫るのはさすがに大人気ないと思ったし。
私は、カイくんのうっすらと透き通った碧眼をまっすぐ見つめる。カイくんは、その瞳に潤いを持たせながら、少し私から目を背ける。私は、もう恥ずかしいという感情も身体表現もどこかへ置いてきてしまったので、ただただ彼をまっすぐと見つめる。
「クレア、」
「カイくんっ」
私が、もう一度抱きつこうとすると、カイくんはすぐに逃げ出してしまった。
私がかけた南京錠を引き出しに入っていた鉱物で何度も殴って破壊し、外に脱出した。そして、あろうことか彼はレイの胸元に飛び込んで、子供のように泣き出したのだ。
私は、それ以上は憚られたので、それをただ眺めていた。
「ちょっと、クレア。あんたカイに、なにをしたのよっ」
カイくんは、心細そうにまだ下着姿のレイに抱きついた。
「なによ、あんた。保護者気取りなのっ?ふざけんじゃないわよ。まあいいわ。私は、これから世界を征服するのっ。そしたら、あんたは奴隷として使ってあげるから感謝しなさいっ。絶対に、あんたのこと許さないからっ」
レイは、不思議そうにしたのも束の間、すぐにこちらを睨んできた。
クソだわ。
絶対に、おかしい。転生してきたのに、なんで上手く行かないのよ。
だって、最初は、私は順調にカイくんの奴隷となるルートを進んでいたじゃない。それなのに、あのクソエルフが間違えるからこんな地獄を味わっているんだわ。
転生してきたのに、これはあきらかにおかしいもの。
そうよ。
この世界には、嫌なことなんて一つもない。転生したんだから、嫌なことなんて一つでもあってはいけない。
でも、前世でだって、やりたいことなんてなかったし、今だって、さほどやりたいことはない。というか、やりたいことはあるけれども、それを本気で叶えたいとはあまり思わない。
レイは、ずるいわ。なんで、私は姉として生まれてきたのよっ。
まだまだこれからよ。
今度もちゃんと見なさい




