7 ドラゴン公爵と脇役令嬢
あー、いやだ。これって結構詰んでない?
現実逃避のために、私は天蓋付きの寝台で大の字になっている。
舞踏会が終わって、アレアーヌ様と公爵様は小説通りラストダンスは踊っていた。
でも、二人の帰るときの空気感。思い出すだけでゾッとするほど、冷え切っていた。美男美女が笑い合っているのに、漂う空気に触れると腕が切れそうな感じ。
「お、お嬢様! 公爵様がお越しです!」
ドタバタと音を立てて、侍女が部屋に滑り込んできた。
「公爵様?」
わざと時間をかけて準備をした。
その長い準備の間に、帰ってくれないだろうかと思ったが、どうやらまだいるらしい。
侍女たちの「早くしろ」という無言の圧に耐えかねて、渋々公爵様のもとへ向かうことにした。
会いたくないよー。
もしかしたら、今日がこの世界で生きる最後の日になるかもしれないと思うと、泣けてくる。
「はあ……」
階段の下に続く玄関ホールに、公爵様がいた。
公爵様は、いつもよりきちんとした身なりだった。ボタンを首元までしっかりと閉め、髪も丁寧に纏め上げられている。
また、先日とは違う雰囲気を纏っていた。
階段を降りるのが億劫。降り方を忘れたと言い訳したい。
ボーッと佇む公爵様を見ていると、パチリと目が合った。
「やぁ。久しぶり、とでも言おうか」
ニヤリと公爵様が微笑んだ。
「あの時は随分、俺を可愛がってくれたじゃないか」
なんの話だ。公爵様を可愛がった記憶はないし、そんなことしたら忘れない。
「私は公爵様には、なにもしておりません」
「してくれたじゃないか。俺を庇い、そして花まで贈ってくれた」
「それはアフエンにであって、公爵様にでは決してありません」
「だから、くれたではないか」
「珍しいお花をお贈りしただけで、公爵様にはなにも」
公爵様は、懐から綺麗に折り畳まれた紙を取り出した。
そして、署名済みの婚姻届を目の前に突き出してきた。
「なにこれ!?」
「あの花は俺への求愛ではなかったのか? だからそれに応えようと思って」
「きゅ、求愛って……。先ほども申し上げましたが、あれはアフエンに向けた贈り物であって、公爵様へでは……」
「俺の背中に乗って、かっこいいと言っていたではないか」
俺の、背中……?
「え……? え!?」
「君を助けた時、公爵は俺じゃなかった。ドラゴンの中に、本物の公爵がいた」
じゃあ、あの時の公爵様は、誰?
「てことは、あの時の公爵様は公爵様じゃなくて、ドラゴンが公爵様だったってこと!?」
自分で言っていても意味がわからない。だが、公爵様は頷いている。
「君が会っていた公爵は、あの時アフエンの魂が入っていた。そしてドラゴンに俺の魂が入っていた」
「つまるところ、魂が入れ替わっていたと」
「そういうことだ」
納得したふうにしているけど、全然納得していない。
だってそしたら、私のしてきたことは全て無意味だったってことでしょう?
「どうして、それを誰にも言わなかったんですか?」
「公爵の中にドラゴンの魂が入っていると知られてしまえば、そこに付け入ろうとする馬鹿が現れる。現に、アフエンは子どもっぽくて、俺の言うことを聞かない時もあった」
「な、なるほど……」
小説の中の公爵は、ぶつ切りの言葉ばかり話すが、政務をしっかりとこなし、ドラゴンと共に国の窮地を救う。それがこの小説のヒーローである公爵様の姿だ。じゃあ小説の方は、二人の魂が正しい位置に戻らないまま、結末を迎えてしまったのね。
待って、『ドラゴン公爵と聖女様』のドラゴン公爵って、ドラゴンと公爵じゃなくて、そのままの意味だったってこと? ドラゴン(である)公爵と聖女様ってこと!?
そしてその意味が回収されずに完結したってこと?
「あ、あの! いくつか質問が!」
「ああ」
「公爵様が療養中の時、アフエンに会いにいったのですが、その時はどちらですか?」
「ふむ。その時は既にこの身体に戻っていた」
あの時は既に戻っていたんだ。だから身体が小さかったのかな。
というか、公爵様がぶつ切りで話していたのって、アフエンが人間の言葉を喋り慣れてないってことだったのでは。
そう考えればかなり辻褄が合う。
ワンテンポ遅れて答えが返ってくるのは、ドラゴンに入っていた公爵様に指示をされていたから。公爵様が柔らかい雰囲気だったのは、アフエンの性格が見えていたから。
小説で公爵様が冷徹だったのは、アフエンがドラゴンに入っていた公爵様に指示されていたからなのね。そして公爵様は、自らを悪者にしてまで、聖女であるアレアーヌを守り抜いた。
「この身体に戻ってから一ヶ月は、長く寝込んでいてな。その間の政務を次の月に回したせいで、療養が長くなった」
「ではあの舞踏会の時は、どちらだったんですか?」
「ああ、よく演じきれていたと思わないか?」
「は?」
「人が大勢いたから、アフエンが入っていた時の俺を演じていたんだ。プロポーズも兼ねて、二人きりの時に明かそうと思って」
あれだけの威圧感を放っておいて、アフエンが入っていた公爵様を演じていたつもり!?
「あの花を食べたら、お互いの魂があるべき場所に戻ることができたんだ。やっと、あの花のお返しができる」
「いや、いらないです! お礼なんていらないです!」
「いいのか? お前のだーいすきなドラゴンに、二度と会えなくなっても」
確かに会えなくなるのはいや! いままでしてきたことが、全て裏目に出て、小説通りの結末の妨げになっていたなんて、到底立ち直れない! 癒してほしい!
けど、公爵様はアレアーヌと幸せにならないと、私がたぶん死ぬ!
「俺と結婚すれば、好きな時に好きなだけあいつに会えるようになる」
「それは……、とても魅力的ですが……。他にもドラゴンはいますから!!」
力が足りないかもしれないが、愛と勇気さえあれば主従契約できるかもしれない。
「………………断るというのか」
「逆に私より、もっと素晴らしい人間がいまして。アレアーヌという名で」
「君より真っ直ぐな人間が、いるというのか? 君のその真っすぐさ、謙虚で真面目で、人を思いやれる。そんな君より真っすぐな人間はいない。そんな君だから、俺は惚れたんだ」
そんな脇役の私が、公爵様に惚れられるって何事!? 公爵様の勘違いってことにできないかな。
「なっ、なんの話ですか?」
「俺が、君に、惚れた、という話だ」
待って。小説にもあった、公爵様がアレアーヌ様に惚れた理由。もしかして、そのすべてを私が奪っていたってこと……?
そしてたぶん、断ったらいろんな意味で殺される!
それに、キセに目の敵にされる未来が見える。私が死ぬまでに、なんとかして公爵様の興味をアレアーヌ様に移せばいいのでは?
「ま、まずは友達から……」
「ふむ。結果は俺の行動次第というわけか。まぁ、いいだろう」
納得してくれたみたいでよかった。
いや、よくないんだけどね?!
その清々しさに、思わず頷いてしまいそうになった。
公爵様は婚姻届けを懐にしまい、私の両肩に手を置いた。そして鼻先が触れそうなほど距離が近くなる。
「これからはよろしくな。友人として、そして未来の公爵夫人として」
逃げられる未来が見えないんですけど!?
死にたくなかっただけなのに~~!!
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