6 冷徹公爵様
あっという間に三ヶ月後の舞踏会。
国王主催で、国の令息令嬢たちが一堂に集まる、大きなイベントの一つで、小説内でもとりわけ大イベントとして扱われていた。
それはもちろん、ヒロインであるアレアーヌ様と、ヒーローであるレオン・シュベルト公爵の出会いとなるイベントなのだから当然ね。
「ベアリーさま! 本当にありがとうございます」
私は今、アレアーヌ様に泣きながら感謝されている。
それもそのはず、公爵様がアレアーヌ様を迎えにいき、この舞踏会の会場までエスコートしたのだ。そうすれば必然的にアレアーヌ様と、公爵様の間に一つの噂が流れる。
レオン・シュベルト公爵は、平民の血を引く伯爵令嬢アレアーヌが貴族社会へ足を踏み入れることを認めた、と。貴族社会に馴染めていなかったアレアーヌ様にとっては、素晴らしい後ろ盾を得たことになる。
「そんな、感謝されるほどのことでは……」
しかし、当の私は下心で動いていたので、感謝されるほど心が痛んでいた。
死にたくないから貴女を利用した、なんて言ってしまえば、アレアーヌ様に失望されてしまうだろう。
それにキセの嫉妬の矛先が、アレアーヌ様へと向くことだろうし、彼女の負担が大きくなるのは間違いない。早めに聖女の力を得てもらわないと。
「ちなみに馬車では二人きりだったんですよね?」
「いいえ、ドラゴンが一匹いました」
わあ! アフエンも来ていらしているんだわ。あとで会えないかしら。
それは置いておいて。
「それで、なにかお話はされましたか?」
「そうですね……。パートナーになっていただいたことへの感謝と、ベアリー様についてくらいです」
「わ、私? もっと別の話は……?」
「そんなのありませんよ!」
アレアーヌ様はケラケラとお腹を抑えながら笑った。
「あは、あはは……」
対して私は笑えなかった。頬が引き攣り、うまく笑えているかどうか……。
ちょっと、ちょっと待ってよ! これじゃあ小説のストーリーに戻っていないってことじゃない!
まずい。このままじゃ死ぬことになる。
全てが未確定になってしまったこの小説内で、死ぬのかすらわからないが、とりあえず大筋は戻さないと。
どうしたら二人のイベントが発生するのよ!
「ところで、公爵様は?」
「それが、ファーストダンスを踊った後、どこかへ行かれてしまって」
「なんてこと! 探しにいきましょう!」
私はアレアーヌ様の手を引いて、城内をくまなく探した。
休憩室、お手洗い、庭園や広間——。
「ベアリー様、もう諦めましょう……。わたしたちが探せる範囲は全て探しました」
そんな、嫌だ、死にたくない!
「というか、キセ様って今日いらした?」
「いいえ? ベアリー様を突き落とした事件のあと、キセ様は階段から落ちて大けがをされたとか」
なにそれ、そんなストーリー聞いてない。キセが大けがをするのは、アレアーヌ様に突き落とされたと嘘をつくときだけ。それも仮病!
でもこの舞踏会に来ていないってことは、仮病ではなくガチ。
「おや。こんなところに」
その声に、全身の血が跳ねた。
な、なに。いつもと違う、振り向くのも恐ろしいほどの威圧感。
「……こ、公爵、さま。ご機嫌よう」
「…………ご機嫌ょぅ」
アレアーヌ様も小動物のような、弱々しい声で挨拶した。
後ろを向いている私でさえ、振り向くのが怖いのに、対面しているアレアーヌ様はもっと怖いわよね。首をギギギと音が鳴りそうなほど、ゆっくりと回した。
「探されていたようなので」
なんだろう。柔らかくない、とでも言おうか。
「何か、ご用でも?」
にこりと微笑むその顔も、筋肉質な胸が見えているのも、以前と変わらないはずなのに、どこかヒリヒリとする空気が流れている。
その変化を察したのか、アレアーヌ様が手をぎゅっと握ってくれた。
だから貴女はヒロインで、あの冷徹公爵を溶かすことができるのね! そのまま今の公爵様も追い払ってください、ヒロインパワーでお願いします。
「ベアリーさま、ご安心ください。わたしがなんとか」
「耳打ち? 仲、良いんだね。手も繋いでさ」
なに。
本当になに。
まさか、公爵様に殺される?
「わたしとベアリーさまは、旧知の仲なのです!」
「ふぅん。……約束、忘れていなければ、なんでもいい」
ただそこにいるだけなのに、謎の威圧感。それも私に向けての。公爵様は眉間に皺を寄せ、ただでさえ底冷えするような目をしているのに、今はもっと冷たく感じる。
心当たりが多すぎて、なにを謝ればいいのか見当がつかない。
公爵様は腕を組み、短く息を吐いた。
「アレアーヌ嬢、疲れたんだけど」
「は、はい?」
「帰りたいんだけど」
「まだラストダンスすら終わっていません! 帰りません!」
「……はあ。休んでる」
公爵様はそう言って翻り、休憩室へと入っていった。
それを見た途端、ブワッと脂汗が出てきた。
「ベアリーさま、大丈夫ですか?」
「え、ええ。今日は諦めましょう……」
「なにを諦めるんですか?」
「……こちらの話です」
しまった。つい口走ってしまった。
あなたと、公爵様を今日引き合わせるのは、やめた方が良さそうね。
次回、最終話です。
7/3 17:10投稿です!




