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【完結】ドラゴンに助けていただいたお礼として花を贈ったら、婚姻届が返ってきました  作者: 三木悠希


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5 水浴びと犬小屋



 森の中にポツンと湖があった。どうやらここは公爵領で、ドラゴン達の水浴び場となっているようだ。


 そして湖に着くなり、公爵様が最初に湖へと入った。


「じゃあ……」


 そう言うと、公爵様は外套を脱ぎ捨て、シャツに手をかけた。

 

「わっ」


 アフエンの尻尾がズルリと音を立てて、公爵様と私の間に置かれた。私の四方は、ドラゴンの体で塞がれてしまった。


 ドラゴンの監獄だ! なんて考えていると、アフエンと公爵様が何か言い争いを始めた。


「グアアッ!」

「別に、いいじゃん」

 

 竜語が理解できない私は、その間、ただアフエンの肢体を堪能していた。アフエンが叫ぶ度、鱗の下に隠れている肉体が震えるのが分かる。


「グアア、グアッ!!」

「わかった。下は履くよ」


 な、なに、公爵様、今全裸なの!?


 しばらくすると、アフエンの尻尾が動き、私は解放された。


 目の前にはエメラルドグリーンの湖が広がっていた。奥には山々が聳え立ち、無骨な岩と柔らかな森の緑、そして湖が一面に広がっていた。


 そして、とても気持ちよさそうなのだ。


「私も足だけ……」


 そう思い、ドレスを持ち上げて湖へと足を進めた。


「その怪我、痛む?」

「え?」


 公爵様にそう言われ、自分の足を見た。

 あざだらけだった。これはきっと、キセにつけられた傷だろう。一週間経っているとはいえ、まだ痛々しい傷痕が残っていた。


 グニリと、青タンになっている部分を抓った。皮膚の下がジクジクと痛い。


「……痛くありませんよ」

「そう。…………誰に、やられたの?」


 ここでキセにやられたと言えば、アレアーヌ様と共通の話題ができるんじゃないかな。そしたら馬車の中で会話が盛り上がったりして!

 

「キセ様に……」

「あの女」


 湖の温度が、一気に下がった気がした。


「…………ベアリーは、どうしたい?」

「そうですね。アレアーヌ様と公爵様の力を合わせれば、キセ様なんてどうってことないですよ!」

「ふーん。…………ずいぶん、あの人のこと、気に入ってるんだね」

「はい。確かに、まだ教養が足りていない部分もあります。ですが、とても素直な方で、真っ直ぐです。公爵様の好みだと思うのですが……」


 チラリと公爵様の方を見た。

 太陽の光を浴び、水面から反射する光にも照らされて、神々しく見える。

 

「グアアアアアッ!」

「…………もう、好きな人、いる」

「まあ! どなたですか? アレアーヌ様ですよね?」

「…………」

 

 公爵様が黙っていると、ドラゴンの尻尾の先がお腹に巻き付いてきた。まるで湖から出るように押され、私は素直に湖から上がった。

 

 ペチペチと尻尾の先を触ると、鱗が柔らかくて、プニプニしていた。奇妙な感覚に撫で続けていると、尻尾の先端がスルッと手から抜け、私のお腹を撫でるように動いた。


「どうしましたか? あ、お花があれでは足りませんか? 少しだけ待っていてください」

「グアッ、グアアアッ」


 なんだろう。今、ドラゴンに説教をされている気がする。


「わ、わかりました?」

「グウ」


 ドラゴンは納得したのか、喉を鳴らして寝始めた。


 あれ、あなたの水浴びに来たはずでは?



◆◆◆◆◇

 


「公爵様、大丈夫かしら……」


 公爵様は、アフエンにあの花を送って数日後。公爵様が療養するという知らせが、国中を回った。


 世の中の令嬢は、次の舞踏会で婚約者を選ぶために公爵邸の門が閉ざされているのではと、そわそわとしていた。


 それなら見合いでもするでしょうに、と思いながら、私は寝台に寝転んで今後の計画を練っていた。

 

 公爵様は寡黙で、少し不思議な方。

 それでも冷徹公爵と呼ばれるだけはあり、あの湖での瞳を思い出すだけで、時折心が凍りそうになる。


 そして、小説を思い出してしまう私は、違う意味でゾッとする。


 

 小説での公爵様は、アレアーヌ様の愛し方がわからなかった。

 最初は、アレアーヌ様に危険がないように囲い、巣に閉じ込めるような形で彼女を閉じ込めた。だが、アレアーヌ様は真正面から、公爵様に歯向かったのだ。


『閉じ込められるということは、わたしが信用されていないということでしょう!?』


 公爵様は言う。


『周りが、信用できない。だから、アレアーヌはここに、ここに骨を埋めればいい』


 アレアーヌはゾッとしながらも、彼の愛し方のわからない不器用さにときめいていた。

 


 ときめくかねえ……。私なら、束縛激しすぎて無理だなぁ。まあ、そんなことは絶対ないんだけどね。

 

 そんなことより、アフエンに何かあったのではないだろうか。


「お花を送って、アフエンさんに気に入られたら、いっぱい会えると思ったのに……」


 公爵様に近づいたのは、完璧なる下心からだった。半分はかっこいいドラゴンに気に入られたいという気持ち。もう半分は、主従関係にない人間が、ドラゴンと親しくなれるってすごくない!? というもの。


 この下心は、隠さなければならない。


 だってバレたら、余計にドラゴンから遠ざかってしまうかもしれない。あんなにかっこいい生物がいるっていうだけで、この世界にいる価値があるのよ。

 それに、敵意がないことが、自然と伝わってくるのよね。


「お見舞いにでも行こうかしら。迷惑かなぁ」


 アフエンはどこで飼われているんだろう。あんなに大きな身体なんだから、犬小屋みたいなのには入らないだろうし。

 公爵邸に近づけば、アフエンに会えるんじゃない?


 私は寝台の傍にある紐を引いて、ベルを鳴らした。


「今から公爵邸に行くわ!」


 そうして準備を簡単に済ませ、馬車に揺られて数時間。


 相変わらず、でかい……。


 アミューズメントパークに来ている夢を見ている気分になるくらいに。


 そして、門番の前に私は立った。


「あの、公爵様にお会いしたいのですが」

「申し訳ありません。この門を開けるわけにはいきませんので、お引き取りください」

「では、アフエン様にはお会いできませんか? お願いします!」


 私は渾身の土下座をしてみせた。

 門番は小さくため息をついた。

 

「………………少々、お待ちを」



 なーんだ、普通に入れるじゃない。公爵様にはお会いできないみたいだけど、私の目的はアフエンさんだし。


「アフエンさん! こんにち、っ~~!?」


 驚愕の事実に、思わず声にならない声を出してしまった。


「い、犬小屋ぁ!?」


 そう叫ぶと、犬小屋みたいな小さな小屋から緋色のドラゴンが出てきた。


 目はまんまるで、小型犬のように小さくなっていて、明らかにデフォルメされていた。

 

「キュル?」


 思わず膝から崩れ落ちた。


 そんな、こんなに誉に満ち、威厳に溢れたドラゴンが。まさか、本当に犬小屋みたいな小さな家に住んでいるとは——。


「ど、どうしましょう……。ご不便はございませんか?」

「キュゥ!」


 何もない、と言わんばかりの声を上げ、私は思わず身体を持ち上げて抱き寄せた。


「健気……」


 鱗だからか、ひんやりとしている。それがまた気持ちが良かった。


「ギュー」


 いけない、こんな良いようにしては。

 

 そう思い、膝の上に小さなアフエンを下ろした。膝の上を踏まれる感覚さえも愛おしく、この子も生きているのだと実感する。

 

 アフエンは私の膝の上で、猫のように丸まって寝始めた。


 なんて可愛らしいの!


「今とっても幸せです」

「キュウ!」


 私の言葉に呼応するように、アフエンも高い声を出した。


 

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