4 死亡フラグ、へし折ったり…?
伯爵領から公爵領へは、馬車で向かった。
馬車から見えた公爵邸を見て、思わず息を呑んだ。公爵邸は、伯爵邸と比べ物にならないほど横にも縦にも大きく、綺麗で手入れが行き届いている。
うちとは違うわ。さすが公爵邸。国王に次ぐ権力を持つ方だわ。
公爵邸に着くと、公爵様が出迎えてくれた。忙しいだろうに、わざわざ出迎えだなんて謙虚な人だと思った。
しばらく庭園を歩くと、大きな緋色の身体が見えてきた。夜に見た時とはまた違う、幻想的な雰囲気を纏っていた。
これもこれでかっこいい!
「アフエンさん! この間のお礼です!」
そうして抱えきれないほどの花を、アフエンへ差し出した。
「グルゥ……」
アフエンは私の差し出した花束に、片方の鼻の穴を近づけた。
アフエンが呼吸をするだけで、花がもぎ取られそうになる。花弁が数枚鼻の中へ入ったが、アフエンは気にしていないようだ。
ただ目を細めて、じっとこちらを見ていた。
「お気に召さない? じゃあ、これは?」
私は別の花束を差し出した。花の中にも好き嫌いがあるだろうと踏んで、様々な種類の花を用意してきた。
「フンス、フン」
「全部……?」
「グルゥ」
口の端から涎がたくさん漏れ出ていた。
「ふふ、可愛い子」
「グアアアッ!」
びちゃびちゃと唾液が飛んできた。おかげでドレスもベトベトだが、構わない。
ドラゴンの珍しい唾液と、小説への軌道修正を考えたら、ドレスの一着くらい安いものだ。ベアリーのお父様、まだお会いしたことないけれど、ごめんなさい。
「……可愛いは、いや。かっこいい、が、いい」
「公爵様はかっこいいですよ? アフエンさんが可愛いんです」
公爵様は口を尖らせ、アフエンは目を細めた。
どうして、二人揃ってムスッとしているのだろう。
はっ! エサ代を賄おうと思ったのに、私の持ってきた花が思ったより少なくて幻滅してる!? 安心して、幌馬車三台連れてきたから!
「全部食べてください! 私が山で採ってきたものばかりです! 新鮮ですし、珍しいものもありますよ!」
「いいな」
人間ってあんまり花、食べないよね?
「……この花、初めて見たんですが。あ、毒とかあるのかな」
薄ピンクの不思議な花だった。伯爵領の隅に生えていたこの花が珍しくて、思わず採ってきてしまったのだ。
「それは!」
「やっぱり毒ですか?!」
アフエンの口がそこまで迫っていて、思わず手を引いてしまった。
毒を食べて死んでしまったらと思うと、公爵様の仕返しが恐ろしくて堪らない。
「グゥッ」
「…………ち、ちがう……。うん、食べる」
「そうですか。よかった」
花束をドサドサと地面に置いていくと、ドラゴンは鼻先で草と花、蕾の選別を器用に始めた。
なんて愛らしいのかしら。
こんなに可愛い子が、恐れられているなんて。まぁ仕方のないことだけれど、キセの言っていた人の腕を、という話は小説にも出てこなかった。
書く必要がなかった描写なのか、それとも、私が転生したことによるイレギュラーな出来事なのか。
あ、いけない。お願いを忘れるところだった。
「公爵様、お願いがございます」
「…………なに」
「三ヶ月後の舞踏会、私の友人であるアレアーヌ嬢と、パートナーになっていただけませんか?」
「…………嫌だ」
黒髪が激しく左右に揺れた。
「そう、ですか……」
アレアーヌ様とパートナーになってもらって、私は小説のストーリーからフェードアウトが望ましいんだけど……。そうなるための最難関が、公爵様の説得なのよね。
「…………君のパートナーなら、いいよ」
「それには及びません。私はすでに決まっていますから」
決まってないけど、アレアーヌ様と公爵様を引き合わせるにはこれしかない。アレアーヌ様には公爵様に会う事情もないし、無理矢理にでも出会わせないと……。
また、死にかけるかもしれないもの。
「私より、アレアーヌ様の方が素晴らしい方です。公爵様にとってもお似合いだと思います」
「僕は、君がいい」
「グアアアッ」
「…………アフエンも、君がいいって」
「どうしても、だめですか?」
負けちゃダメよ。どうしてもお願いして、アレアーヌ様とパートナーになってもらわないと。
「グアッ——」
「草が詰まりましたか!?」
「…………大丈夫。ただ、心臓にきただけ」
公爵様はアフエンを一瞥し、冷たくそう言った。
「心臓!? それこそお医者様に!」
「平気。強いから、死なない」
ツンとした表情で公爵様は言った。
「グオオオォォ!」
「…………ぼ、私が、そのお願いを聞いたら、君は、何を聞いてくれる?」
来た! 勝ち確でしょう、これは!
アレアーヌ様に公爵様(死の危機)を押し付けるみたいで嫌になるけど、小説の力を発揮すればなんとかなるのでお許しください。
「なんでも聞きます! 死ぬようなことと、悪事でなければ!」
「ふーん。…………いいよ、その人の、パートナーになってあげる」
「やったー!」
これできっと、アレアーヌ様と公爵様が仲良くなれる!
そして私は小説の舞台から抜け出して、ひっそりと隠居するの。
「……ねえ。アフエンの水浴び、一緒に、行かない?」
「ええ!? いいんですか?」
「うん」
死にたくないがために、とんでもない約束をしてしまった気がするけど、それはもういいわ。
ドラゴンの水浴びなんて、絶対壮観よ!




