第三十七話 ヴィルヘルムの返事
一週間というのは、短いようで長い。
ヴィルヘルムが「一週間考える」と言って帰ってから、私は待つ間も手を動かし続けた。待つだけでいるのが苦手だ。前世でも、取引の返答待ちの期間は別の案件を並行させて時間を使っていた。今世でも、その癖は変わらない。
エルナへの約束のレシピを整理した。北方の寒い厨房でも作れるように、バターの量と混ぜる順序を見直した。石窯の温度が安定しにくい場合を想定して、焼き時間の目安を幅を持たせた書き方にした。
マルティナへの対応の後、社交界の空気が少し変わったことも、グレンが報告してくれた。ファルク殿下の非公式の一文が出回ってから、「フォルカー家が支持しているなら」という声が増えたらしい。完全に収まったわけではないが、正面から反論してくる声は減った。
(構造の問題は、構造で答えれば動く。この方法は正しかった)
七日目の午後、グレンが「ヴィルヘルム殿がいらっしゃいました」と言いに来た。
私は作業台の片付けを一度止めて、手を洗った。
*
ヴィルヘルムは前回と同じく、白い口ひげを整えて、革のエプロンを下げていた。ただ今日は、前回より少しだけ表情が柔らかかった。決断した人間の顔だ。
「返事を持ってきた」と開口一番に言った。
「聞かせてください」と私は言った。
グレンが茶を用意しながら、気配を静かにしていた。
ヴィルヘルムが椅子に座った。私も向かいに座った。
「セシル・カルドア作、という表記を——認める」
私は少し、息を止めた。
「条件がある」とヴィルヘルムが続けた。
「聞かせてください」
「月に一度、私の店で一緒に何か作ること」
(月に一度、銀の砂糖亭で共同作業をする、という条件)
私は少し考えた。不当な条件ではない。ただ、なぜその条件なのか——が気になった。
「なぜ、その条件を」と私は聞いた。
ヴィルヘルムが少し間を置いた。言葉を選ぶでもなく、ただ、どう言うか決めているような間だった。
「令嬢の腕を——私が直接確認したい」とヴィルヘルムが言った。「職人として」
(職人として)
その四文字が、頭の中に落ちた。ゆっくりと、重く、落ちた。
「令嬢として」でも「婚約者として」でも「公爵家の娘として」でもなかった。「作る人間として、確認したい」という言い方だった。この言い方を、今まで誰からもされたことがなかった。グレンは仲間として見てくれる。ファルク殿下は隣にいてくれる。でも「職人として確認したい」という対等さで向き合ってきた人間は——この人が初めてだった。
前世でも、なかった。
前世の職場では「仕事として認める」か「女性社員として扱う」のどちらかだった。「作る人間として対等に見る」という目を、あの頃は誰からも向けられなかった気がする。
「……喜んで」と私は言った。
自分でも少し驚いた。口から出た言葉が、思ったより素直だった。
ヴィルヘルムが少し眉を動かした。驚いた顔ではなく、確認した顔だった。
「では、決まりだ」
「はい」
「最初は来月の頭に」
「わかりました。楽しみにしています」
ヴィルヘルムがもう一度、眉を動かした。今度は——わずかに、口の端が動いた気がした。
*
茶を飲みながら、もう少し話をした。最初の商品として何を出すか、どの程度の量から始めるか、店頭での見せ方——具体的な話が続いた。前回と違い、ヴィルヘルムが積極的に意見を出した。
「薄焼き菓子からにしよう」とヴィルヘルムが言った。「うちの客層は目の利く人間が多い。最初に何を出すかで、以後の評価が決まる」
「バターのサブレで試したものがあります。塩を効かせたタイプと、香辛料を使ったタイプと」
「両方出せるか」
「焼き立てで二日以内に届けられる量なら」
「週に一度、月曜の朝でどうだ。私の職人が夕方に受け取りに来る」
「了解しました」
話はてきぱきと決まった。ヴィルヘルムは条件を出すとき、余計な言葉を使わない。前世の仕事のできる取引先に似ていた。
帰り際、ヴィルヘルムが立ち上がりながら厨房を一度見回した。前回も同じ動作をした。職人が場所を確認するときの癖なのかもしれない。
「一つ聞いていいか」とヴィルヘルムが言った。
「どうぞ」
「このくらいの腕になるのに、何年かかった」
私は少し考えた。
今世の時間でいえば、厨房に通い始めてから一年半ほどだ。ただ——前世の記憶を含めれば、もっと長い。あの頃から菓子を作ることは好きで、社会人になってからも休日に作り続けていた。
「……長い間、作ってきたので」と私は言った。「正確に何年とは、言いにくいのですが」
ヴィルヘルムが「そうか」と言って、それ以上聞かなかった。聞かない分別がある人だった。
「では、来月」
「来月、銀の砂糖亭で」
ヴィルヘルムが扉を閉めた。
*
グレンが奥から出てきた。先ほどから存在感を消していたが、全部聞こえていたはずだ。
「令嬢様」とグレンが言った。
「なんですか」
グレンが少し間を置いた。言葉を選んでいるのではなく——言葉を探しているような間だった。
「……よかったです」
それだけだった。
それだけ言って、グレンは棚の方へ歩いていった。棚から鍋を一つ取って、布を手に持って、磨き始めた。
(この人は本当に、大事なときに鍋を磨く)
私はその背中を見ながら、少しだけ笑った。
「よかったです」という四文字の中に、何が入っているかは——言わなくてもわかった。ヴィルヘルムが来た日から今日まで、グレンがずっと心配していたことも、今日の返事を誰より待っていたことも、全部わかった。
ファルク殿下が「結果は」と短く言った。
「表記を認めていただけました」と私は言った。「来月から、銀の砂糖亭に並びます」
「……そうか」
「月に一度、共同作業をする条件で」
「条件を出したのか」
「こちらではなく、ヴィルヘルム殿が。令嬢の腕を職人として確認したいと」
ファルクが少し間を置いた。
「……いい条件だな」
「私もそう思います」
グレンが鍋を磨く音が、厨房に静かに響いていた。
窓の外、王都の冬の光が傾き始めていた。今日は午後から雲が出ていたが、今は薄く晴れている。来月には、銀の砂糖亭のショーケースに、私の菓子が並ぶ。
(「職人として確認したい」という言葉が、まだ頭の中に残っていた)
初めて言われた言い方だった。きっとしばらくは、残り続けると思った。




