表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

第8章 — 契約

壊れた車の中の闇は、ただ光がないだけではない――“存在”していた。

リョクは焦げた金属の匂いと、隙間から入り込む雨の冷たさで目を覚ます。

全身が痛む。車はねじれた死骸のようだった。

だが“あの影”はまだそこにいた。

潰れたボンネットの上に腰を下ろし、まるで壊れた玉座の王のように。


「お前は死んでいるはずだった」

その声は、皮肉と飢えが混ざっていた。

「だが…お前は生きたい。走りたい。勝ちたい。俺には分かった。」


リョクは外へ出ようと身を引きずる。

痛みが彼を引き留めるが、怒りが前へ押し出す。


「おまえ…何なんだ?」


影は彼へ身を屈め、

煙が“ほとんど人間”のような形に揺らめく。


「相棒だ。代償だ。

 魂の残りを失う覚悟のある者だけに開く“道”だ。」


風が吹き、過去の遺灰のように粉塵が舞う。


「力を与えよう」

その存在は続けた。

「常識を越えた反射。完璧な本能。

 機械はお前の体の延長のように従う。

 ――いや、体より上手くなるかもしれん。」


リョクは唾を飲み込む。


「代償は?」


口のない笑みが、影の輪郭にゆがんで浮かぶ。


「ほんの欠片だ。いらない部分だけだ。

 ――記憶をひとつ。感情をひとつ…」


影の手がリョクの胸に触れる。

彼の心臓が逃げ出そうとするように暴れ出す。


「その代わり、お前は走る。

 勝つ。

 生き残る。」


リョクは目を閉じる。

遅れてきた救急車を思い出す。

カイゼンの嘲笑を思い出す。

“何もできずに失う”あの感覚を思い出す。


そして囁いた。


「…受ける。」


影は煙となってリョクの体を通り抜け、

肺に入り込むように染み込んだ。

世界が一瞬、完全に無音になる。


リョクの内側で何かが剥がれ落ちる。

熱く――そしておぞましい感覚。

細い光の糸が見えない指に引き抜かれていくようだった。


目を開けると、割れたルームミラーに一瞬だけ自分の虹彩が映る。

だがそこにはもう一つ、

彼のものではなかった“暗い光”が宿っていた。


声が響く。

新たに点火されたエンジンのように低く、強く――


「さあ、リョク… 本当の始まりだ。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ