67.打ち倒すべき人――本来の目的
「ごめんなさい……」
すっかり意気消沈したテオドアは、肩を落として謝った。
ここは、『試練』に挑む候補者が集っていた、〝神々の楽園〟と呼び習わされた山の、麓である。
山の上の屋敷には、一度、『知恵と魔法の女神』が来たことがある。
念には念を、とのことで、『光の女神』とリュカが、天然の洞窟を改装して即席の拠点に作り変えたらしい。
巨躯である怪鳥も、入り口さえ通り抜ければ、ゆったりくつろぐことのできる広さだ。
テオドアも、リュカと共に洞窟に入ったのだが。
主に女性陣から、総攻撃を受けた。
『光の女神』には頬に一発平手打ちを喰らい、ハンナからは泣きながら怒られ、ルネリーゼには「しんぱいかけちゃダメなのよ」と諭され、ネフェクシオスからは頭からがぶりと噛まれ、雛たちからは交互に非難され――
極めつけには、怒れる女性陣と子どもたちから少し離れていたクレイグから、「後先考えろよ」と、呆れたように溜め息を吐かれた。
「いくら不可抗力とは言え、もっとやりようあっただろ。こう、さりげなく、誰でも良いから相談するとかさ」
「えっと……あの時は、誰が信用できるかも分からなくて……」
「あーまあ、そこは同情する。事情はリュカからなんとなく聞いたけど、前世の因果とかって、お前自身にはどうしようもないもんな」
「うん……」
前世の記憶自体はある、とは言えず、テオドアは神妙に頷いた。
「でもま、それなら、あの人たちの言い分も受け止めてやれよ。心配かけたのは事実なんだから」
「分かった……」
テオドアは力無く答えて、また女性たちの方へ顔を向けた。
既に、テオドアが帰着してから、三十分ほど経っている。
ひとしきり怒って落ち着いたのか、いや落ち着いていないのか。『光の女神』は冷たい声で切り出した。
「今は時間も惜しい。これ以上責めるのは、すべてが終わってからだ」
腕を組み、睥睨する『光の女神』に、身がすくむようである。テオドアは消えぬ怒りを感じ取って、背筋を伸ばした。
だが、そこへ、リュカがすすすと寄って耳打ちをする。
「大丈夫っすよ。あの神、坊ちゃんがめちゃくちゃに好きです。さっきまで本気で、泣きそうなくらい落ち込んでましたから――」
「聞こえてるぞ」
女神は、今度はリュカを睨みつけた。が、不機嫌そうな声とは裏腹に、頬と耳の辺りがほんのりと赤くなっている。
リュカが言ったことは、ある程度は真実であるらしい。
「相変わらずの減らず口だな、お前は。先の大戦で消滅したフリをして、地界で気ままに飛び回っていたのも趣味か」
「違いますよ! オレはのんびり気が向いたことをやるのが趣味なんです。天界のヤツらのいざこざに、向こう千年くらい巻き込まれたくなかっただけっすよ!」
「可愛げのない。子どものような見た目をしておいて。だいたいお前は――」
「あーはいはい。分かりました分かりました! 小言も後にしてくださいよ時間ないんで!」
リュカは嫌そうに耳を塞いだ。まるで、反抗する息子と母親のような構図だ。
大戦――おそらくは世界を二つに分けたという神代の争い――以前からの知り合いのようだ。が、どうにも、彼らの仲はそこまで良くない。そんな印象を受ける。
『光の女神』は、今度こそ、テオドアに向き直って言った。
「自らの身を危険に晒してまで攫われたんだろう。まさか、なんの成果もなく帰ってきたんじゃないだろうな?」
「ま、まさか。ちゃんと情報は掴んできました」
テオドアは、慌てて首を振り、言った。
「――僕たちが止めるべきなのは、ヴィンテリオ公爵です」
きちんとした情報共有は、洞窟を照らす焚き火を囲んで、行われた。
女神、リュカ、ハンナ、クレイグ。――ルネリーゼは、雛と三つの卵と共に、ネフェクシオスが面倒を見てくれている。
彼らの顔を順繰りに眺めて、テオドアは考察を語る。
「最初の違和感は、王家を乗っ取りたい王弟が、あまりにも公爵を警戒していなかったことです」
聞くに、公爵は魔法の天才だ。
息をするより簡単に魔法を扱える。『知恵と魔法の女神』ふうに言うのなら、〝感覚〟が先に立つ使い手。膨大な魔力を、大規模な魔法に変換する。それが当たり前の人間。
王弟にとっては、娘婿である。公爵の実力を見込んで嫁がせたのなら、当然、彼の実力も良く知っているはず。
なのに、無警戒。おかしな話だった。
「だから、たぶん、公爵は王弟の企みを知っています。もしかしたら、城の人間を眠らせたのは彼かもしれません」
次の違和感は、『知恵と魔法の女神』が、老女に化けてテオドアの母を誘拐した、と明言したとき。
「『知恵と魔法の女神』さまを、母のいる神殿に送り届けたのも、他ならぬ公爵でした。彼が王弟の屋敷に来てからすぐに、母は誘拐されています」
「そうなると、そいつが、あまり自分の妻を心配していなかったのにも辻褄が合うな」
『光の女神』・ルクサリネが、得心がいったように口を挟んだ。
テオドアも同意する。
「はい。公爵が女神のことを知ってたとすると、そもそも心配する必要がないんです。だって、自分の妻は安全圏にいるってことが、もう分かっていますし」
ハンナとクレイグが、少し話についていけなそうな顔をしたが、すかさずリュカが補足してくれた。ありがたい限りである。
それが終わるのを待って、テオドアは再び口を開いた。
「……それに、公爵は、僕の母――リーザを熱烈に愛しているようです。王弟の娘との婚約を破棄しようとするくらいには」
「しかし、お前を誘拐する女神たちに、協力した理由としては弱いな」
「公爵と女神たちは、利害が一致したんだと思います」
テオドアは目を閉じ、先ほどのことを思い返した。
リュカが、楽園に乱入してくる直前。『戦と正義の女神』は言った。
――全ての準備が整えば、汝は幸せな人間に生まれ変わる。汝を慕う三人の処女と、優しい母親と、汝を想う父親と――
目を開き、はっきりと言い切る。
「公爵の目的は……母と僕がいる、『楽園』に住むことです」
ルクサリネは、真面目な顔で、目の前の炎をじっと見つめた。
「……お前がいない二日ほどで、王城は、王の弟の手中に収まった」
「王さまと、お城で働く人たちは……」
「無事だ。命がある、健康である、という意味ではな。だが、『王が急病である』という発表を、誰も疑っていない」
そこで、「俺がこっそり見てきた」と、クレイグが手を挙げた。
「リュカに言われて、下働きとして潜り込んだ。すぐに撤退したけどな。自分たちが倒れたこととか知らなそうだったし、王さまが急に病気になったのに医者の一人も動いてなかった」
「もしかすると、それもヴィンテリオの当主が、記憶操作に関わったのかもな」
そう言って、ルクサリネはふと、なにかに引っかかった様子で顔を上げた。
「――テオドア。女神たちは、前世のお前を欲して、今回の騒動を引き起こしたと聞いたが」
「そう、みたいですね。でも、それがどうしたんですか?」
「いや……お前を手に入れるだけで、女神三人が満足していたのか、と。前世のお前は、今のような姿ではなかったんだろう?」
「はい。今の僕は、ヴィンテリオ公爵に似ているみたいなので――」
テオドアは、女神たちの目的を、一部始終話した。
テオドアから〝依代〟の地位を剥奪するため、「魂の交換」を行い、第一夫人の息子・パウロベルトを〝依代〟に仕立て上げること。
三人の女神は王家を憎んでいるため、なにも知らない王弟と第一夫人たちを貶める目的もあるだろう、ということ。
しかし、話を聞くルクサリネの表情は、どんどん険しくなっていく。
「……それで、魂を交換したあとは、どうなる?」
「どうって、」
「パウロベルトとやらは置いておく。お前の方だ。魂を交換したあとは、お前は異母兄の姿になる。三人が憎んでやまない王家の血筋の男に」
「――あっ」
確かに。
と思った途端、テオドアはさっと血の気が引く感覚に襲われた。
そうだ――もし、パウロがテオドアになったなら。必然、テオドアもパウロになる。
『戦と正義の女神』は分からないが、他の女神二人は、アルカノスティアの王家に並ならぬ憎しみを抱いていた。
その姿を――例え中身がテオドアと知っているとはいえ、忌憚なく愛せるものだろうか?
いや、むしろ……。
「難しいことは分かりませんけど、も、もし、あたしだったら」
と、ハンナが、少し怖気付いた様子ながらも声を上げた。
「あたしが、もし、憎いヤツの姿をした人を見たら。中身が違うって言われても――愛する人でも。嫌です。頭では理解してても、吐くくらい嫌だと思います」
「そうだろうな。それが私たちだ。感情を持つ限り、理性で分かっていても、どうしようもないことがある」
ルクサリネが同意すると、ハンナは安堵して表情を緩めた。
そこへ、リュカも声を上げる。
「それを言うと、公爵たちも無防備っすよ。だって、王弟とか、公爵の一番目の奥さまとかご子息とかが、真実を知らないままでいる保証がないんですもん」
「……どういうこと?」
「公爵と三女神が手を組んでたとして。無事に、坊ちゃんとパウロさまが、魂を入れ替えたとするじゃないすか」
リュカは、自らの両拳を交差させ、また戻した。「入れ替え」の形を表したようだ。
「三人が坊ちゃんを〝依代〟にしたくないのは、天界に行ったら永遠に帰れないからですよね」
「うん、そう聞いてる」
「パウロさまが天界に行ってから、まったく連絡がつかなくなったら、王弟がまず疑うはずです。で、公爵の奥さまにも話が行く。公爵が永久に『楽園』に住む――つもりなら良いんすけど、そうじゃなかった場合、詰め寄られますよね」
テオドアは、その場面を想像してみた。
〝依代〟の権力を当てにして、王座を狙った王弟。無事に『大祭』が終わり、テオドアの姿をしたパウロは天界に昇る。
だが、いつまで経っても、孫から連絡は来ない。
おかしい、と思い、娘に連絡する。娘も訝しがる。事情を知っていそうなヴィンテリオ公爵を問い詰める――
公爵は、なんと言って返すのだろう。
「坊ちゃん。オレの見た感じ、公爵は、嘘がつけない人間です」
「……そうだね。母さんが誘拐されたときも、そうだった」
「でしょ。でも、それを自覚してるんだとしたら。そもそも、嘘をつかない状況に持ち込むんじゃないすかね」
公爵って、強いらしいじゃないですか。頭も回るでしょ、きっと。
そう言って、リュカは肩をすくめた。
テオドアは、黙って、洞窟の天井を見上げた。
すべての情報を組み合わせ、加味して、考える。そうして、ひとつの仮説が浮かび上がってきた。
ヴィンテリオ公爵は、三人の女神と手を組んで――
王弟と第一夫人と息子たちを、完全に殺すつもりなのかもしれない。




