68.目的のためなら仇でも脅す
テオドアはリュカを連れ、王弟の屋敷に飛び込んだ。
光の女神は、まだ魔力も体調も万全ではないとのことで、例の洞窟に置いてきている。双子やルネリーゼ、怪鳥や雛や卵を守る名目もあった。
本当に危機が迫った時は、彼女の助力も得るつもりだが……それは最後の手段にしたい。
屋敷の使用人は、急に玄関先に現れたテオドアたちに、ぎょっとしたようだが。〝依代〟の顔を知っている者も幾人か居り、追い払われたり敵対されたりすることはなかった。
「な、何用でしょう? フィラットさまは、国王急病のため、王城にいらっしゃるはずですが……」
一人の男性使用人が、戸惑いつつも進み出て言う。
なるほど、そういう設定になっているのか――と思ったが、テオドアは表情を変えずに淡々と言った。
「いえ、王弟ではなく、ヴィンテリオ公爵の第一夫人に会いたくて。この屋敷にいらっしゃいますよね?」
「はい。ご滞在はしております。ですが……」
そこで、男性使用人は不自然に口ごもる。視線を彷徨わせ、言うか言うまいか悩んでいる様子だった。
並ならぬ事情を察して、テオドアは少し強めに、「どこにいるんですか」と問う。
すると彼は、重い口を開いた。
「実は……我々にも、どちらにいらっしゃるかが分からないのです」
「第一夫人が?」
「はい、ちょうど国王がお倒れになった、二日ほど前から。ローゼルさまと、パウロさまのお姿が見当たらず……ツィロさまは行き先をご存知のようでしたが、『無事だから大丈夫』の一点張りで……」
慌てて王城の王弟に遣いを走らせたが、返ってきた言葉は同じ。『行き先は知っている。心配はない』――それに加えて、『探さずに通常通りの仕事をしろ』というお達しも。
王弟も城で忙しく業務に当たっているため、これ以上食い下がることはできない。渋々と捜索を諦め、使用人一同、不安を抱えたまま仕事に励んでいた――ということらしい。
それを聞いたテオドアは、腕を組み、強引な口調で言う。
「それなら、ツィロ兄さんの居場所は分かりますね。案内してください」
「し、しかし! ツィロさまは『誰も入れるな』と言い置いて、お部屋にこもっておられます!」
「それがどうしたんですか? まさか、僕とツィロ兄さん、どちらを優先するべきかも分からないと?」
「っ――!」
使用人は息を飲み、目を見開いた。大人しく殊勝なテオドアの姿しか、見たことがなかったからだろう。
テオドアがここに滞在していたのは、半日にも満たない。それで本質を見極めろと言うのも、無理があるが。
すかさず、テオドアの後ろに控えていたリュカが口を挟む。
「大人しく案内したほうが身のためっすよ。今の坊ちゃん、めちゃくちゃにキレてますから」
「――」
「それでもダメって言うんなら、屋敷を壊して引きずり出すでしょうね。……屋敷半壊とか、公爵家の二の舞になりたいんすか?」
別に怒ってはおらず、ただ急いでいるだけなのだが。
リュカのおかげで、真顔のテオドアが、とんでもなく怒り狂っているように見えたらしい。
顔を蒼白にした男性使用人は、舌をもつれさせながら謝り、「ご案内いたします!」と頭を下げた。
少し可哀想になったけれど、背に腹は変えられない。
誤解はそのままにして、テオドアとリュカは、使用人の後をついて行った。
ツィロの部屋は、屋敷の奥まったところ、陽当たりの悪そうな位置にあった。
むしろ、研究家気質の彼にとっては、日光など邪魔なだけなのかもしれない。
案内してくれた使用人を丁重に帰らせたあと、テオドアは勢いよく扉を叩いた。
「ツィロ・ヴィンテリオ。いますか? いるなら開けてください」
呼びかけるも、返答はない。
だが、耳を澄ませば、扉の奥に人の気配があることは、なんとなく分かる。
居留守を使うつもりか。
「仕方ない……」
テオドアは大きく息を吐き、三歩ほど下がった。
そうして、右足を魔力で『身体強化』し、扉に向かって思い切り蹴りを入れた。
嫌な音がして、木の扉はひしゃげる。何度か同じところを蹴り続けると、歪んだ木の板も同然となり、ついに金具が外れて吹き飛んだ。
部屋に踏み込むと、ツィロは呆然として、窓際にへたり込んでいた。
窓から逃げ出すつもりでいたが、気力を無くしてしまったらしい。腰を抜かした、とも言えよう。
テオドアはそこへ、つかつかと歩み寄った。
「公爵の第一夫人と、貴方の兄はどこですか?」
「い、言える、わけ……」
ツィロは、床に視線を向けたまま首を振る。辛うじて、秘密を守るつもりはあるらしい。
テオドアは彼の胸ぐらを掴み、無理やり引き立たせた。
「どこですか?」
「い、い、言うもんか、お前なんかに――」
「別に良いですけど、殺されますよ。王弟や、貴方の母親と兄もろとも」
「はあ……?」
目線を合わせてはっきり言ってやると、ツィロは訝しげに眉を跳ね上げた。その瞳には――いくらか本来の調子を取り戻したのだろう――テオドアを馬鹿にするような色がある。
しかし、テオドアは揺るがずに続けた。
「恐らく、貴方は王弟からこう言われているはずです。『パウロベルトに魂の交換をさせ、〝依代〟と入れ替わらせる。テオドアは協力者の女神に攫わせる。ヴィンテリオ家の後継ぎはいなくなったも同然だから、お前が後を継げ。一連のことには関わらずに引きこもっていろ』と」
「……」
ツィロの表情がさっと変わる。にわかに焦りをにじませる様子の彼に、テオドアは内心で確信を得た。
後継ぎの部分からは憶測だったが、カマをかけて正解だった。似たようなことは言われていたのだろう。
「でも、それは根本から間違っている。王弟も、ヴィンテリオ公爵に騙されている。公爵はどさくさに紛れて、貴方たちを殺すつもりですから」
「嘘だ――嘘をつくな、醜い妾腹め! と、父さんがそんなこと、する、わけないだろ!」
ツィロは身をよじり、テオドアの手から逃れた。普段、誰とでもぼそぼそと陰気くさく喋る人間が、よくもまあ大声を出せたものだ。
それだけで疲れたのか、肩で息をするツィロを、しかしテオドアは眉すら動かさず眺める。
罵られても、もはや、なんの感情も抱かない。
「まあ、第二夫人の意味すら知らない貴方に、理解を求めるのは酷だと思います。加えて、僕たちはたくさん情報を持っていますが、貴方には無い。賢明な判断をするのは難しいでしょう」
「ば、馬鹿にするなよ……!」
「そもそも、王弟に言われるがまま公爵の後継になれたとして。今後も王弟にいろいろと干渉されると思いますよ。それで良いんですか?」
今度こそ、ツィロは黙り込む。
テオドアは、ツィロのことをそこまで知っているわけではないが、行動原理ならばなんとなく分かる。
――自分より「下」の人間が欲しいのだ。
だから、テオドアと第二夫人を積極的に馬鹿にしつつ、直接の暴力に訴えることも、権力を振りかざして取り巻きにいじめさせることもなかった。
自分よりも圧倒的に下の立場にいる人間を、言葉で傷つけてにやにや楽しむことが、何よりの生き甲斐だったのだろう。
反面、自分が支配されそうになることを、ひどく嫌がる。
他者からの干渉を厭うのも、その一環だ。
俯き、黙っていたツィロは、ややあって口を開いた。
「……お前さあ。なにが目的なわけ」
「目的?」
「お前の言うとおり、ぼくが殺されるかもしれないとしてさ……それって、お前が警告しなくても良いことだろ……なんでわざわざ言うんだよ。〝依代〟さまなんだろ? 拷問でもして、兄さんたちの居場所とか聞き出せよ……」
それとも、もしかして、お優しい〝依代〟さまの情けってヤツ?
ひひひ、と馬鹿にしたように笑うツィロに、テオドアはきっぱりと言い放つ。
「決まってます。貴方たちと同じ存在になりたくないからです」
「は?」
「拷問して無理やり聞き出す? そうですね、第一夫人やパウロ、貴方のような、下品で愚かな人間が思いつきそうなことです。……そもそも、こうなったのだって、貴方たちのせいでもありますからね」
もし、第一夫人が、第二夫人とテオドアを冷遇せず。
そうでなくとも、異母兄二人が、第一夫人に追従しないでいたとしたら。
テオドアは心置きなく、彼らに感謝しただろう。「魔力無し」でも、公爵家に身を置かせてくれたのだと。
別に、仲良くなくても良い。ほとんど干渉しなくても良い。迫害せずにいてくれればそれで、彼らに対する心象は悪くなかったはずだ。
〝依代〟になっても、彼らを気遣おう、と思うくらいには。
果てには、テオドア自ら座を降りて、『魂の交換』を受け入れたかもしれない。テオドアにとって、自意識と別の肉体に入るのは二度目だ。ツィロの言うとおり、「情」が移れば、あり得ない話でもない。
――彼らの敗因は、一時の感情に身を任せ、テオドアをとことんまで利用しようとしなかったこと。
真に賢い者ならば、例え殺したいほど憎い相手でも、それは別として利用し切ることができる。あの、三人の女神たちのように。
結果論に過ぎないと分かっていても、テオドアは、感情に任せて同じ轍を踏むつもりはなかった。
テオドアは、毅然とした態度で、異母兄を見据えた。
「僕は、憎い人間でも利用します。ツィロ・ヴィンテリオ。貴方に恩を売って、今後の駒にします。協力を約束するなら、それなりに情報を渡しますし、すべてが終わったあとも悪いようにはしません」
ツィロは、そんなテオドアを、なぜか恐ろしげに見ていた。
おかしな話だ。今までの彼らよりよっぽど、温情ある提案だというのに。
テオドアは、すうっと目を細めた。
「――どうせ、僕がここにいる時点で、計画は破綻しているんです。寝返ったほうが得だと思いますけど」




