其の十九 代弁者は語る
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「近寄るな! この女の命が惜しくはないのか?! そうだ! 誰も動くんじゃない!
奥様、申し上げましたよね。わたしは、大悪党のピエールだと。油断なさるとこういうことになるんですよ!」
侯爵夫人を左腕に抱え、ガスパルは足を引きずりながら、広間の壁に近づいていく。
ガスパルの狙いは何だ? あれほどの傷を負いながら守り抜いた侯爵夫人の命を、自ら奪うはずがない。そうだとしたら、追い詰められた男の願いは一つしかないだろう。花瓶の件で伯爵家を追われた彼を、侯爵夫人は今でも覚えていてくれた。少年時代の健気な姿とともに。もう思い残すことはない。惨めな姿をさらすよりは、幼い頃から憧れていた、愛しい女性を腕に抱えて命を終えたい――。
だめだ! そんな終わり方は! 闇の御子神様は、例え自分の命数であっても、勝手に奪うことは赦さない!
「ギー!」
「うん!」
ギーは、ポケットに隠し持ってきた小石を左手で取り出すと、グッと胸に押し当てたのち、ガスパルに向かって転がした。小石には、黒い靄がまとわりついている。ガスパルは、何事かという顔をして、小石に注意を向けた。
その瞬間、小石の黒い靄がリボンのように立ち上り、ガスパルの腕に巻きつきながら、飾り櫛を包み込んだ。飾り櫛が眩しく耀いた。ガスパルは、小さなうめき声を上げ櫛を落とすと、侯爵夫人を解放し、その場にうずくまった。
何が起きたかわからぬまま、役人たちが慌てて駆け寄り、ガスパルから侯爵夫人を引き離した。そして、ガスパルを取り押さえると、その場で素早く縄を掛け直した。ガスパルは、その場に座り込むと、もう動こうとはしなかった。
わたしが、任命状を取り出し広間の中央に走り出ると、追いかけてきたギーが、それを奪い取り、大きな声で叫んだ。えっ? ちょっと、ギー?!
「皆様! お控えください! この印璽が目に入りませぬか! このお方をどなたと心得ます!
このお方こそ、国王陛下の代弁者、レオンティーヌ・アブリージ様でございますぞ! レオンティーヌ様のお言葉は陛下のお言葉、どなたも心してお聞きなさいませ!」
「ははーっ!」
はあ?! 何よ! 唐突に! ギーは、任命状を広げ、広間の全ての人に印璽が見えるように、腕を伸ばして掲げた。気持ちいいぐらいに、全員が揃って頭を垂れて跪いていた。ギーは、ニンマリと笑っていた。
わたしは、小さく咳払いした。落ち着いて、落ち着いて――。威厳を込めて口を開く。
「ガスパル、死に急いではなりませぬ! テレーズ様の幸せを願うのなら、わたくしの話を聞くのです!
皆様! ピエールと名乗った男は、テレーズ様がご指摘されたとおり、ナヌーシュ伯爵様の乳母子にして近侍のガスパルです。
話は、14年前に遡ります。亡くなったデルフィーネ様の後を引き継ぐように、テレーズ様は侯爵家に嫁ぐことになりました。伯爵様は、愛するお姉上が子持ちの侯爵の後妻となることが、どうしても許せませんでした。同じく、密かにテレーズ様に思いを寄せていたガスパルも、テレーズ様を都合よく利用した侯爵様を恨んでおりました。
とはいえ、無力な二人の少年には、何もできませんでした。テレーズ様は、侯爵様の元に嫁ぎました。
ご結婚後、テレーズ様の暮らしぶりを確かめようと訪ねたデルフィーネ城で、二人は愕然としました。そこには、前婦人の肖像画、前婦人の居室、前婦人の形見の品が、大切に残され守られていたからです。
怒りに燃えた二人は、遺品の一つである花瓶を壊してしまいました。侯爵様の憤りは凄まじく、テレーズ様は、実家に戻るしかないと言い出したのでした。このままでは、テレーズ様は婚家を追い出された出戻りになってしまいます。二人は話し合い、ガスパルが責任を負うことになりました。そして、侯爵様への謝罪のため伯爵家を追われたガスパルと母親は、伯爵様が面倒を見続けることになったのです。
いつか侯爵様を見返そうと、伯爵様は様々な事業に手を出したり、儲け話に乗ったりしましたが、上手くいったものはなく、結局最後はお姉上を頼り、侯爵家に尻ぬぐいを頼むことになりました。
二人の唯一の希望は、テレーズ様がお産みになったメルヒオール様でした。聡明で快活なメルヒオール様にいつか侯爵家を継いでもらいたい。そうなれば、きっとテレーズ様も幸せになれる。二人は、そう考えたのでした。しかし、二人の密かな願いが潰えるときがやってきました。
国王陛下が、バダンテール様と第2王女リディアーヌ様のご婚約を思いついたのです。まだ内々のお話ですが、このお話が具体的に動き出せば、陛下の後ろ盾を得たバダンテール様の地位は揺るぎないものとなります。メルヒオール様が嫡子となる可能性は、完全に失われてしまいます。
焦った二人は、バダンテール様を廃嫡に追い込み、加えて侯爵家の名誉を傷つけることを狙い、王都とゴルチャナにおける一連の事件を企んだのです。
ナヌーシュ伯爵様! ガスパル! 何か異論はございますか?」
これまでに聞いた話からわたしが推理したことをまとめたのだが、たぶんこれで間違いないだろう。
さあ、反論がある人はいませんか? どうですか? わたしは、広間を見回した。
誰もが押し黙っていた。髪を乱したまま床にひれ伏したテレーズ様の漏らす嗚咽が胸に染みて、みんな言葉を失っていた。侯爵は、テレーズ様の側に跪き、傷ついた心を癒やそうとするかのように、優しくその髪を撫でていた。
怒りゆえか、悲しみゆえか、バダンテール様は跪いたまま、握りしめた拳を床に押しつけていた。異論を唱えるかと思われたナヌーシュ伯爵も、観念したのか俯いたまま体を硬くしていた。
わたしは、話を続けることにした。ここからが肝心なのだ。見ていてくださいね、デルフィーネ様!
「ガスパルとナヌーシュ伯爵様が、侯爵家の後妻となったテレーズ様を哀れみ、もっと幸せになって欲しいと考えたことが、今回の事件の発端であると言えます。では、テレーズ様は、本当に不幸だったのでしょうか? 前の奥様――デルフィーネ様の思い出に悩まされていたのでしょうか?
さて、皆様。ここに1通の手紙がございます」
わたしは、懐から手紙を取り出した。例の城の絵の裏に貼り付けられていた古い手紙だ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「名探偵 皆を集めて さてと言い」(作者不明)風な流れです。
明日も投稿するつもりです。よろしくお願いいたします。




