其の十八 ピエールの正体
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そして翌日、とうとうリオリワーナ侯爵が、ゴルチャナへ到着した。
領地への久しぶりのご帰還ということで、馬車列が通るカーニング大通りは、朝から人々で賑わっていた。昼前には、大歓声の中を侯爵一行が城に向かって進んで行った。
休憩の後、夕方には領地裁判所に関係者が集められ、侯爵による取り調べが始まる。ギーとわたしも、関係者として参加する。さあ、いよいよ、全てが明らかになるときがきたのだ!
「それでは、ご領主様。これより、取り調べをお願いいたします。
ここに集めました証人及び罪人たちから、この度の事件に関する話を存分にお聞き取りください。
我々領地判事は、ご領主様のご意向に従い、必要な処罰を行いますことをお誓いいたします」
ここは、領地裁判所の広間である。一連の騒動に関わった人々が一堂に会して、侯爵からの質問に答える。到着後まもなく、侯爵には、ベルトルードからこれまでの経緯が語られ、領地裁判所がまとめたゴルチャナでの事件の報告書も渡されているはずだ。
バダンテール様の無軌道な行いを叱るつもりで領地に戻った侯爵は、予想外の展開に驚いたのではないだろうか。肝心の女吟遊詩人も、町に出かけていて城にいなかったわけだしね。
しかし、王都で曖昧な形で終わったバダンテール様を巡る騒動に、今度こそ決着がつくとわかり、侯爵も並々ならぬ関心をもって、この場に臨んでいるようである。
広間の中央には、ピエール、そして、城で捉えられたニコロとプリモ――王都で矢場の店主と金貸しを演じた男たち――が、縄で括られ役人に引き据えられていた。
上座には、侯爵、侯爵夫人、ナヌーシュ伯爵、バダンテール様が着座し、その両脇には、領地判事や自警団長、町名主たちが居並んでいた。
わたしたち証人は、下座の両脇に別れて控え、呼び出された者は、侯爵の御前に進み出て話をするようにと、役人から言われていた。
最初に呼ばれたのは、オレリーとウラニー姉妹だった。彼らは、騒動に関わった理由を話すように侯爵から命じられた。父親は、頭に大怪我を負っていたため、この場に出てくることはできなかった。
3人は、王都の下町で小さな居酒屋を開いていたが、あるとき強盗が入り、蓄えを奪われた上、店を壊されてしまったという。おそらく、強盗はピエールが雇った者たちで、3人を困らせ計画に引き込むことが狙いだったと思われた。
王都の自警団に被害を届け出たが、下町の居酒屋での泥棒騒ぎは日常茶飯事であるため、真剣に犯人を捜してはもらえなかった。
そして、親切ごかしに声をかけてきたプリモから金を借りて店を直しながら、娘たちは、紹介されたニコロの矢場で働かせてもらっていたところ、なぜか借金は減るどころかふくれ上がり、利息を返すのもままならなくなったそうだ。
娘たちの上客だったバダンテール様に泣きついた結果、例の騒動になったわけだが、騒動の後は、プリモたちが怖くて王都を抜け出し、父親の生まれ故郷であるゴルチャナの下町で暮らしていたようだ。
しかし、再びピエールに目をつけられ、父親は襲われ、娘たちは攫われ人質にされてしまった。
話を聞き終わると、侯爵は、3人に罪はなく、むしろ事件の被害者として労られるべきだと言った。王都でもゴルチャナでも、3人を救うために尽力したバダンテール様は、方法はさておき、苦境にある庶民を見捨てなかったという心意気は、貴族として大切な資質であると評価された。
バダンテール様の父娘を信じたいという、少年らしい一途な思いが報われて良かった。これで、少しは自分に自信を持つことができるようになるだろう。
侯爵は、次に、引き据えられているプリモとニコラに、この事件にどのように関わったのかを問いただした。
二人ともピエールに金で雇われた、いわゆるならず者で、王都を逃げ出してからは、ピエールから金をもらいながら、ナヌーシュ伯爵領で暮らしていた。ゴルチャナでの企みに人手が必要になったピエールが再び二人を誘い、庭師に紛れ込ませ城へ送り込んだのだった。置き手紙や城への付け火の指示もピエールによるもので、二人は事件の真の目的は知らされずに、ただ手伝わされていただけだと判断された。
二人の処分は、領地裁判所に任され、ゴルチャナでの罪状に見合った罰がくだされることになった。とはいえ、付け火の罪は重いので、重罰がくだされるのは間違いないだろう。
最後は、主犯であるピエールの取り調べであった。彼は、広間に引き出されてからずっと、顔を伏せ縮こまっていたのだが、侯爵の前に連れてこられると、堂々と頭を上げ上座の人々をねめつけた。
バダンテール様を罠に嵌め、名誉や命を危うくした極悪人ではあったが、覚悟を決めたのか、毒気のない妙に澄んだ眼差しをしていた。彼は、聞かれるより早く、自分から言葉を口にした。
「わたしが、ピエールでございます。王都では、バダンテール様の善意を利用して、リオリワーナ侯爵家から大金を巻き上げ、ゴルチャナでは、娘たちを人質に取り、バダンテール様の命を奪おうと考えた大悪党でございますよ。
何もかもわたし一人の計画、誰かに命じられたものではありません! 日々の暮らしに困るような身分に生まれたが故に、何不自由なく暮らす大貴族様やその若様を、恨み妬んで騒ぎを起こしたのです!」
叫ぶようにそれだけ言うと、後はもう何も話さないという意味なのか、ギュッと唇をかみしめた。
その開き直った態度に気圧された侯爵は、明らかに尋問にためらいを見せていた。
沈黙を破ったのは、侯爵夫人のテレーズ様だった。彼女は、いきなり立ち上がると涙ながらに叫んだのだった。
「ガスパル! おまえは、ガスパルなのでしょう?! 10年以上会ってはいませんが、ダミアンの乳兄弟として長く一緒に暮らしたおまえの顔を、わたくしが見間違えるわけはありません!」
「いいえ、……奥様。わたしは、……ガスパルなんて名ではありません! わたしは、侯爵家に徒をなす悪党のピエールです!」
「ガスパル……!」
侯爵夫人は、止める間もなくピエール――ガスパルの元に駆け寄ると、役人を押しのけ自ら彼の縄を解き、その左手を掴みシャツの袖をまくった。肘から手首の間の辺りに、醜いかみ傷の跡があった。その傷跡を優しく撫でながら、侯爵夫人は、昔を懐かしむようなうっとりとした目でガスパルに言った。
「猟で興奮した若い猟犬が、屋敷の庭に迷い込み、わたしに襲いかかろうとしたとき、そばにいたおまえが、自ら犬に腕を差し出して、わたしを守ってくれたのでしたね。
お前はまだ11かそこいらでしたのに、こんなに大きな怪我をして……。わたしが謝るたびに、『お嬢様をお守りできた名誉の勲章です』と言って笑っていましたっけ。
おまえは、ダミアンのために罪を被り姿を消してしまったけれど、わたくしは1日としてお前を忘れたことはありませんでした」
「奥様……、そんな美しい思い出は、この悪党にはございませんよ」
「ガスパル」の名を聞いて、花瓶の件を思い出したのだろう。侯爵が、厳しい表情でナヌーシュ伯爵を見た。ナヌーシュ伯爵は、この情景を前にしても、悪びれもせず平然と座っていた。
そのときだった。ガスパルの右手が侯爵夫人の髪に触れるや、銀製の飾り櫛を抜き取り、左腕で侯爵夫人を抱きかかえて引き寄せた。そして、その喉元に、きらりと光る飾り櫛の歯を押し当てた。広間には、悲鳴と怒号が飛び交った。
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